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~創始国記~  作者: 赤野 ミドリ
第一章 魔力研究施設
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第六話 魔力と欲望

「奴らがどうしても欲しいのハ、俺の心を読む魔力。でも俺から出来る魔石は全て先天性の魔力を吸ったもノ。だから、俺にコレを仕込んダ」


 自身の左腕へと視線を移した少年は、もはや指一本動かせないのか、その硬直した腕を右手で持ち上げて見せる。リディは目を細め、少年の左腕を見つめながら表情を険しくした。先ほどの小児の死に様が脳裏を過ぎったのだ。きっとこの少年のことだ、異常な魔力のおかげで命を奪うまでには至らずに済んだのだろう。しかし、その変わり果てた左腕は、瞼の裏に焼き付いて離れないあの死に様と容易に重なった。


「それは、その石が魔石と違うということ?」


「ああ、違うらシイ。普通の魔石は魔力の質の違いで色が変わル。コレはどの魔力を吸っても全く同じ色になル……でも、無駄だったみたいダネ」


 少年は語尾を囁くように早口で告げた。自分の左腕を無造作に下ろすと、リディに目を向け、お馴染みの肩を軽くすくめる動作と共に唇の端を上げて薄い笑みを浮かべた。ただ、それはこれまでの戯ける顔でなく、時々小児へ向けていたような冷酷さを纏った表情。


 狂気じみた雰囲気にあてられ、リディは背筋に冷たい手が触れた気がした。ゴクリと息を呑み、魚が陸に打ち上げられて喘ぐように口を開けて空気を短く数回吸い込んだ。しかし、腹筋が強張ってなかなか思うように呼吸出来ない。まるでリディの周りで空気が薄くなったような感覚だ。

 リディは苦しそうに顔を顰めて少年から視線を外し、胸に手をあてる。すると徐々に緊張が解れ、大きく深呼吸出来た。先ほどの感覚は何だったのか、そう思いながらリディは恐る恐る再び少年を見る。


 しかし、少年は先の表情が幻だったのかと思わせる程に雰囲気を一変させていた。同じ様な微笑だが、愛嬌を感じさせるあどけないものだ。リディは拍子抜けしつつも安堵した。リディの反応を受け取ってか、最初から気にも留めていないのか、相変わらず明るい調子で少年は言葉を紡ぐ。冷静に光る黄色い瞳が、面白がるように細められ、右手の人差し指を立てて続きを告げる。


「さて、本題。俺に対してもそうであるようニ、奴らは後天性の魔力から取った魔石を何よりも欲しガル。それも、量より質。君の命と引き換えニ、1個か2個、大きめの魔石を作れたラ、奴らは満足だヨ」


 リディは、それが何を意図するのか分からなかった。グルグルと思案を繰り返すが、見当もつかない。ただ、嫌な予感だけが胸をよぎる。

 少年がわざとらしくため息を吐くと呆れ顔で言う。


「君って、鈍イ」


「うるさい。分かってるなら早く言って」


 明らかに自分を小馬鹿にしてくる少年に、膨れ面で返すリディ。だが少年はリディの横柄な態度に気分を害すことはなかったようだ。首を少し傾げ、まるで檻に捕らえられた小動物を悪びれもせずに愛でるような顔で続ける。


「つまり、君は犯されたその場で殺されるんダ」


 少女は目を見開き、息をつめた。力が抜け、思わず膝を抱えていた腕が解かれる。


「そんなの、何で……」


 信じられないと首を振るリディに、何一つ変わらない調子で少年は微笑みをかけ続ける。


「……今まで会った3人の後天性の人たちは、魔力が落ち着いた場合、出会ってその日や、3日後には確実に死んダ。彼らは、たった1つか2つの拳大な魔石を残して簡単に殺されたみたいだネ。そして量産できる先天性の魔力とは違って、後天性の魔力はその価値をもっと上げようと思っているのか少ししか魔石を作らせない」


「――たの?」


 少年の説明に割って入ったリディは、少年には聞き取れない声量で独り言のように尋ねる。表情も影がかかっているせいか少年には伺えない。だが、恐らく少女の心境は手に取るようにわかっているはずだった。何よりもその顔に張り付けた様な笑顔をみせる。


「もう一回言ってヨ」


 愉快犯と化した少年は、掠れた一種艶やかさを含んだ声で促す。


「何で早めたの?」


 毅然とした表情で少女は顔を上げ、怒りと理不尽な悲しみの矛先を少年へ合わせた。静かだが、その怒りが声を震わせている。リディはその黒い瞳に悲しみを(たた)え、歯ぎしりで怒りを(こら)えている。

