あと一歩
「こんの泥棒猫めッ!! 覚悟はできているんでしょうね!」
「ふニャアァァ!? 誤解だにゃ! 潔白だにゃ! 無実だにゃあぁぁっ!!」
とある宿屋のロビーで騒ぎ喚いている少女二人。鬼の形相で迫る紅い少女から、恐怖で震える体に鞭を打ち逃げる白い少女。
一時間前のこと
ここは港町ペルケタート。バステト族が多く住む海に面した町である。そこの一角にある宿屋では、看板娘である白猫のフェニスという美しい少女が一生懸命働いていた。
今日もいい天気に恵まれたと、フェニスが眠たい顔に冷水をかけて気合を入れた時だった。空から珍しいピンクのハーピーがやって来て、一通の手紙を届けてくれたのだ。
フェニスside
「手紙にゃ? 私宛てなんて久しぶりね」
「私と同色ピンクのウサネンからですよ〜!」
ウサネンからというのに疑問を抱きながらも、私は手紙を読む事にした。あまり機会のない手紙に少しだけテンションがあがっているおり、内容がなんであれ読みたいのです。
お元気ですかマイエンジェルこと、愛しのフェニスちゃん。以前に紅髪のメディ、フェアリーのランと共に旅をしていたエージです。
訳あって、二人とはぐれて旅をしていますが心配は無用ですよ。今は花畑の美しいハトピアという村にいます。ここはハーピー住む村のようで・・・
・・・というわけで、落ち着いたら愛しのフェニスちゃんを飼うために迎えに行きます。
楽しみに待っていてください。エージより。
「・・・にゃにこれ?」
「ん~と、ラブレター的な?」
私は冷水で拭いきれなかった眠気は吹き飛んでおり、つい手紙を届けてくれたのたイノに聞いてしまった。
エージさんはハッキリと覚えている。メディという魔族の女の子と仲良しだった男の子だ。エージが私と話すたびに、メディという子が恐い目付きで睨んできたので、忘れるわけがない。
「迎えに行くっていうか、飼うって私の意見を聞く余地が見えないにゃ」
「嫌いなウサネンなのー?」
「ウサネン? このエージって男の子は人間よ?」
イノとフェニスの頭上には?マークがいくつも飛び出た。
「フェニスー! フェニスー? どこにいるんだいフェニスー?」
二人で首を傾げていると、宿屋の中から私を呼ぶ声が聞こえた。
「ここにいるよー!」
慌てて声の方に向かうと、女将が女の子を連れているのが見えた。パタパタと走って向かう私に気付いたのか、女将が女の子に私の方を指差して教えていた。
女の子が私を見るや否や、体から黒いオーラを放ち笑みをこちらに向ける。そこで私は宙を前転し、駆け足を止めてすぐさま進行方向を反転。先程よりも三倍の速さ、私の出せる本気の全力で女の子から逃げるように走った。
女将が私を止めようと呼ぶ一方で、近くにいた女の子は私を追いかけ始めた。紅い髪に悪魔の羽と尾を持つ女の子。
そう、メディが私を追いかけくるのだ。
「にゃ、にゃんで追いかけてくるの!?」
「フェニスこそなんでいきなり逃げるのよッ! 待ちなさいよ!」
「そんな恐ろしいオーラを纏っている時点で、誰でも逃げるにゃ!」
私は宿の曲がり角を壁走りで減速することなく曲がる。しかし、そこで私のポケットから一枚の手紙が落ちてしまった。
今は逃げるべきだと思ったが、その内容を思い出して急ブレーキ。床に爪痕が残る事など気にする余裕もなく、手紙の元に戻ろうとする。
が、手遅れであった。私を追いかけていたメディは既に距離を縮めており、その手には手紙が握られていた。
「・・・ヤバ」
クシャッ・・・クシャグチャ、ビリビリビリビリビリッ!!
