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病弱勇者と過保護な魔王  作者: ヤナギ
第一章 病弱勇者
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黒騎士デュラ


 デュラside




「・・・」

「・・・」


 無言で構え向き合う石人形と黒い鎧。石人形は両拳を硬く握り締め、右手を大きく後ろに引き左腕を前下に垂らすような独特な格闘ポーズ。一方の私は黒く紅い魔印の走る両手剣を石人形の胸に剣先を向けている。

 石人形の後方少し離れたところには、今回のショタ誘拐犯であるムトウとかいう無精髭の男が片手銃を手に控えている。


「俺は手をださねーよ。お前の相手はヨザクラだ」


 頭の無い私の視線に気付いたのか、ムトウは両手を軽く上げて観戦を主張する。

 お嬢から事前に聞いた話では、あの石人形自身が一つの呪具であったはず。意思のある魔具もとい呪具なんてものは、何百年と生きている私でも見たことも聞いたことも無い。呪具というのがそれだけ特別な道具なのだろう。いえ、意思ある物を道具というのは私自身の中傷にも聞こえるわね。見た目で言えば私もただの黒い鎧が独りでに歩き回っている物なのだから。


 ・・・カシャ。


「ッ!!」


 私の鎧が鳴ったことを合図にヨザクラが跳びかかってくる。同様に前へ踏み出した私は、剣先を素早く前へ突き相手の首を狙う。しかしそれを片腕で受け流すヨザクラ。私の剣は石の腕をわずかに削るだけに終わり、胴体へ回し蹴りを許してしまった。

 踏み込みが甘いにも関わらず思いのほか強い衝撃が全身に伝わる。鎧内に響く衝撃音を聞きながら、私は衝撃を和らげるように大きく飛ばされる。何本かの木を薙ぎ倒しながらも耐えると、すぐにヨザクラが上空からの脚追撃が襲ってきた。


「・・・!」

「ッ!」


 私は剣身の腹でヨザクラの跳び蹴りを受け止め、お返しとばかりにそのまま力任せに飛ばした。振るった剣の勢いを消すことなく、私は魔印を起動させ身体ごと回転しフルスイングをする。剣からは紅い軌跡が描かれ、無数の紅い刃がヨザクラに向かって飛んでいく。木々を切り進みながらも速度を落とすことの無い紅い刃は、奥で木に叩き付けられていたヨザクラに命中する。


「ッ!?」


 一瞬逃げ遅れたヨザクラは無数の刃を避けきれずに右肩に受ける。大きく切られた肩から血を出すことは無かったが、固く握られていた右拳が力なく開かれた。

 石のような見た目をした身体だが、その硬さは異常な硬質を持つ。そこらの武器ではヨザクラの身体に傷をつけることは難しいだろう。

 しかし、私の剣がヨザクラを絶つことは可能だろう。傷を付けれることは初手でわかったし、今放った魔法剣でざっくりと肩を切ることができた。


 血は流れないが痛みがあるのだろうか。肩を抑え痛みを耐える様に小刻みに震えている。何であれこのチャンスを逃すつもりはない。可哀想だが、お嬢の敵である以上同情するつもりもない。