 リディに対し仮面のような笑顔を向けたまま少年は、冷ややかな黄色い瞳で暫し見つめる。


「……君を助けたくテ」


 少年は愛嬌のある笑顔を作るとリディに告げた。

 身構えていたリディには、咄嗟に反応できなかった。反射的に眉尻を下げ、その真意を考えた。微笑みを崩さずに少年は困ったような顔をする。ゆっくりと唇を開き、告げる。


「疑わないデ、そのままの意味だかラ」


「……どういう意味」


 少年の撫で声に半ば惹かれつつも、リディが疑問をそのまま聞き返す。少年は嬉しそうに目を細める。まるで悪戯を仕込む童の様な表情は、見た目よりも少年を幼く見せる。


「アイツラは、急な事態によわイ。そして、急な時は決まって施設中の施設員さンが集まるンダ。念のためなんだろうケド、ろくに連携しないのに人数が集まれば……」


 黄色い瞳が輝きを増す。


「ちょっと叩くだけデ簡単に混乱すル」


「そんな簡単にいくもんか」


 リディは眉を顰め、眉間に皺を作る。力の込められた否定の声に、少年は肩をすくめた。にやにやとした笑みを崩さずに少年は言う。


「簡単さ、アイツラはお前が後天性だってことを知っていル。だから、先天性の魔力を発現させるだけでイイ」


「……そんなの出来ない」


 リディは意味が分からないと怪訝そうな顔のまま首を振った。自分の魔力が何を発現するかもまだ良く分かっていないのだ。ましてや、畑違いな魔力の発現など出来るわけがない。


 リディと視線を絡ませながら少年が不意に自身の右腕に口を当て、腕飾りのようになっていた魔石の括りを一つ、器用に外した。そして右手でその内の2つを手に取る。

 そこまで見るとリディにも多少の予測が出来た。


「これ、君にあげル」


 目線の高さまでその2つの石を持ち上げ、リディに見せつける。表情は相変わらず悪戯を仕込む笑顔だ。


「これを口の中に隠して持っていくんダ。そして、奴らが最も気を抜いた時に発現させル」


 少年はリディに手を出すように目線で促すと、魔石を手渡す。2人の間には少し距離があったが、互いに身を乗り出せば容易に届くものだった。


 リディは受け取った魔石を見つめ、観察をする。金貨のように煌めく金色の丸い石だった。元が透明な水晶など信じがたいほどに、透明度のない、金属のような鉱石と化していた。指の先ほどの大きさしかないが、それでも生れて初めて魔石を手に取ったのだ。緊張した面持ちになる。


「でも、発現ってどうすれば?」


「自分の魔力の発現と同じサ。具体的に想像しながら、強く願うだけでいイ。でも、俺の魔力は火炎系統の発現が得意だかラ、なるべく炎を発現させテ」


 少年の指示を聞き取ると、リディが黒い瞳を何度か瞬かせ、試しにと無言で念じる。すると、ぽうと空中に火の玉が現れ辺りは明るく照らされた。すぐに部屋の力でかき消されたが、リディはその発現の仕方の容易さに驚くと同時に戸惑う。


「本番までに使い切らないでヨ。まあそんな程度なら大丈夫だろうケド」


 少年は魔石の腕輪を手首に口で縛りつけながら注意する。無事に縛り終えると、笑顔を消した。


「体を触られてもぎりぎりまで耐えロ。その方が成功すル。なるべく一回で魔石を2つ消費してしまうほどの威力を出セ」


 中性的な低い声で少年は無情なことを言いながら、それでいて逆らえないほどの確信に満ちて断言した。リディは圧倒され、思わず頷いてしまう。だが、目の前の少年を信じていいのか躊躇った。


――会ったばかりなのに、何でこんなことを?


 リディにとって当然の疑問だった。だが、少年はその疑問を読み取ったのか、はぐらかすように怪しい微笑を少女に送るのみである。


「俺はここまでしか手を貸さなイ。あとはリディ次第」


 そう告げると、笑わない黄色い瞳を細め、森の奥にある泉の様に神秘的な笑顔を作ってリディから離れた。


 リディは闇に消えていく少年を目で追いかけながら、唇をかみしめた。

 少年を信じるも信じないも、少女に生き残るための選択肢など用意されていないのだ。悪魔と契約を交わした気分でリディはうずくまり、地獄の扉を見つめる。



 少年はリディから離れると、先ほどの笑みが消された。人形のように硬くした表情。これが本来の少年なのか、やけに板についたその顔では黄色い瞳には冷酷な光が宿り、ただ闇を見据えていた。


――あとはアイツが気づいてくれるかどうか


 瞳を閉じると左腕を右手で抱え込み、強く握りしめた。ただ、その時を待つ他ない。

案外手直ししなくても大丈夫そうな気がしてきましたが……

次回はもう1人出てきます。

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