緑の例のカプセル
「除草剤? もうちょっと平和的な解決をしろよ」
「キミアに平和的とか言われたくないなぁ」
不服そうな顔をした先生が指を折って何か計算をする。
「除草剤より適切な物を用意してやる。仕事が落ち着いてからやるから一日まて」
*
翌日の朝、珍しく目より先に鼻が覚醒する。
「これは……この匂いは!」
懐かしくもつい最近再開を果たした白飯の匂い! 否、それだけではない!
前回には無かった玉子の匂い! この世界でよく口にするオムレツなんかではない! 甘さも塩分も抑えられた俺の知るたまご焼き!
最高の空気を肺に溜め込み、俺はようやく目を開ける。
「……ってぇ!?」
目が痛い! なんだこの一日中パソコンを見続けたような痛みは。
先生に診てもらって目薬でも貰おう。そんな事を考えながら自室を出る。
「おはよう、隆也」
「おう、おはよう……智野?」
「え?」
確かに目の前にいるのは智野である。しかし見え方がいつもと違う。
体の中に薄っすらと光の粒が見える。それが血液の如く身体中を循環している。
「どうしました?」
「コカナシさん、隆也が変で……」
「ならいつも通りですね」
あんまりな言いようであるが今はいい。
痛い目を凝らしてコカナシを見る。やはり智野と同じく光の粒が見える。
この光の粒に似たモノを俺はよく見ている。これは……
「体力。いや、生命力?」
「こっち向け」
部屋から出てきた先生が俺の頭を掴んで自身の方へと向ける。
「ん、ようやく覚醒したか」
「あの、何かわかったなら処置をお願いしたいのですけど」
「薬はいらん。白目を剥くように目を動かしてみろ」
「ぐわっ!?」
言われた通りにすると激痛が走る。しかし見え方は元に戻った。
「あの、今のは」
「お前の才能、ワタシのエルフの目と同じようなモノだ」
先生は言いながら席につく。
「この痛みはその代償的な感じですか?」
「まあ、そうと言えばそうだ。ただ目を使いすぎただけだがな」
つまりこの目を使うと目が疲れるのか。なぜ先生は常にエルフの目で見ないのかと疑問に感じていたが、そういう事だったのだ。
「あの、隆也もキミアさんも喋るのは後にしません?」
二人して智野の方を向く。
「せっかくの料理が冷めちゃいますので」
浮かべられた笑顔がなんだか怖い。
俺と先生は目を合わせて頷きあった後、そそくさと朝食を食べ始める。
「ああ、美味しいな」
「故郷の味はいいものですね!」
我ながらわざとらしい褒め方をしていると、視界の端でコカナシが智野にグッジョブのサインを送っているのが見えた。
*
「やはり女性の作る料理というのは違うものだな」
森の中にビニールシート。まるでピクニックのような昼食中にアデルはそういって笑顔を浮かべる。
そう言われてみれば、と俺も手に持った智野特製サンドイッチを見つめる。
「俺たちが作るよりなんというか……カラフルだよな」
「うむ、カラフル」
「カラフル……」
「…………」
ダメだ!俺たちの語彙力ではこのよくわからない女子感を言い表せない!
「ナディもこういうほうが喜ぶんだろうねぇ……最近僕が作った料理をわざわざ盛り付けなおしてから食べるんだ」
アデルの盛り付けはとりあえず一皿に! って感じだ。洗い物の事を考えるとわからなくもないけど。
「ミス・トモノに料理でも習おうかな……」
「料理ならコカナシの方が上手くないか?」
「総合的に見ればそりゃあコカナシちゃんの方が上さ。しかしみたまえ、このパンの部分を」
「……少し台形っぽい」
「そう、こういう手作り感が大事だと思うんだよね。コカナシちゃんならこうはいかない。これは女子力ってやつだね」
智野が女子力ならばコカナシは主婦力なのだろう。そんな言葉をサンドイッチと共に飲み込む。
「おっさんが女子力とか語るなよ、気持ちの悪い」
アデルは少しムッとした後、それこそ気持ち悪い笑顔を浮かべる。
「で、そんな可愛らしい彼女とはどうなのかね? タカよ」
「どうって?」
「ミス・トモノが目覚めてそろそろ一ヶ月だろう? 近くの街の案内でもしたかい? デートだよデート」
「いや、道案内はコカナシに任せた」
「君から色気のある話を聞かないとは思っていたが、まさかそこまでとは……」
「錬金の影響で身体が怠かったんだよ」
どうでもいいけど今日のこいつは恋愛脳だな。どうせナディの為にと買ったらしいミスチョイスな少女マンガを読破したのだろう。ホントどうでもいい。
「もしかして既にデートに誘ったりは?」
「いや、特に予定はない」
「ふむ……何か理由でも?」
「ああ、まあ、うん」
少しの沈黙の後、紅茶で喉を潤してから呟く。
「俺はもうおっさんだからなぁ」
「何を今更」
「元々俺と智野は同じ歳だったんだよ。それが今では俺だけおっさんだ」
「ミス・トモノの年齢はタカにとって対象外という事かい?」
俺はかぶりを振る。
「逆だよ。智野から見たらほんの数日会わなかっただけで恋人が年上になってんだぜ」
「気にならないと思うけどなぁ……」
最後の一欠片を飲み込んで立ち上がる。
「とりあえず今はマンドレイクだろ? 行こうぜ」
*
「昨日と何も変わらないな」
「で、キミアから何を渡されたんだい?」
「ん、これ」
ポーチから取り出したのは緑色の何かが入ったカプセル。バッジのように安全ピンで留めるはしい。
「マンドレイクをここから動かす為の薬だと。効果は十分ほどだから直前にカプセルを開けろってさ」
一つ渡したソレをアデルはまじまじと見つめる。
「うーん……これ、なんだか見覚えがあるんだけどなぁ」
「使ってみれば思い出すんじゃない?」
「うむ、そうだな」
カプセルを服に付けて開く。中の液体がスポンジに染み込み、濡れた土のような臭いがしたところでアデルが叫んでマンドレイクの網に背を向ける。
「逃げるぞタカ!」
「へ? なんで!?」
アデルと共に走り出すと背後の土が大きく盛り上がりだす。
「なんだこれ!」
「マンドレイクだよ!」
網のようになっていたマンドレイクの根がその絡みを解き、触手のように動き出したのだ。
「アデル! なんなんだコレは!」
周りの土に埋まっていたマンドレイク達が一斉に這い出してきて俺たちを追いかけてくる。
「覚えがある筈さ! これは去年のリーフ・デ・オーベルにてキミアにつけられた栄養玉だ!」
「はぁ!?」
確かマンドレイクが好む栄養が詰まったあの……
「効果は約十分だから逃げきるしかない! 光のように走る! マタタキブーツ!」
靴の裏からローラーを出したアデルは俺を置いて先へと進んでいく。
「置いていく気か!」
「十分後にさっきの所で会おう、我が親友よ!」
「なにが親友だこんちくちょう!」