 私は再び魔印を発動させ、今度は一太刀の巨大な紅刃を放つ。速さも先程の二倍はある。あのヨザクラがまだ力を隠していない限り避ける事はできないだろう。


「ッ!?」


 紅刃は紙を切るように木を容易く切断し、乱立に生い茂る木々の中にポツリと見晴らしのいい場所を作っていく。

 ヨザクラも痛みに抗いながら、その場から逃げようとするが私はそれを許さない。この空っぽの甲冑内に隠し刻まれている魔印を発動。


「!? ッ!!」


 突如地面から伸びる黒い鎖。ヨザクラの脚から絡みつき身体を地面へと縛り付けた。

 ブラックチェーン。闇の鎖を具現化する拘束魔法。本来なら、上級者には容易く破られるものだが、一瞬の隙を作るに十分な効果がある。

 単純に動きを一瞬止めるだけのつもりだったが、ヨザクラは鎖の拘束から抜け出す力すらなかった。足掻き続けるヨザクラを見て、私は落胆していた。


 この程度の奴がお嬢に楯突いたのか、馬鹿馬鹿しい。エージに惚気ていたお嬢が油断していただけなのでしょう。


「・・・」


 頭はないけど哀れみの顔を浮かべる。暴れるヨザクラにも顔があれば、きっとあの男に助けを叫んでいるであろう。

 しかし、その声の無い叫びが届くはずもなく、紅刃は呆気なくヨザクラの身体を上下に斬り飛ばした。

役目を失った黒い鎖が飛び散る中、石人形は指一つ動かすことなく地面に転がる。


「・・・」


 私は地面を大きく蹴って、元の場所へ着地する。ゆっくりと背を正し、マントに着いてしまった土埃を軽く払う。

 その私を気怠く冷たい視線で見てくるムトウ。相方のヨザクラがやられたのに対して何かの反応を示す気配も無い。


「早すぎんだろ。使えねぇ石人形が、予想以上にゴミ屑だったのか、お前さんが強いだけなのか」


 私は剣を両手に握り締め、素早く紅刃を無数に飛ばした。


「おいおい、俺はまだ構えてもいないのに殺る気まんまんかよ」


 もはや話し合う必要もなく、私はさっさとお嬢の元に戻りたかったのだ。お嬢に牙を向けれるほどの強者だと心片隅で期待しただけに、先程の戦いとも呼べない虐めに落胆していたから。


「はぁ、面倒クセェな」


 ムトウは銃を目にも留まらぬ早撃を決めて、全ての紅刃を撃ち落とした。得意げな表情をするムトウだが、その程度で自慢されたところで驚愕もしない。

 私は再び紅刃を飛ばしつつ、ムトウとの距離を詰める。ムトウは両手に銃を握り器用に撃ち落としていく。

 確実に走り近づく私に対し、一歩も退かないムトウ。ただひたすらに紅刃を狙っている。動く気が無いのなら好都合。私は大きく跳躍して一気にムトウの懐に入る。銃口を向ける暇など与えず斬りあげる。

 さすがに動かざるおえなくなったムトウはほぼ真上に跳び避けるが、その選択は自らの首を絞める。


「チッ!」


 着地地点に構える私と、無我に撃ち始めたムトウ。雨のように降る銃撃だが、私は全てを切り捨てる。滞空時間を失い落下し始めるムトウ。

 彼の着地は死と同じ。


「クソが!!」


「・・・」


 あと一秒で剣先がムトウの喉を切り裂く。この一撃の為に多少銃弾を鎧に受けてしまうが、致命傷には程遠い。


 さようなら。




「死ぬのはテメェだ」


 私の剣は止まっていた。ちょうど剣身の腹がムトウの着地位置に重なるところで固まった。ムトウはそうなる事が分かっていたかのように、剣の腹に着地し銃口を私の甲冑に当てた。


「俺の弾丸がお前の鎧に傷をつけれる事はさっきのでわかってんだよ。だからよ、このゼロ距離に加え、魔力を上乗せした弾丸ならどうなるだろうな?」


 ニタリと見下す笑みを見せつけ引き金に指をかける。私は銃よりも拘束されている甲冑に意識を向ける。


「!!」


 ぐちゅぐちゅと血を滲ませながらまとわり付く肉塊。いや、違う。血のある肉塊を纏った石が私の関節に入り込み固定している。


「ほわ〜! 凄いよムトウ! この魔人、甲冑の裏側にびっしりと魔印を刻み込んでるわ」


 私の体の中から聞いた事の無い女の子の声。甲冑内に響くその声からは、驚きつつも楽しそうにはしゃぐ子供のように聞こえた。


「さっさと出やがれ。テメェごと撃ち抜くぞ」


「ひどい! そんなことしたら、今度こそムトウの肉にかぶりついちゃうからね!」


 フンッとムトウが鼻を鳴らすと、私の甲冑から褐色肌の少女が飛び出てきた。空中をくるくると身軽に回り、重さを感じさせない綺麗な着地を決める。

 そして墨色の長い髪をなびかせながら、灰銀の瞳で私を見つめる。


「つい先程ぶりね甲冑さん。私がわかるかな? ヨザクラちゃんですよ〜あはは!」


 そういってヨザクラは自分の頬を抉り、自らの肌を裏返して中身を見せる。そこには先程戦っていたはずの石人形の肌が露出していた。


「どうも、呪具アークドールことヨザクラです。特になのは肉塊を纏うことと、気配遮断の潜行移動よ。ただ、地上が見えているわけじゃないから、出た先がどうなっているのかがわからないのが欠点よ。ま、さっきのムトウみたいに合図を送ってくれれば、出る場所を正確に決めらるのだけれどね」


 そういってヨザクラは私の足元に目をやる。そこでようやく理解した。ムトウはわざと真上に跳び、私に向けてではなく地面に向けて銃を乱射していたことに。あわよくば、その銃弾が私の鎧に対して効果があるのかも確認するため。



 私は彼らを侮っていた。



「もういいだろ? さっさと壊れてくれ」



 冥土の土産は十分だろとムトウは含み笑い、その銃の引き金を引いた。


 ドンッ! ドンドンドン!




