花散る
大量の血が雨水により流され、花と土を赤黒く変えていく。甲高い鳥の鳴き声が騒ぐが、それはすぐに咀嚼されて消えた。
マンティコアは果実を食べているように、口周りに付いた果汁を舐め拭う。
「ボサッとするなガキ」
「ぐぇゴボッ!」
ムトウに首後ろを無理やり掴まられ、村の外に向かって引かれていく。すぐさま馬車の荷台へと放り込まれて、マンティコアから逃げるように馬車を走らせた。
マンティコアはハーピーを舌で堪能しながら、怖気の走る笑みを浮かべたまま俺たちを見送る。雷が鳴り落ち、一瞬だけマンティコアの全容を捉えることが出来た。
漆黒の獅子に悪魔の羽と赤茶色の蠍の御が三つ。獅子の身体には電子回路のように赤い線が巡っており、淡く発光もしていた。遠目からでも巨大さがわかる。
「チッ、結局は厄介事かよ」
馬車を止めるムトウの先には、以前見た植物の柵があった。
「ゲホ、ゴホッ! マジで首絞まった。・・・網ってこんな近場だったっけ?」
「んなわけねぇだろガキ。網漁業みたいにゆっくりと狭まって来てんだよ!」
もう一度確認するように網を見上げていくと既に天井部分が下りてきていた。暴風に遊ばれながらも飛んで逃げようとするハーピーが数人いるが、植物の網を抜け出すことは叶わず絡まっていた。
「メンドクセェが花の魔人とやらを始末するか」
ヨザクラとベルヨネアは頷きそれぞれ行動に移った。ヨザクラは地へと潜り、ベルヨネアは網植物に翡翠の糸を絡ませて目を瞑るように集中する。
探索している間も網植物は狭まる速度を加速させる。馬車が村の入り口付近まで押し戻されたところで、ベルヨネアが大きく動いた。
「魔力元見付けた、村長の家の中」
「あの家か。マンティコア目の前を突っ切る必要があるな。よし、囮になって喰われてこいガキ」
「ふざけっ!! ゲホ、ゴホン!」
つい怒鳴り声を上げてしまったためか、喉がから血の味混じりの乾いた咳がでる。
「脆すぎだろガキ。冗談だから死ぬんじゃねーぞ? お前は紅いガキから俺を守る人柱なんだからな」
「ケホ。ふん、そんなのメディには通用しないさ」
ムトウは俺の言葉を鼻で一蹴し、ヨザクラを呼び戻した。
「おい石人形。そこら辺に転がってる鶏肉片でも喰い漁って、しばらくあいつの足止めをしろ。俺は有害植物を刈り取ってくる」
「ふっふっふ! 別に、アレを倒してしまっても構わないのでしょう?」
「あ? 好きにしろ」
突然喋りだしたヨザクラを見ると、羽毛がちらほらと生えたている人になっていた。まぁ、顔だけが生成されており、それ以外は羽毛の付いた石人形のままだが。
ヨザクラは飛ぶようにマンティコアに向かって跳ねる。マンティコアの脳天にドロップキックを決め、耐えるマンティコアを足場に対峙するように華麗に地へ着地した。
「さて、期待に応えるとしましょうか」
口を釣り上げるヨザクラを、興味津々に見下ろすマンティコア。三本の毒尾から針を煌めかせ、血塗られた口から牙を構える。
「遊んであげるわ犬っころ」
「グルル・・・ッ!」
マンティコアがヨザクラに気を取られている間に、俺たちは村長宅の扉を蹴破って中に入る。割れた扉が転がる先には、頭からチューリップのような花を咲かしている子供がいた。
「お客様? いらっしゃい。 ようこそ、くださいました? 不束者です。よろしくです」
途切れ途切れに話す子供は、ゆっくりとこちらに近づいてきた。薄暗い中に雷光が差す。子供の目は大きく見開かれており、蛙のような丸い目をこちらに向けている。
「村の花、綺麗? もっと、もっと花を咲かそう? ねぇ、そしたら、綺麗でひょ」
「お前はハーピーと共存していたんじゃないのか? どうしてマンティコアと協力している」
「本当はダメ、わかってひゅ。あれ? どうして? ダメダメダメダメ。花を咲かさないと、みんなで仲良く。みんな? 綺麗な小鳥さんはどこに行ったの? あら、ウサギひゃん御機嫌よう。 真っ赤なお花綺麗でしょ?」
ああ、壊れている。瞳の左右の動きが揃わず、目の焦点も合わない。手は震えて足もおぼつかない。口からヨダレもたらし、笑っては首を傾げ泣きそうになりながらまた笑う。
「コイツが花の魔族か。ブッ壊れてんじゃねーか」
