泣き虫リアン
侍女エリスside
うあぁあぁああぅうぅぁぅんっ!
とある部屋から、この世の終わりを嘆くような声が漏れる。それなりの厚みのある壁でも遮れない情けない声は、広い王城全体に木霊している。
「リアン様、落ち着いてください。そんなに品のない声を聞かされ不愉になる私の身にもなってください」
「だっで、だっでぇぇ! わだじの勇者様が、魔王に、マボオゥにぃっ! うあぁぁぁん!」
大きなクッションのように羽毛布団に丸まるリアン。そんな哀れなリアンを宥めるのはメイドの私ことエリス。
私はリアン王女の幼馴染にして専属侍女であり、王城内の全メイドを束ねるメイド長である。
私は物心ついた時から母と共にメイドを務めておりました。当時の母はメイド長をしており、そのためか、毎日耳にタコができるほどメイドとは何かを聞かされました。
そして話の最後には必ずあることを言っておりました。
リアン王女の誠の友になりなさいっと。
素直で可愛かった私は教えを守り、寝る前には必ず復習しておりました。
その成果もあり、母が身を引いたと同時に私がメイド長となって、リアン王女の唯一の友となりました。
そう、唯一です。そのせいか、私の前では王女の欠片も感じない子供リアンになってしまいます。
「うあぁあぁああん!!」
「五月蝿い」
ドスン!
「~~ッ!?」
サンドバッグ代わりに、私は鍛え上げられたメイドチョップを決めます。見事脳天に当てたらしく、羽毛団子が転がり続けております。
「酷いわエリス! ここは慰めるところでしょう? 励ますところでしょう?」
エプロンを引っ張りながら足元で泣き崩れているリアン。これが王女なんて考えたくもないですね。
「リアン様、あなたはエリアガーデンの王女なのですよ? もっと王女としての自覚をお持ちください」
「ぐす、そんなものいらないもん」
そんなもの? つまり私は「そのんなもの」に仕えていると馬鹿にしているのでしょうか。
「左様ですか、なら今後は国王や各お偉い方、並びに勇者様への接触を禁じます。また、王女という権力を破棄以降は、この王城からも立ち退いて頂きます。それでは私は失礼します。長いようで短い付き合いでした」
体を反転させて一歩を踏み出すと、リアンは羽毛布団から飛び出してきた。私の足を掴もうとするリアンの手を華麗に避けては踏みつける。
何度同じやり取りをしたことか。学習してくれませんねリアン。
「痛ったあぁぁぁい! エリス! メキメキいってるわ、骨が折れるわ!」
ぎゃあぎゃあと足元で泣き喚くリアン。折るつもりで踏んでいるので痛くて当たり前です。
「はぁ、良いですかリアン様。あのエージという男が魔王と出て行ってから一ヶ月。すぐに国のエリート密偵が極秘捜索を開始しましたが、今だに発見できていません。そもそも、魔王の誘いに乗るような勇者は前代未聞です。まともな精神の持ち主とは思えません。それなのに、どうしてリアン様はあの者を飽きもせず慕っているのですか?」
「・・・守ってあげたいの。うまく言葉にできないけど、私が守らないとダメなのよ。この世界に呼び寄せたのは私。その責任を感じているのかもしれない。でも、それだけじゃないの! こう、なんというか、う~ん、とにかく守らないとダメなの!」
意味わからないわ。よもや魔王にバカになる呪いでも掛けられたのかしら? もとからバカでしたけど、今回は特に拍車がかかっています。
これは一度殴らないと正気にならないかもしれませんね。
「あぁエージ様。貴方は今どこにおられるのですか」
「リアン様、無意味に夜空を見上げているのでしたら、新勇者様のお相手をしてください。召喚された日から、勇者様はずっと貴女と親しくなりたいとアプローチをしているのに」
「もう、エリスは私の気持ちをこれっぽっちも理解してくれていませんわ」
「理解したくありません。明日は国王様と勇者様を交えた晩餐会があります。決してサボらないでくださいね」
リアンが明らかに面倒臭いという顔を私に向ける。そんな顔をしても、私ではどうする事も出来ないのはわかっているでしょう。
所詮はメイド。上に立つ者の命令を完璧にこなし、満足して頂くためだけの存在。リアンが如何に望んでも、メイド以上の仕事は出来ません。
「わかったわよエリス。明日は勇者様のご機嫌取りのためにちゃんと行くわ」
「そうですか。勇者様もきっとお喜びになるでしょう」
私は一礼をして部屋を出ようとすると、リアンは待てをかける。
「エリス、この手紙をエージ様に届けて頂戴」
「・・・はぁ? 無茶を言わないでください。あの男は極秘捜索中と申したはずです。密偵が探し回っても見つからないのに、メイドの私が見つけれるわけがないでしょう」
リアンは小指ほどの小さな筒に、手紙を収めて私に投げ渡してきやがります。これは面倒な匂いがしますね。今すぐ投げ返してやりたい。
「私の大切な友としてお願いするわ。この手紙を至急エージ様に届けて欲しいの」
「まったく、こんな便利屋扱いされている者を友と呼ぶのはリアンだけよ。・・・で、この内容は何? 変なものなら処分するわよ」
「魔力循環に異常があった患者の資料よ。どれも完治は出来てないけど、症状を安定させた例がいくつかあったの」
「まぁ、その程度なら。伝書ハトネンを使うけど期待はできないわよ。密偵が先に処分しちゃうかもしれないわ」
「届く可能性もあるのでしょう? なら問題ないわ」
リアンが手を振るのを背に、私は部屋を後にする。本来ならこのまま伝書ハトネンの小屋に向かうのだが今回は違う。
向かうのはメイド長専用の室。そこで私が育てているハトネンを使う。自慢ではないが、そこらのハトネンよりとても利口で速く実力もある。
「ハチ、前勇者にこの手紙を届けて頂戴」
ハチは人のように頭を下げて頷くと、羽を広げて夜空へと舞い飛んで行った。
私はハチの姿が見えなくなるまで、静かに祈り見守るのです。
「リアンの願いが届きますように・・・」
勇者「なぁ、魔王。あの鳩みたいな鳥は何だ?」
魔王「あれはハトネンだ。よく伝書を持たせたり、小さな小物を運ばせているな」
勇者「よく間違えずに届けれるな~」
魔王「ハトネンは知性が高く、相手の名前などの素性を見抜くユニーク能力があるらしいぞ」
勇者「へー」