第二話 囚われの者たち
リディはその冷めた瞳に身を強張らせ、同時に少年の姿をより詳細に観察する。
薄暗くとも目立つ色素の薄い髪は伸び放題に伸ばされており、纏められずに少年の体にまとわりついていた。全体的に体は華奢な方だが適度に肉がついている。明らかに周囲の不健康な小児とは違った身体つきだ。ただ、思わず興味を惹かれたのは場にそぐわない身体つきではなく、麻布から覗くおびただしい量の小石だった。
小児達に絡まりついている石の比ではない。あまりの異常さに目を丸くしたリディに少年は肩を竦めてみせる。
「その石って……」
リディは石に心当たりがないわけではない。ただ、その心当たりが確かならば、目の前の少年は明らかに異常だった。
「魔石の卵」
少年は茶化すように悪戯っぽい顔で言ってのけた。
「茶化さないで。魔石になる前の……水晶なんでしょ?なんでそんなに」
「フフ、すごいでショ」
思わず言葉を失うリディが冷や汗を流しているのを尻目に、少年は自慢げに微笑む。
水晶には、魔力を吸収する力がある。魔力を持つ者の肌に触れさせ、放置すると水晶は時間をかけて魔力を蓄え、魔石と呼ばれる鉱石に変化するのである。それは元の魔力を持っていた者と同じ性質の力を秘めるとされる。水晶は、魔力を吸い出すときに生命力すらも同時に吸収し、仕舞には魔力の保持者を死に至らしめる。
これを大々的に利用しているのが、ここ、魔力研究施設なのである。魔力の保持者に、魔石を無理やり生産させる施設。つまり、魔力の搾取施設だ。魔力がある限り搾り取られる。それゆえ、ここに収容された者は二度と生きて帰れないのだ。
ただ、生物の持つ魔力には限度があるのと同様に水晶にも蓄えられる魔力に限度がある。リディは街に流れる噂で少量であれば徐々に衰弱するが即死にはならないと聞いていた。
「奴らの狙いは、殺さずに搾り取るコト。より長く生きた方が生命力による魔力の回復も相まって魔石の生産効率はいいハズ」
少年はいきなり声をひそめる。
リディは弾かれたように少年の瞳を見た。
少年は含み笑いをする。黄色い瞳は、鋭利な刃物を感じさせる。
――今、心を読まれた?
「今、心を読まれタ」
ほぼ副音声的に少女の心の声に被せて少年は話した。微笑む少年の表情は変わらない。
リディは、下唇を噛んだあと目できつく威嚇をするように表情を険しくした。
少年はその様子を見てとるとくすくすと笑い始めた。いかにもうれしそうな表情を作ると告げた。
「やっぱり、言葉を持ってル相手だとこんなにも読みやすいんダ。久しぶりだなァ」
「気持ち悪い」
リディは吐き捨てるように言葉を発してそっぽをむくと、遠くに離れようと腰を浮かせた。
少年が慌てたように食いかけの実を捨てて少女の手を掴む。例によって捨てられた実に小児たちが群がった。さきほどより食らう部分が多いためか、争いが激しい。
「待って、いっぱい質問答えるカラ、色々教えルカラ」
少年は捨てられたくないと言いたげに縋り付くような顔である。先ほどまでの態度とは打って変わったことに、リディは少し驚く。しかし、少年の手についていた果実の汁が自身の腕についていることに不快感を抱いた。振り払うように少年の手をどけると手についた汁を服で拭う。相変わらず嫌そうな顔を浮かべながらも、リディはその場に腰を下ろした。
「じゃあ、なんでそんなに大量の水晶を身につけているの?」
率直な疑問を表した。少年は手についている果実の汁を拭こうと胸辺りの麻服に擦りつけながら暫し考えると、情けないような顔で答える。
「……分かんなイ」
「呆れた。分からずにそんな大量の水晶を身につけるなんて……」
リディは言葉通り呆れた顔で少年を馬鹿にした。いくらなんでも自殺行為としか受け取れないのだ。
「だって、魔石ができても、施設員がいっぱい付けてくルカラ」
少年は難しい顔のまま首を傾げた。リディが聞きたかった内容は、確かに少年の応えられる範囲ではない。あくまで少年は受動的にされるがままなのだ。そこには何一つ意思もなければ、理由を知るだけの必要性もない。囚われの少女は軽く息を吐き出した。ここにあるのは虐げられる側の情報だけなのだろう。
「じゃあ、あなたがそれだけの水晶を付けても平気なのは何で?」
「俺が分かんないっテ答えるの、分かってるくせに……」
少年は困ったように眉を八の字にして苦笑する。リディも相手が心を読むと理解していた。軽くうなずいて見せる。
「多分、魔力量が多いカラだろうネ。先天性だシ」
少年は思いつく答えを述べる。
「さっきから言ってる後天性だの先天性だのって何か関係あるの?」
リディは先ほど自分に後天性だと断定してきたことにも疑問を持っていた。少年は、「え?分かんないの?」という呟きのあと、少女がどうやら本気で訊いていることを理解したらしい。
「……そっか、確かに外じゃ比較することないナ」
納得したように頷く。
「先天性は、魔力を持って生まれてくルやつのこと。俺や、こいつらみたいな」
