真夜中のサンタ
作家としてデビューしたのはいいけれど、このところスランプ気味で、正直言ってまいっている。圧倒的なシェアを占めている異世界ものファンタジーは無難ではあるけれど、反面、競争率も高い。ちょっといいネタを思いついたと思ったら、すでに同じような内容の作品が出ていたりとか。違うジャンルに挑戦したいとも思うのだけれど、ボクのイメージが変わってしまうのはマイナスになるのではないかと思うと、二の足を踏んでしまう。
意外と大変だった。
ネタ探しのためにいろんな書物を読みあさっていたときに、ふと、目に入った雑誌の広告。
“サンタクロースになってみませんか?”
施設に入っている子供たちや片親しかいない家の子供たちにクリスマスプレゼントを配るボランティアを募集していたのだ。気分転換にいいのではないかと思い、応募した。
クリスマスの一週間前に簡単な説明会があった。実施するのは24日の夜だということだった。まあ、普通はそうだろう。当日は夜の8時に事務局に集合することになっている。三人一組で30のエリアに分かれてプレゼントの配送を行う。ボクは大学生の女の子と中年の男性と組むことになった。三人のうち、一人が配送車の運転を担当する。ボクたちの班は中年の男性がドライバー役を買って出てくれた。
「よろしくお願いします。佐川誠二と申します。普段は宅配のドライバーをやっているので運転は任せてください」
「わたしは有村香苗。大学4年生です。劇団に所属していて役者を目指しています。よろしくお願いします」
「ボクは…」
一瞬、躊躇したのは、作家だということがばれたら恥ずかしいと思ったからだ。そこまで売れている名前でもないとは思ったのだけれど。
「ボクは日下部良介と申します」
鉄人、ごめんなさい。名前をお借りします。真っ先に思い浮かんだのは鉄人こと、日下部良介さんの名前だった。
日下部さんとはボクがまだ作家としてデビューする前に作品を投稿していたサイトで知り合った。日下部さんはそのサイトではボクよりずっと古株で“鉄人”と呼ばれて一部のユーザーさんたちの間では知る人ぞ知る存在だった。
ボクもいろんな人の作品や活動報告を通して鉄人の名前を度々目にはしていたのだけれど、なかなか入り込んでいけなかった。そんな時、鉄人がボクの作品に感想を寄せてくれた。その時は本当に感激した。それから鉄人との交流が始まった。
ボクはかなりひねくれた考えの持ち主なのは自分でも自覚している。そんなボクを鉄人は励ましてくれたし、誕生日にはボクを主人公にした小説を送ってくれたりもした。
何万人も利用者が居るサイトですべての人と交流を持つことなど不可能な状況で、鉄人と知り合えたことは奇跡に近いことなのだと思う。そんな鉄人の名前を思わず口にしてしまった。
「日下部さんはどんなお仕事をしてらっしゃるのですか?」
有村さんが訪ねてきた。
「えっ?えーと…。サラリーマンです」
「そうですか。この時期は何かと大変でしょう」
佐川さんが話に加わってきた。
「ええ、まあ」
サラリーマンという職業がどんなものなのか、あまりピンとこなかったので、適当に生返事をしてごまかした。
「それじゃあ、1週間後、子供たちの喜ぶ顔を楽しみにして頑張りましょう」
さすが、年嵩の佐川さんだ。なんか、とても頼りになりそうだ。
宅配ドライバーだと言うだけあって、佐川さんの配送プランは完ぺきだった。ボクたちの班は順調にプレゼントを届け続けていた。目的の施設や家に着くと、プレゼントの品物を持って届ける。届け先には事前に連絡を入れておいて、到着する直前に携帯電話で確認をする。施設の担当者、もしくは母親が玄関の外で迎えてくれる。寝ているであろう子供たちを起こさないようにプレゼントを届けるためだ。この連絡作業がことのほか大変だった。
1件だけ、どうしても連絡が取れない家があった。ずっと後回しにしてきたのだけれど、最後にその1件だけが残った。やはり、連絡が取れない。
「仕方がないから、こっそり玄関先に置いて行ったらどうかしら」
有村さんがそう提案した。ボクもそうするしかないと思った。その時、ボクたちの目の前にサンタクロースが現れた…。
ボクたちはクリスマスプレゼントを届けるサンタクロース役のボランティアなのだけれど、実際、子供たちに接することはない。なので、服装は普通の服装だ。いま、目の前に現れたサンタクロースは…。いや、正確にはサンタクロースの格好をした男はボクたちからプレゼントが入った箱を取り上げると、その家の裏の方へ回って行った。しばらくすると、屋根の上に顔を出した。しかも、お気楽にボクらの方に向かって手を振っている。次の瞬間…。
「あっ!」
サンタの姿が消えた。正確には屋根から突き出ていた煙突の中に入って行ったのだ。
「あのひと、もしかして、本物のサンタクロースじゃ…」
「バカな…。本物のサンタクロースなら、ボクたちからプレゼントを横取りしたりなんかしないだろう」
「それもそっか」
ボクたちはサンタがどうなったのか気になって待つことにした。しばらくすると、玄関に明かりが付いてドアが開いた。家の人に見送られてサンタが出てきた。煙突のすすで汚れたのか、サンタの服は真っ黒だった。
「みきすけさん、メリークリスマス!これ、ボクから三木助さんへのクリスマスプレゼント」
サンタはそう言って袋の中から一冊の本を取り出した。
「えっ?」
呆然としているボクたちを尻目にサンタはとっととその場を後にした。
「みきすけさんって誰ですか?」
有村さんが聞いた。
「あっ!鉄人!」
ボクが叫ぶと、サンタは振り返ることもなく手だけを振って見せた。ボクは気が付いた。ボクのことを“みきすけさん”と呼ぶのは鉄人くらいのものだから。
「鉄人、メ、メリークリスマス…」