「・・・あ?」



 侮っていた。確かに反省すべき点ではある。だけど、別に後悔なんてものはなかった。する必要もなかった。


 ガン! ガンガンガン!


 休むことなく撃ち続けられる衝撃が甲冑に伝わる。


「ねぇムトウ。さっきさ、私見たって言ったわよね?」

「そうだな」


 冷や汗を流しつつも引き金を引くムトウは、本人も気づかない苦笑いを浮かべていた。その顔を見つて眉を八の字にするヨザクラは、両手を前に合わせて傾げるようにあざとく謝罪した。


「その、ごめんねムトウ。あの甲冑の中にある魔印全部、解読出来ないほど複雑で高度なものだったの。だから、つまり、えっと・・・私たちじゃこの甲冑さんに勝てないわ。えへっ」


 私と彼らには侮る余裕があるほど差がある。


「やば!」

「・・・」

「ぅぐぁ!」


 至近距離にいたムトウが無数の剣先により刻まれた。

 魔印発動・黒剣装甲。私の甲冑は針山の如く鋭利に剣が生える。拘束していた肉塊は切り刻まれ、血飛沫と共に地面に撒かれる。

 反射神経がいいのか、ムトウは刻まれながらも致命傷は避けていた。だが、両手と銃は甲冑に当てていたため、避けきれずにぐちゃぐちゃに裂けている。


 ガシャン!


 バラバラと落ちる銃器。もはや使い物にはならないだろう。まぁ、銃が無事でも、同じく使い物にならなくなった腕では意味はない。


「ムトウ! しっかりして、今止血するから!」


 ヨザクラは自らの腕の肉塊を削げ落としてムトウの傷に当てる。すると、肉塊はズルズルと意志を持つように裂けた傷に入り込み塞いでいく。

 しかし、再生しているわけではないようで、ムトウの腕が動くことはなかった。ヨザクラの言った通り止血が出来るだけなのだろう。


 私は両手剣を甲冑の中にしまう。正確には甲冑内に仕込んでいる闇の狭間に入れただけ。闇の狭間は、勇者のアイテムボックスとかいう空間魔法を模して作ったものだ。


 まぁ、今は関係ない話ね。


 私は両腕の籠手から湾曲に沿った剣を伸ばし、隙だらけの二人に斬りかかる。


「やらせないわよ!」


 ヨザクラは沼に沈めるようにムトウを地面に押し潜らせ、そして庇うように身体をかぶせた。


 ザシュッ!


「きゃあ!!」


 ヨザクラは首後ろから背中を斬られ悲鳴をあげる。肉塊はパックリと開けられ、その奥に隠れていた石人形も届いた。

 そして、ヨザクラの首後に光るものを見た。


「ヤッバ!」


 それはすぐに手により覆い隠された。そのまま、ヨザクラは苦痛の表情で私を睨みつけて、ムトウを追うように地面へと潜ってしまった。


「・・・」



 やはり気配はない。あの呪具を追って見つけだすのは骨が折れそうだが、次に会った時に破壊する事は容易いだろう。

 首後ろに隠されていた指輪。おそらくあれが呪具の本体だ。



「・・・」



 帰りましょうか。ムトウもあの傷では戦いを続行する事は難しいでしょうし、指輪を見られたヨザクラも、簡単には姿を現さないでしょう。



 さて、お嬢の元に行くか、それともエリーを迎えに行くか迷いますね。



ムトウ「あークソが、両腕が痛くて動かねぇぜ」

ヨザクラ「ごめんね。とっておいた肉も全部つかっちゃったのに勝てなかったわ。それに・・・」

ムトウ「見られたのか?」

ヨザクラ「うん。次はたぶん、逃げれない」

ムトウ「チッ、使えなねぇ石人形だ」

ヨザクラ「・・・ごめん、ね」


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