イラナイ……
その日から陽一の新しい生活が始まった。リュウキは元々良い子なのであれだけ怒っていたジイジにもちゃんと謝り許してもらい、ママとも仲直りして上手くやっているようだった。それにリュウキ自身も楽しそうだから陽一は陽一で気ままに楽しむ事にした。どんなに夜まで遊んでいても、朝遅くまでグーグーと寝ていても怒られない、ゲームで遊んでいても、ご飯だから、お風呂だからと中断されることもない。幼稚園に行かなくても大丈夫。好きなタイミングで公園に一人で行ける。一人で行ったら怒られる海辺にまで遊びにいって、砂浜にいっぱい穴つくって遊んだ。今まで経験したことないくらい最高に自由で楽しい生活だった。
陽一が外で思いっきり遊んで帰ってくると、ママが台所でご飯の準備をしていた。今日は陽一の大好きなカレーのようだ。交換して身体をあげてから、ご飯とかオヤツが食べられないのが少し寂しい所。しかしお腹がまったく空かないのでそこまで困る事でもなかった。野菜を切ったりしているママ様子を見ているとそこに陽一の身体にはいったリュウキがやってくる。
「ママ、お手伝いない?」
リュウキの行動に陽一は慌てる。だって陽一はそんなお手伝いとか殆どしてきたことない。そんなことしたらママも怪しむはずである。陽一が睨んでやめさせようとしても気にせずリュウキはニコニコとママを見上げている。ママもやはり少し驚いた顔をしたがすぐに優しい顔でリュウキに笑いかけてきた。
「陽ちゃんありがとう! だったら手を洗ってきてからね。バイキンにバイバイしてきて」
リュウキは元気に頷いて洗面所へと走っていく。
ママが優しい言葉を返してきた事に陽一はハッとする。そして殆どママから言われた事のない『ありがとう』という言葉が頭に残る。呆然としている陽一の前で二人は仲良く台所で並んでご飯を作りだす。リュウキはニコニコしながらレタスを千切ってプチトマトのヘタを取っていて、ママはその隣で鼻歌を歌いながら何かを炒めている。そのまま陽一は、リュウキの様子を観察する。ママは陽一の時とちがってまったく怒る事はなく、顔つきも穏やかで何故かずっと優しい。リュウキが作ったサラダをテーブルに置いていると、玄関のドアが開く音がする。パパが帰ってきたようだ。陽一は別にそう思っただけだけど、リュウキは嬉しそうな顔をしてそちらへ走っていく。その行動に驚き廊下をチラリとみるとお父さんが靴を脱いでいるところだった。
「パパお帰りなさい!」
リュウキが笑顔でそう迎えるとパパも嬉しそうに笑い、体を少し屈めその頭を撫でる。
「おお、ただいま! 陽一! 良い子だな~お前は!」
「疲れたよね~ご飯出来ているよ~」
そう話しかけるリュウキにパパは『そうか、そうか』と楽しそうに頷いている。それを見て陽一の心はモヤモヤしてくる。リュウキは良い子だからママに怒られるような事をそもそもしないし、ジイジやバアバとも仲良くしているし、パパにもちゃんと挨拶してお話している。
陽一はパパが帰っていてもゲームで遊んだり、テレビみたりしていたから気にもしなかったし、ジイジとバアバには構ってほしい時だけ話しかけていて、あとは好き勝手してきた。だけどリュウキはゲームで遊ぶよりも、パパやママやジイジとバアバといっしょ過ごす事を楽しんでいるようだ。陽一が陽一でいた時よりも、みんな楽しそうに笑っている。
なんていうかスゴク楽しそうだし幸せそうだ。陽一がリュウキでも誰も気にしていない。面白くなかったからムカついてもくる。ご飯の時間が終わりリュウキをいつも遊んでいたロフトに呼び出す。
「もう飽きたから、元に戻そう!」
そう言うとリュウキは困った顔をする。
「え? ヨウちゃんイラナイでしょ? だから貰ったんだけど」
陽一はそんなリュウキを睨みつける。
「それはオレのモノなの! だからさっさと返せ!」
しかしリュウキも陽一を睨み返してくる。
「ヨウちゃんは自分が言ったのに、それをなかったことにするなんてズルいし男らしくないよ! ムセキニンだよ」
そう言われてしまうと、言い返す事もできない。陽一は困る、色々言い返したいけれどリュウキの言った言葉は正しいから、どう文句を返せば良いのかわからず唇とがらせて黙り込むしかなかった。
「それにさ、みんなヨウちゃん戻ってきても嬉しくないと思うよ。ママも幸せそうだし、パパもジイジとバアバも僕のことを良い子って誉めているんだ。
我儘でいうこと聞かない悪い子のヨウちゃんなんか、イラナイんじゃないかな? 戻ってもみんな困るだけだよ」
リュウキの言葉に陽一は雷に打たれたかのようなショックを受ける。確かに今までの陽一は良い子ではなかった。それに【イラナイ】といって取り換える事にしたのも陽一。しかしみんなから陽一【イラナイ】とされるなんて考えてもいなかった。呆然としている間に、リュウキはお風呂に呼ばれていなくなっていた。
下から楽しそうな家族の笑い声が聞こえる。近くにDSがあるけれど全然それで遊ぶ気にもなれない。下の声を聞いているとなんだかとても寂しくなってくる。涙がどんどん溢れてくる。
袖で何度拭っても涙はとまらない。気が付いたら大きな声をあげて泣いていた。しかしそんな大きな声で泣いても、前のようにママは走ってきてくれることもない。だって今の陽一の声はママにもパパにもジイジにもバアバにも誰にも聞こえない。陽一はやっと分かったのだ。実は【イラナイ】といったモノが何よりも大切なモノだった。なくしてからやっと気が付いた。
陽一は一人で泣き続けるしかなかった。ママやパパやジイジやバアバのことを呼びながらオイオイとずっと泣き続けた。
~ お し ま い ~
この作品としては、ここで終わらせていただきます。
「こんな終わりは……」とか「陽一くん、この後どうなったの?」
とか、気になる方がいらっしゃったら同じシリーズにある【カッコウの子供】においてその先の世界を描いていっています。そちらで陽一くんとリュウキくんの未来をお楽しみください。