エリーの憂鬱
エリーside
「どうしようかしら~?」
お嬢に言われ、巨大翡翠クマ人形の遊び相手を任されたのだけれど・・・。
ちらっ
私の前に散乱している糸屑達。謎の指輪が付いた首輪を残し、その大半は魔力の塵となって風に飛ばされていってしまった。
「まさかこんなにも脆くて弱いお人形さんだなんて、予想外だったわ」
だって相手は未知の能力である、呪具によって生み出されたモンスター。未知の力と言われ、嬉々としない魔族はいないだろう。
もちろん私もその一人。どんな強敵なのかと狂喜乱舞に魔法を放ったら、よもや、一瞬で糸屑と化してしまうなんて。
「この私の虚しい気持ち・・・はぁ」
思えば過去の私も同じ過ちをしていた。あれは何百年前だっただろうか。確か、七代目勇者が私の前に立ち塞がった時かしら。
お嬢から初めて異世界兵士の相手を任された若き頃の私・・・今も若いですけど。とにかく少し昔の私はお嬢の期待に応えたくて、勇者に全力で魔法を放ったのよね。
案の定、勇者様は消し炭になってしまったわ。
だって、あんなに弱いクセに勇者と名乗るなんて、誰が予想できるのよ。仮にも大型モンスターとか難なく倒していたはずなのに。
結局、その後お嬢に怒られて、中央部のリーヴ様の手を借りて蘇生したのだけれど。蘇生といっても、塵から再生したから記憶なんてなくなってたけどね。
「はぁ、八代目勇者ちゃんにまた会いたいわ」
こんな私を唯一受け止めてくれた異世界兵士が一人だけいた。彼女は今までの勇者と比べても華奢で弱々しい印象があったけど、誰よりも強かった。
私は宙へ飛ばされていく糸屑を見送りながら思い出に浸ることにした。決して、現実逃避や、お嬢に奮闘したと嘘つくための暇つぶしではないわ。
「あなたが魔王メディの配下の一人、魔人エリーね!」
純白に赤い刺繍のあるフードとローブを纏った小柄な少女が、幾人かの仲間を連れ現れた。私は事前に聞いていた情報から、あのフードの隙間から、青眼で私を睨みつける少女が勇者だとわかっていた。
しかし、少女の体つきは一般人間のと比べても低身長で華奢な肉付き。とてもじゃないが、戦えるようには見えない。
「ええそうよ八代目勇者ちゃん。私が魔人よ」
私は威嚇とばかりに魔力を放出する。本当は威嚇ではなく遊び程度の魔力量なのだが、勇者の仲間はその魔力に後退りしていまった。
危ない危ない。この程度で気押されるなんて、また七代目勇者のように一瞬で塵に変えてしまうところだったわ。
私はままごとに付き合ってあげるために、魔力を放出したまま歩み寄る。
だけど、数歩進んで気付いた。勇者だけが微動だにしていない。勇者の仲間はガッチリとした体型で、それなりに鍛えられてもいる。少なくとも、過去の勇者より少しだけ劣る程度。人間達から比べたら強者であるはず。
そんな仲間が怯える中、何故、華奢な勇者だけが平然と立っていられる? 私は少しだけ好奇心に火を灯し、手の届くところまで勇者に近づいた。
平然・・・ではなかったみたいね。私を見上げる勇者の瞳は潤んでおり、足も震えている。青い顔で汗も流していて今にも倒れそうだ。
「何故勇者ちゃんだけが立っていられるのかしら?」
私はゆっくりと勇者ちゃんのフードに手をかけて下ろす。顔が露わになり、本当に小さな子供みたいな姿が日に照らされた。セミショートの黒髪は少しはねており、ここ最近手入れを怠っているようだ。
「わ、わた、私は! 弱いです!」
「知ってるわ」
私が肯定すると何故か、この世の絶望かの表情をされた。自分で言ったくせになんなのかしらね。
「ですか、私は折れません! 屈しません! あ、あなたに、も、負けません!」
その言葉に、私は無意識に笑ってしまったようだ。口角がつりあがり、牙が露わになる。私の表情に小さな悲鳴をあげる勇者だが、宣言した通り後退ることはなく立ちはだかっている。
「なら、試しましょうね。ブラッドトラップ」
「え?」
カチャンっと金属音がなり、勇者の手足が囚人のように赤黒い鎖でつながれた。小手調べに勇者の地面から血塗られたトラバサミを具現化させる。勇者から見れば、モンスターに捕食されている気分になるだろう。
ノンタイムで発動された魔法に、勇者は目を見開き悲鳴をあげる余裕なくハサミは閉じられた。手足は動かず、抵抗はできない。
ガシャンッ!! ギチギチ!
トラバサミの歯は勇者の首を切断しようと閉じられたが、ギギギっと音を鳴らし歯が止まっている。細い勇者の首に歯は当たっている。だが食い込んでいない。皮一枚で止められていた。
「くぁ、うぅッ」
勇者は強く噛み締めながら耐えている。一向に断ち切る気配のないトラバサミをそのままに、私は次を召喚する。
動けない勇者の真上に吊り下げされたギロチン。血をポタポタと垂らし、勇者の頬に落ちる。
「ヒッ!?」
ガコンっと何かを外す音を鳴らし、ギロチンは真下に落下。勇者の脳天に命中させる。
ガキンッ!!