少年は周りに集う小児たちを指すように目で示した。
「先天性の特徴は、魔力量が多いことト、火とか水とかを操る単純な魔力をもってルこと。この部屋は発された魔力に反応して吸収スル水晶が埋められてるからちょっとしか見せれないケド……」
語尾を低く下げた少年は、右の人差し指に視線を移すと火を付けた。拳ほどの火だるまができると辺りが赤い光に包まれる。リディは、この時少年の髪が金色だと分かった。照らし出された髪はところどころ光を弾くように煌めいた。しかし、それは一瞬の出来事だった。まるで焚火を踏み荒らすかのように火の粉は霧散し、やがて消え去った。
少年はリディを見て、ほらねとでも言いたげに肩をすくめる。恐らく少年の言葉が正しければ今発現された魔力は岩に埋められた水晶に吸われたのだろう。
気を取り直すように少年は続けた。
「次は後天性だケド、後天性は先天性に比べて発見されにくイ。理由は……」
「隠れるから」
少年の言葉尻を読んでリディが言葉を引き継ぐ。先天性は産まれたその日に『選別』を受けさせられる。この施設に小児や幼児が多いのもそのためである。
少女は大きくため息をついた。確かに隠れ里にいる状態で魔力が発現したら、リディも里から出ずに隠れとおせる自信があった。しかし、たまたま街の出店に顔を出した瞬間に発現したのだ。それも『選別』の行事が行われているすぐ隣で。己の最大級な運の悪さに思わず喉が詰まる。下唇を噛んで何とか涙を押し込んだ。
少年がそんなリディをよそに話を続ける。
「だけど、後天性はそもそも少なイと思ウ。ここには生まれた時からいるけど、今まで何千人と見てきた中でも君で8人目ダ」
リディはその言葉で意識を引き戻した。困惑顔でどこから突っ込むべきか迷った。慎重に言葉を選びながら尋ねる。
「今、生まれた時からって言った?あなた、いったい何年間ここにいるのよ」
「俺はここで産まれたンダ。ちょうどここが出来た頃らシイ」
少女は咄嗟に理解できなかった。スルール魔力研究施設は比較的新しい。新しいといってもちょうど16年も前である。リディが産まれる直前であった。役人たちは、それまで遥か遠くから『選別』に来ていたのだが、その機にこのあたり一帯に住む魔力保持者を一斉に炙り出したらしい。少年はその頃からここに居ると言う。唇をなめてから尋ねる。
「あなた、いったい今までいくつの魔石を作ったの?」
「えー。分かんなイヨ、数えたことなイ……」
少年は無理難題を聞かれたとでも言いたげに眉を寄せた。
「大きさによるケド、このくらいの粒なら5000個は作ったんじゃないカナ」
少年は右腕を挙げる。そこにはびっしりと装飾品のビーズのように肌に沿って括り付けられた大量の小石があった。どれも指の先ほどの大きさで、ところどころ黄色に色づき、微かに鼓動を打つように明滅している。
「……そんなの嘘よ」
リディは首を振りながら言いつける。どう考えてもおかしいのだ。水晶の吸い上げる魔力量はほんの小さなものであっても数個身につけるだけで生命を左右するはずだった。
少年がそこで初めて不機嫌そうな顔をする。微かな変化だが、今までの少年の表情からは想像できなかっただけにリディにとって印象的だった。
「嘘じゃなイ」
語気を強めてそう言うと少年は理由を述べた。
「ここは魔石と食べ物を交換するんダ」
リディはしかめ面をさらに顰めさせた。唐突に矛盾を突き付けられたのだ。その日の糧を得るために己の生命を直接消費する。
――なんて忌まわしい……
そう思った瞬間、はっとしてリディは自らの体を触る。しかし、予想に反してどこにも石は設置されていなかった。ほっと安堵の息を漏らすと同時に、首を傾げる。
少年は、リディの表情に肩を竦めてみせた。
「話は戻るケド、後天性は魔力量が少なイ上に特殊なのが多イ。特に、発現してすぐは安定しないし、そんな時に水晶をこの一粒でも身につければ即死スル」
気軽な表情で物騒なことを言う少年は右腕を振って見せる。右腕の装飾品が音を立ててリディに近づいた。リディは慌ててその腕から距離をとった。あんまりな態度に少年は少しむくれると語りかけた。
「……大丈夫、こいつは俺のを吸ってルカラ」
リディは多少の罪悪感を抱いたのか、ジリジリと元の姿勢に戻る。
「水晶は一回魔力を吸い始めたラ、それ以外の魔力は吸わなイ。使い切って空っぽになってから別の魔力を吸い取るんダ」
静かに述べられた内容をリディは新たな情報として咀嚼した。
「じゃあ、私は水晶を身につけなくて済むのね」
小児や少年たちの前ではありながら、その苦を共にしなくていいのだという不謹慎な思いを抱き、思わず息をつく。
しかし、少年はそういった少女の気持ちを読み取ってか、声を低めてはっきりとした口調で忠告した。
「……後天性の魔力に限らずズ、魔力を持つ人間は魔力量を底上げされル」
次あたりが残酷表現きつめです。多分。
手直しするかもです。