第三話 黒いローブの者たち
残酷表現が含まれます。ご注意ください。
「……え?」
リディが少し呆けた顔で問い返した。リディには言葉の意味が分からなかった。魔力が有限ということは知っていても、魔力量が上がるなどということは聞いたことがない。
しかし、問い返された少年は、急に視線を外す。表情が硬くなり、今まで生命を宿して輝いていた瞳が急に陰ったのだ。
リディは異変に気づき、少年の視線を追った。その先には部屋に設置された鉄製の扉。ここに至ってやっと自分が、外の世界への一筋の希望である扉の存在を確認した。そのことに、リディは思わず自嘲する。この場所に逃げ道などないと最初から諦めていたからではなく、この得体のしれない少年のペースに知らずと乗せられていたのである。
間もなくして、扉の向こう側から複数の革靴の音が響いてきた。小児たちもその音を聞きつけたのか、それぞれが一貫しない態度を示す。少年の体にさらに埋まろうとする者がいれば、扉の方へヨタヨタと四つ這いで歩み寄る者もいる。はたまたさらに扉から離れた位置へ移動しようとする者までいて、部屋の中はガサゴソと布の乾いた音で騒然とする。
足音が徐々に近づくにつれて、全体の緊張感が高まった。リディもまた、場の空気にのまれて口を一文字に緊張した面持ちである。
足音は止まると、ガチャガチャと金属音が聞こえた。しかし、どうやらこの部屋の扉ではなく、近くの部屋なのだろう。すぐ近くで扉が開く音がリディたちのいる部屋まで聞こえてくる。続く足音。物の音以外は話し声すら聞こえてこない。
静かな、それでいてピンと張られた糸の上にいるような不安定な緊張感が場を包む。
不意に、あーあーという小さなくぐもった声が聞こえた。
同時に少年が舌打ちをする。それにどういう意図があるのかとリディが少年を振り返った時だった。
「ぎゃーーーーーー」
子どもの叫び声が一つ、静寂を切り裂く様に強くリディたちの部屋まで届き反響する。甲高いその叫び声は長く、まるですぐ傍で叫ばれているように響くために鼓膜を突き破られそうになる。
リディは突然の叫び声に体を跳ね上げ、その恐怖を煽る叫び声から逃げたい一心で耳を押さえた。幸い、手枷の自由度は高く、リディは両耳を押さえることができた。きつく目を閉じ、襲いくる恐怖に耐えようと息を詰める。
――いったい、何が起こってるの?
リディは混乱する頭で必死に状況を把握しようとするが、早鐘のように打ち付ける心臓がその思考に冷静さを失わせ、まともな考えには辿りつけなさそうである。
リディが恐怖に負け戦を挑んでいる間に、つんざくような叫び声は徐々に力を失っていった。叫び声は小さくなっていき、かき消されるように途切れてしまう。後にはまた静寂が場を支配した。
リディが恐る恐る目を開くと少年がリディを見つめていた。無表情なその顔は何も語ろうとしない。
恐怖におびえる少女は、小刻みに首を横に振りながら目に涙を湛えた。思うように口を開けないリディは、先ほどの疑問を強く投げかける。
――今のは何が起きたの?!
「……石の実験」
少年は口を重そうに開くと息を吐き出すような小声で短く答えた。
石とは魔石のことだろうか、それをどう実験したらあの様な叫び声に変わるのか。
少女の浮かぶ疑問にはこれ以上応える気はないのだろう、少年はリディから視線を外すとまた扉を見つめる。他の小児たちは先ほどの声に特に恐怖を抱かなかったらしい、変わらず各々の持ち場で待機していた。
――これは日常茶飯事なの?