「・・・く、クク、クククアハハ!!」
「お、落ち着くのよメディちゃん。ね? まずは、ほら深呼吸を」
「あは、あはは! フェ~ニースーちゃ~ん。どーして貴女がエージからお手紙を貰ってるのかな? それに最後の迎えに行くって、どういう意味なのかな? ねぇ・・・私を見て逃げたのって、やましい気持ちがあるからじゃないの? そうなんでしょう? 私からエージを奪った泥棒猫さん」
私は後悔した。どうして最初に逃げてしまったのかと。
私は知らなかった。エージが拉致されておりメディが情緒不安定なことを。
私は逃げた。そりゃもう全力でにゃ。
冒頭に戻り、結局私は捕まったにゃ。
もうー凄く怖かった。メディが魔王だということを実感させられた。
今朝整えた髪も服も乱れて肌けて、もう少しで生まれたままの姿にされかけた時に、空便のイノさんに助けてもらった。
イノさんが手紙を受け取り、私に渡すまでの経緯をゆっくりと話してくれ、メディは私を揉みくちゃにしていた手を止めてれた。
「た、助かったにゃ。イノさん、本当にありがとうにゃ」
「ふふ、気にしないで~。あのまま見てても面白そうだったけどね! 悪魔に汚された天使白猫って記事で売りたいぐらい。 はっ! もしかしてイノ様は惜しい事しちゃった!?」
「惜しくもなければ、売り物でもないニャッ!!」
「さて、私がここに来た理由はもうわかってるわよね泥棒猫二号機」
ようやく落ち着いたメディは、私と対峙するように椅子に腰を下ろした。ここは宿屋のフリースペース的な場所であり、他の客にも私達の会話が聞こえる。
このままでは私が勘違いされ兼ねないと、震える声で講義をする。
「二号機ってなに!? そもそも泥棒猫違う!」
「エージを誑かす存在なんてみんな泥棒猫よ。いえ、もはや私以外の存在がみんな危険だわ!」
「不条理すぎるにゃ!」
「まぁまぁ、落ち着いちゃいなよ二人とも。ここはこのイノ様に免じて、二人仲良く握手をするといいよ!」
私とメディの間に手を入れて、いや羽を入れて静止するイノ。周りのお客さんも、何事かとこちらを見ていた。
「握手は置いといて、確かにこのままでは話が進まないわね」
「そうにゃ。私も早く仕事に戻らないといけないので、簡潔にお願いするにゃ」
「エージが拉致されて居場所がわからないの。何か手掛かりがないかと思って、拉致されたこの街に戻ってきたのよ。まぁ、こんなにも早く鍵が見つかるとは思わなかったけどね」
「エージさんが拉致された!? しかもこの街でにゃ!? もしかして私達亜人の仕業・・・なの?」
もしそうだとしたら、申し訳ない気持ちになる。もちろん人間が私達にしてきたことは許せない。けれど、エージさんはそいつらとは違う人間。
私も全ての人間に憎悪をぶつけたいわけじゃない。
「違うわ、人間と人形の仕業よ」
その言葉に私は少しだけ胸をなで下ろす。でもエージが拉致されていることには変わりないため、安堵とは別である。
「で、そこのハーピーはイノだったかしら? この手紙は誰から渡され、いつどこで受け取ったの?」
「んーとね、私の頭を撫で回した後に、ウサネンの格好をしたエージが、私の前でパパッとその手紙を書いて託されたの。一日前に花園ハトピアからお届けしましたよ!」
イノの話を聞いたメディは口端を大きく釣り上げ、白い歯を見せながら笑いをこらえる。先程の黒いオーラも濃さが増しており、今にも私達が飲み込まれるのではと錯覚してしまう。
「ククク、あと一歩で追いつくわね。覚悟してなさい、クソ人形」
メディside
「そん・・・な・・・」
村まで一気に転移してた私達の目には、美しい花の村とは程遠い廃村が佇んでいた。
この村の惨状に、イノはその場で座り込んでしまった。
花園ハトピア。確か、ハーピーが花の魔族と共存して作った村で、色とりどりの花が楽しめる村だったはず。
それがこんな血生臭い村になるなんて、大型のモンスターにでも襲われたのかしらね。
「メディさん、あれを見てください」
放心状態のイノを介護しながら、フェニスが村の中央にある翡翠色の物体を指差した。
「私が様子を見てくるわ。あなた達はここに居なさい。何かあればすぐに読んで」
散乱する羽毛と花びらの地面を歩み、翡翠の物体へ近づく。
「これは糸?」
「グルル、誰かいるのか?」
「ッ!?」
よもや緑の物体が喋るなど思わず、咄嗟に距離を開けて黒粒子を腕に纏わせ構える。翡翠の物体は動く気配は見せないが、低い唸り声が止むことはなかった。
「グルル。この魔力、相当な手練の魔族、いや魔人か? ちょうどいい、この俺を捉えている糸を解いてくれ。礼ならするぞ」
「お前は何者かしら。この村で何があった?」
「私はマンティコアと呼ばれている魔族だ。ちょうど、この村で食事をして油断をしていたところにやられた」
マンティコアか、暴食で名高い魔族ね。それに食事ってことは、壊滅させたのもこいつか。
「一つだけ確認したい。ここに人間はいなかったか? もしくはウサネンの姿をした者だ」
「・・・グルル」
「無言は肯定ととらえるわよ」
「私をとらえた者の中に、それらしき者がいたのは事実だ」
「喰ったのか?」
私はすぐに答えないマンティコアに、圧縮した黒粒子をギロチンのように変形させる。この糸が普通のものでないことはすぐに理解していたため、魔力を多めに込めている。
「逃げられたさ。ウサネンの隣にいた、クマの被り物をした者に邪魔されてな」
クマの被り物? あの髭男でもクソ人形とも違うのか?
「グルル、さぁ答えたぞ。早く私を解放しろ!」
「そうね、魂ごと解放してあげるわ」
「な、何を――」
ドスッ! っと何の抵抗もなく落とされたギロチン。切られた翡翠の糸は、細い糸屑となって風に飛ばされていった。それに合わせて、内包していた魔力を空に散らすマンティコア。
ぐったりと動く事なく、大量の血だけを流している。
「エージを喰べようなんて、万死に値するわ」
メディ「フェニス、イノと一緒に街まで転送するわよ」
フェニス「メディさんは?」
メディ「もちろんこのままエージを捜すわ。たぶん、すぐに見付けれる」
イノ「・・・」
メディ「イノのケアも頼むわよ」