ギロチンは勇者の頭にぶつかると、その起動を逸らされて地面に突き刺さる。確かに勇者の頭に刃が当たった。だが、勇者は石でもぶつけられた程度の衝撃だけ受けきった。
「い、いひゃい。うぅ」
普通の人なら即死するギロチンを、痛いと涙を流す程度で済ましている。
この時すでに、私は勇者に魅入られていたのでしょうね。私の魔法に耐えた。私とまだ対面している。私から逃げない。かわいい。
勇者に対し私はあらゆるトラップを仕掛けた。箱に閉じ込め無数の剣で突き刺したり、左右から重圧力で押し潰そうとしたり、針だらけの棺桶に閉じ込めてみたり、煮え滾る熱湯に投げ入れたり、爆発物を身体中に巻きつけて発破したり。
「はぁ、はぁ」
「勇者ちゃんの身体っていったいどうなっているのかしら?」
息を切らしてはいるが五体満足で健在の八代目勇者。ボロボロになっているのは服のみで、綺麗な肌には傷一つない。
少しづつ威力をあげていたのにも関わらず耐えている。さすがに不思議に思った私は、勇者ちゃんの手や脚、少し丸いお腹にすらっとした背や貧相な胸などなど、身体のあちこちを撫でてみたり舐めてみたりした。頬がプニプニしてて気持ちいい。
「ひぃぃっ!?」
すでにお仲間さんは巻き添えを食らって倒れており、敵陣に一人取り残された状態の勇者。
その勇者が魔人に色々な意味で襲われているのだから、勇者本人としてもこの先の未来に不安を覚えるのだろう。
「ねぇ、これは勇者ちゃんの魔法か何かなの?」
「て、敵に、情報を渡すわけないでしょ!」
はむっ
「きゃう!?」
勇者の首筋に噛み付く。とはいえ牙は通らないので、吸い付くような感じだ。撫で回している時には気付いたけど、八代目勇者は首元が弱いらしい。顔を赤らめ悶えるが力が入っていない。
はむはむっ ぺろぺろ。
「はうっ ひゃいっ! ぃう、言うから離してーッ!」
ゆっくりと名残惜しそうに離して、私は耳元で囁くように微笑む。
「バ、バリアスキン。あらゆる「攻撃」に対して、私の細胞が絶対なる盾に変わる、所謂チート能力です」
ああなるほど。過去に勇者と呼ばれる異世界兵士は、常識はずれな能力を持っているって話だったわね。能力の弱い者や無い者はただの兵士として扱われているんだっけ?
でも、絶対なる盾、ねぇ。
「勇者ちゃんなら、耐えてくれるのかしら?」
「へ?」
私はずっと抱き付いていた勇者を離して、距離を開ける。勇者はポカンとしながらも、ボロボロの服を抱くように握っている。
「私の本気を耐えて見せたなら、お仲間さんと一緒に逃がしてあげるわ」
鋭い目にたじろぐ勇者。息を飲み込み、じっとこちらを見てから震える唇を開く。
「もし、もし耐えられなかったら?」
「消し炭に決まってるでしょ?」
苦笑するような諦めているようなどうにでもなれと乾いた笑をこぼす勇者に、私は全力の魔力を練り上げ、一直線に魔法を放った。
後に、ここには巨大なクレーターが出来、雨が降り続いて泉が生まれた。常に赤色に染まるその泉は、今や観光名所として娯楽好きの魔族で賑わうこともしばしば。
「うふふ、懐かしいなぁ。結局あのあと、またお嬢に怒られちゃったんだよね~。でも耐えてくれたのよね勇者ちゃん。あまりに嬉しくて結婚を前提に告白したけど振られちゃったのよね、残念。ちょっと悔しかったから、「愛情」を持って首に噛み付いて血を飲んであげたら、真っ青になって倒れちゃうんだから、本当に可愛かったわぁ~」
カカッ、シャ! ・・・スッ
思い出に浸っていた私に一枚の紙が渡された。
「ん、なになに。お嬢が惚気の思い出作りに何かをやらかすようだから、事前にリーヴ様に用意をお願いしたい?」
私は顔を上げて紙を渡した人物を見る。漆黒の甲冑に赤色にボロマントを靡かせ、頭のない魔人。まぁデュラなんだけど、珍しく甲冑に傷が付いていた。
「わかったわ。デュラはお嬢の監視ね。お嬢はうっかりさんだから、ミスしてエージちゃんを壊さないように見張らないとね」
デュラは頷いて背を見せ歩き始める。
「あ、デュラ。一つ聞きたいんだけど」
「・・・?」
「いま、楽しい?」
「・・・!」
ビシッと親指を立てて私にグットを向ける。その姿に私もなんだか楽しくなって、ビシッと親指を立て返した。
エリー「ところで惚気の思い出作りって何をする予定なのかしら?」
デュラ カカッ、シャ! ・・・スッ
エリー「え~と、敵の呪いにより目覚めなくなったお嬢が、愛する勇者のキスにより目覚める物語?」
デュラ こくり(肯定)
エリー「・・・なんだか、必死なエージちゃんが可愛そうに思えてきたわ」
デュラ「・・・」