魔王と商人
広大な草原にある一本の道。幅は馬車が三台も並んで歩けるくらいある。俺とメディはそんな広い道を、二人締めで歩く。
遠くまで見える開放感は素晴らしいが、目的地がいつまで経っても見えないというモチベーションの維持が大変だ。
そんな俺に気を使ってくれてか、メディは色々な話をしてくれる。今日は初代勇者についてだ。
「初代ってことは、初めて勇者召喚魔法に成功した時ってこと?」
「その通りだけど、ある意味違うわね。そもそも、召喚魔法自体は古より存在していたのよ」
「古って、それを聞くとかなり時代を遡りそうだな」
「そうね。歴史は省くけど、魔族と戦争を起こした時には異世界人の兵士はいたのよ。勇者というのは後付けね」
戦争って千年前からやってると聞いたような。そんなに昔から、勇者のような強人がいたのに、今だに終戦しないのか。人間も魔族もよく飽きないな。
「その初代勇者は、絵本に描かれたような勇者らしい勇者だったのよ。困ってる人を助け、強靭な魔族と熱い戦いを繰り返し、ドラゴンに攫われたお姫様を助けて、仲間と光の剣を手にして、正面から堂々と魔王城へ攻めるの」
「最終的には魔王に勝って、お姫様と結婚か?」
まさかっ! っとメディは鼻で笑う。嫌らしいほどの笑みを浮かべ、自信に満々に胸を張る。
「ククク、勇者のぼろ負けに決まってるだろう。他の異世界兵士より群を抜いていたから、どんな強者かと期待してワザと城へ入れてやったのだ。なのに、あの程度だとは拍子抜けだったわ」
「メディが強過ぎるんだよ。でも負けたってことは、お姫様とのハッピーエンドは成らずか」
「いや、負けてもお姫様と結婚してしたぞ」
「しちゃったのかよ! そこは格好良く勝ってからにしろよ勇者」
メディは苦笑しながら、歯切れ悪く話を続けた。
「そう言うなエージ。初代勇者もな、そのつもりで努力はしていたぞ? ただね、何回も何回も挑んでくる勇者の顔がね、その、年を重ねることに、こう、暗くて辛い顔になってね。最終的にはね、お姫様と結婚出来ないってね、泣き出してしまってね」
「・・・」
「もう三十路になるって、なんか可哀想で、つい負けたふりをしてやってね、戦利品に魔王城をいくつか渡しといたの」
メディは昔から優しい魔王だったようだ。なんだか、魔王という役が合ってないような気がする。他に適任がいなかったのだろうか?
そんな情けながらも努力家な、初代勇者の話を聞きいていると、遠くに黒い影が見えた。目を凝らしていると、メディが一台の馬車だと教えてくれた。休憩をしているのか、止まったまま動かない。
ある程度近づくと、その馬車は行商人のものだとわかった。屋根の付いた荷台に、商品と思われる木箱や樽が置いてある。馬車に繋がれているのは一頭の馬みたいな動物。左右に角を生やし、長く立派な顎髭がある。全身は少し硬そうな薄茶の毛が生えている。山羊に近いと言った方が早いかもしれない。ちなみに種名はウマネン。
そのウマネンの近くで世話をしているのは、青白い髪でロングウェーブの女性。癖がかなり強いのか、所々はねている。白いサックドレスに、薄紫チェックのヒップスカーフを着用している。
ウマネンがこちらに気付くと、つられて彼女も振り向いた。海のように青く透き通った瞳。一瞬冷たそうな表情を見せるが、俺たちを視認すると優しく笑いかけてくれた。身長は俺やメディよりも高く、大人びた雰囲気がある。たぶん年上だと思う。
「あら、こんにちは。可愛らしい子供だけで旅なんて珍しいわね。姉弟かしら?」