リディが周囲の反応に疑問を抱いた時、靴音がまた響いてきた。
今度はリディたちのいる部屋の扉前で足音が止まり、金属音が鳴る。
すっかり怯えてしまったリディは慌てて遠くへ行こうと腰を浮かす。すると少年がおもむろに右手でリディの腕をつかむと、その場に座るように引き下ろした。先ほどのそれとは比べようもないほど強い力であり、逆らえずに座らされる。リディが邪魔するなときつく少年を睨んだ時だった。扉が開いた。
扉の向こうはロウソクにしては明るい光量に感じ、扉を振り返ったリディは思わず目を細める。闇に慣れたリディの目には、暫しまともに見えない世界が訪れる。
ようやく輪郭を捕らえられたとき、扉の傍には黒いローブを着た人間が2人、身をかがめて入ってきていた。2人とも身長が高く、成人だろうことは判別できた。ただ、黒いフードが半分以上顔を隠している上にゆるやかに羽織られたそのローブで性別や特徴が分からない。入ってきたローブの者たちに向かって、出来上がった魔石を見せるように扉の近くにいた小児たちが群がった。しかしローブの者たちは無言のまま、群がる小児たちを乱暴に払いのけながら部屋を見渡す。
リディは少年に腕を掴まれたまま硬直していた。
ローブの1人が見まわしがてら、こちらに視線を投げてくる。
顔色ひとつ分からなかったが、リディは心臓を掴まれる感覚に囚われながら硬直し、冷や汗が背をつたうのを感じた。しかし、相手側は視線を外すと、もう1人に二言三言リディたちには聞き取れない声量で話すと、連れだって奥の方で固まっている小児たちの下へと歩いた。
リディは、1人が短剣を握っていることに気づく。そっと眉を寄せ、何をするのかと訝しんだ。
短剣を持っていない者が、奥で群がる小児の1人を捕まえる。捕まえられた小児は、何をされるのか分かっているのか、声も発さずに必死でその手を外そうとしている。しかし、ローブの者は手を離さず、引っ張りよせ、羽交い絞めするように小児を抱えると、地面に押さえつけた。
そこで少年の手に力がこもった。多少痛かったが、リディは小児が何をされるのか気になって目を凝らす。
小児はじたばたと暴れようとするが、的確に体を押さえられているためか無意味に体力を消費している様だった。
「あー」
小児は、ここにきてやっと声を発する。先ほどの別の部屋での声と重なってリディは、目を見開く。
ローブの者は、組み伏せた状態で小児の右腕を広げるようにして地面に押さえつけた。
「あー、あー、うあー」
小児は必至で手を引っ込めようとするが、不健康な小児と大人では明らかに力が違い過ぎる。腕も体も微動だにしない。
その状態を見て取ったもう1人のローブの者が、素早く手に持つ短剣を鞘からだした。そして、躊躇いもなく差し出された小児の二の腕に突き刺したのだ。
同時に響き渡る、先ほどと全く同じようなつんざく叫び声。
短剣を持った者は、すぐさま短剣を抜き取ると大人の人差し指程の大きさがある水晶を小児の傷跡につきたてた。
リディは目の前のあまりに悲惨な光景に目を瞑ることもできずに、ただひたすら見つめ続けた。
小児は相変わらず叫び続けていたが、数秒のうちに徐々に力を失い、声を発さなくなった。辺りに血の匂いが漂い始めた頃には小児は何も反応を示さなくなる。覆いかぶさっていた者も、それを見て取ると体を起した。
そして、短剣を持った者をその場に置き、部屋を歩き回る。するとリディが踏みそうになった小児の遺体を含めいくつか遺体を見つけたのだろう。無造作に扉の外へと回収を済ませた。そこには、遺体に対する敬愛など微塵もなかった。
短剣をもった者の方も目的のことは終わったようで、力なく倒れた小児の脚を抱え、ずるずると引きずって扉まで連れて行く。
途中、リディの目の前を通り過ぎた。
リディは思わずローブの者から視線を逸らし、引きずられていく小児を見て目を大きく開いた。仰向けに引きずられるうちにめくれ上がった麻服から覗く小児の体は、まるで中身を吸い取られたように皺が多く生み出されている。そして同じような皺のできた顔では、半開きの瞳が生命を宿していないことを感じさせた。
リディはひどく冷たい陶器を腹の中に放り込まれた気がした。腹の中で砕け散り、体の中をチクチクと細かい欠片が刺激するような感覚。リディが硬直したまま吐き気に耐える。
すると、唐突に少年が腕から手を離した。
残酷表現ってどこまでがセーフなのだろうかと思いながら……結局ほとんど18禁元ネタから編集してません。