満面の笑みで話しかけてくる彼女は、礼儀正しくお辞儀をする。少し高声だが、ハキハキとした綺麗な声で聞き取りやすい。
「私はとっくに成人しているぞ。貴様こそガキではないか」
「あら、それは失礼をしました、色々と小さなお嬢様。私も十五を過ぎた、立派な成人でございます。周りからは、色々と大人びているため、子供扱いされることの方が少ないのですがね」
笑みを崩さないまま、メディに対して中腰になり、豊かな胸を寄せて谷間を強調する。一度、わざとらしくメディの胸に目をやると、ふふっと小さく笑声を漏らした。
メディは額に青筋を立て、引きつった口を震わせる。
「あらあら、そんな老けた顔をしてはダメよ? 唯一の美徳である若さを無くしたら、お嬢様の価値が皆無に等しくなってしまうわ」
メディの両頬をむにっと引っ張り、無理やり笑みを作る。その変顔に、彼女は顔を赤らめながら笑いを堪えている。
「ホマヘェ、ホロヒュ」
メディは彼女の目の前に手をかざし、腕にある魔印を光らせる。
「あら?」
「まってッ! メディ!?」
俺の制止の声など届かず、メディの腕から黒粒子が溢れ出る。一瞬の内に彼女は飲み込まれ、黒粒子は大蛇のように地面を這い削る。大蛇は恐怖を植え付けるような唸り声をあげながら、彼方へと散っていった。大蛇の通った後は何もなく、生い茂って草原に不毛の道が作られた。
俺はその場に尻餅をつき、震える足を止める術もなく青ざめていた。恐怖に満ちた瞳で、メディを見上げると、チリチリと溢れる殺気に突かれる。呼吸も苦しく、口で大げさに息を吐いては吸う。
「ふん、大人気なかったか」
「ほら認めたわ。やっぱりガキですわね」
突然、俺の後ろから声が聞こえ振り返る。そこにいた彼女を見て、俺は恐怖を忘れるほど絶句する。
「可哀想な子。お姉さんが慰めてあげるわ」
「うわっ! ちょっ、その!」
慌てふためくのを無視して、腰を抜かした俺を抱き寄せる青髪の女性。メディの黒粒子に飲み込まれた筈なのに、傷一つない。
だが裸である。もう一度言おう、麗しく眩しい胸も、曲線美なお腹も、無垢なお股も丸見えの裸である。
彼女の腕が俺の首に回され、顔を柔らかい胸へと押し当てられる。咄嗟に目を瞑り視界を遮るが、逆に他の感覚が鮮明になり、余計に意識してしまった。
メディとは違う香りに包まれながら、柔らかいものが顔を包む。人肌の温もりを感じるが、それ以上に俺の体温が上昇をはじめる。よしよしっと、頭を撫でられながら耳もとで囁かれる。
「怖かったわね~、大丈夫ですよ~。お姉さんが守ってあげるわ。よしよし、空間結界・守護光陣!」
「んぐ! んん~~ッ!」
彼女は手の甲にある魔印を発動させると、光の球体が展開された。
「キ・サ・マアァッ! 私のエージを離しやガレェッ!!」
メディは憤怒の表情に赤黒くドロドロしたオーラを纏い、鋭利な爪を伸ばして切り掛かる。しかし、その爪は届くことなく俺と彼女を囲む光に遮られた。
「あら、化けの皮をはがしたわね。こんな可愛い子に取り付く悪魔なんて、お姉さんが許しません!」
「露出狂の許しなんぞ必要ない! 早くこの空間結界を消せ!」
「人の服を散り散りにした張本人が何を言ってるのよ」
益々赤顔するメディは、ガリガリと残像が重なる速さで結界を削るが、結界は傷を瞬時に修復している。
「無駄よ。悪魔如きが破れる結界ではないわ。もう大丈夫だからね、エ~ジ」
「ぅグ!? ゴホ! ゲホケホッ! ハァ、ハァ、ゴホン!」
「あら? ちょ、ちょっと大丈夫? どうしたの急にって凄い熱!?」
俺は糸が切れたように力が抜けた。呼吸するのも痛く、途切れ途切れに酸素を求める。嫌な汗を全身から流し、発熱する体温はおさまることを知らない。
「早くこの結界を解け! エージを殺したいのかッ!」
「今すぐ殺し兼ねないのは貴女でしょ! その爪は危険よ。まさか、あの悪魔に呪いで縛り付けられているのね」
「呪いなんぞするか! そんなのは陰湿な人間共がやることだ」
「あら、どうかしら。私から見れば、悪魔も同じね」
言い争う二人の声も遠くなり始めた。意識が朦朧とする。
「メ・・・ディ・・・」
「あーもー時間がないわッ! 手加減なしよ!」
メディは両腕をだらりと前に垂らし、力が抜けたように前屈みになる。すると、ポツポツと全身から魔印が浮き上がり、顔も含めて赤く怪しく淡く光り出す。ゆらりと顔を上げると、瞳は猫目のように縦に長くなり、口からは牙が見え隠れしている。いつの間にか、隠していた羽と尻尾も出ており、正に悪魔を連想される容姿に変わっていた。
「あ、あはは、それが貴女の正体なのね。でもこの力、流石に予想外だわ。守るなんて大口叩いたけど・・・私死ぬかも」
「最後の忠告だ。今すぐ結界を解け。考察も迷いも許さん」
メディの声は、普段より何段も低く重たくなっている。今もなお魔力が上昇を続けているらしく、結界がミシミシと軋んでいる。この結界が無ければ、俺は圧で押しつぶされるだろう。
「わかった、わかったから力を抑えて。今すぐ解けば、この子に障るわ」
「・・・いいだろう」
メディはペタンと地面に座り込み天を見る。熱が冷めるように、シューっと魔力が気化していく。羽も尻尾も小さくなり、身体の中へと消えていった。
「・・・ごめんね」
彼女はそう呟いて結界を解く。途端に、メディはバネのように飛び跳ねて、奪い取るように俺を抱えた。大人に取られたぬいぐるみを奪い返したように、強く大切に抱き寄せる。
「エージ、エージ! 確りしろエージ!」
「ハァ、ハァ。メェ、ディ、ゴホゲホ!」
大きな瞳から涙をボロボロ落とし、魔印の消えた腕で、確りと身体を抱えてくれている。メディは俺の胸元に顔を埋めてジッと動かなくなった。
魔力循環をしてくれているのだろう。メディの触れている部分から、重みが消えていく。
「・・・ぁりがとぅ」
どれくらい経ったろうか、辺りは夕焼けに染まり、緑の草原は茜色の海へと変わっている。段々と暗くなっていく景色の中で、メディは俺に抱きついたまま、一度も離れない。
「あらあら不思議ね~。あんな状態がもう治ってしまうなんて」
「エージに触れるな露出狂!」
熱を測ろうとしたのか、額に伸ばした手をメディに払い除けられた。
「失礼ね。もう服を着ているわよ。それに露出狂なんて名前じゃないわ。私はね」
「名乗るな近寄るな触れるな消えろ」
「あらあら~、チビで大したスタイルもなく心も狭い大人気ないガキは黙ってくださいね。私はエージに話しかけているのですから」
メディにガンを飛ばしてから、白翠のセーラーような服を翻して俺の正面に立つ。
「オホン。改めまして、私はランライト・ドラジル。以後お見知りおきを、勇者エージ」
完全に夜が更ける。前の世界で見た月の、十倍以上はある月が夜空を照らし出す。普段なら火を焚いて野営テントで過ごすのだが、俺とメディ、そしてランライトの夜は、まだまだこれからのようだ。
エージ「メディ、もう大丈夫だから顔を上げて」
メディ「・・・」
エージ「それにこの体勢だと動けないよ」
メディ「・・・」
エージ「・・・洗えば大丈夫だし、俺は気にしないよ?」
メディ「ごめん。ズズ、服をぐちゃぐちゃにして」