ムトウはさぞかし鬱陶しそうに、花の魔族を見下ろして銃を手にする。特に抵抗の意思を見せないまま、花の魔族は眉間に銃口を当てるのを許した。
そのまま引き金を引こうとした瞬間に、外から暴風音に紛れて悲鳴が届いた。
「うわっ!? キャアァァッ!」
「どうしたヨザクラ!?」
突然のヨザクラの悲鳴、ムトウは引き金から指を離して外に飛び出す。っと、ムトウの視界いっぱいにヨザクラの身体が写った。
意図せず吹き飛ばされて来たヨザクラを受け止め、反動でムトウは家の中へと戻された。
「ってぇ。何してんだよ石人形!」
「気を付けてムトウ、あいつ・・・呪具持ちよ!」
「・・・ウゼェほど面倒クセェ。呪具ってのはお互いに引き合っているとでも言うのか?」
「ふむ、案外悪くないわね」
「何がだ?」
そう言ってムトウに寄りかかるヨザクラ。ムトウの胸元に頭を預け、その体の上に寝転ぶようにしてヨザクラが乗っている。
「お前の体は、冷てぇし! 硬てぇし! 重いんだよ! オラさっさと退きやがれッ」
「あんヒドイ」
お尻を蹴飛ばされて床に転がるヨザクラは、ベチャッと鈍い音を立てて、生成していた顔と一緒に腐り落ちた。羽毛も全て剥がれ落ちてしまい只の石人形となる。
「グルル、まさかこんな所で同士に会えるとはな。その奇怪で不味い人形も呪具か」
地獄から轟くような低い声が、鋭い牙の奥から発せられた。いやらしい笑みを見せるマンティコアは、実に気味が悪くて近寄りたくなかった。
「獣の癖に喋れるのか。お前に用はねぇからとっとと消えろ。っと言いてえが、用件が出来た」
「奇遇だな人間。私も用件が出来たところだ」
ムトウは両手に銃を握り、マンティコアは尾の毒針をこちらに向ける。
「「呪具を置いて死ね」」
橙の一閃がマンティコアの毒針を一つ貫き砕く。三本あった尾が二本になった事など気にする様子もなく、毒針はムトウに向かっていく。
毒針が地面を抉るのを横目に回避するムトウだが、その頭上には巨大な爪が振り下ろされていた。
チッと舌打ちをして紙一重で避わすが、地面が激しく陥没してバランスを崩しまう。その隙を狙って再び毒針が迫ってきた。
ムトウは慌てることなく飛び散る花びらの中に一閃、ニ閃と銃を撃つ。銃弾は外すことなく毒針を撃ち抜き、目の前で砕けた尾がムトウに降りかかる。
「グルル、なかなかやるな」
「弱すぎんだろ」
「なら私の呪具を持って期待に応えよう」
「あ? 今の無しだ。超強くてシンドかったぜ。このままお相手願う」
「グルル! 喰い散らせ、呪具ハウンドドール」
一帯の空気を揺るがす地獄の遠吠えが轟くと、ボコボコと地面が盛り上がり黒い物体が這い出てきた。雷光に照らされたそれは犬の形をしているが、マンティコア同様に尾には毒針が見える。大きさは柴犬程度だが、軽く百匹は超えており、村一面を覆い尽くしている。
猟犬のように鋭利な牙を見せ、赤く光らせる瞳はすでに獲物を捕らえていた。毛並みなどなく、鉄のような体で生成されている。
「おいおいマジかよ。多勢に無勢じゃねーか」
「グルル、子奴らの毒も私と同じ猛毒だ。一滴でも体内に入ったら、そこの馬鹿な花魔族と同じ末路になるぞ。せいぜい気をつけるのだなと」
「チッ、ご忠告痛み入るぞこの野郎。ヨザクラ! さっさと手伝いやがれ!」
はーい! っと元気いっぱいに返事をしながら地面に潜っていき、ムトウと背を合わせるように再び現れた。
ヨザクラの頭の上には花が一輪咲いており、いつの間にかまた頭部が生成されていた。
「・・・花魔人を喰ったのか?」
「苦かったよ」
「ハッ、良薬になる事でも祈ってろ」
ドンッ! っとムトウの発砲を合図に、一斉にハウンドドールが二人に飛び掛る。ムトウとヨザクラの連携は完璧であり、お互いに傷付く事なくハウンドドールをはじき返している。
その連携に見とれていると、ベルヨネアが庇うように俺の前に立った。
「・・・油断しない」
「グルル、あの人間と人形の体力が切れるまで、こっちの肉で遊んでおこうか」
「ケホ。食べ物で遊ぶなと教わらなかったのか?」
マンティコアは喉を鳴らして笑いだす。目を半月にして、漏らしそうなほど恐い笑みである。
「あいにく、教鞭をしてくれるものは居なくてな」
「そう、私が躾けてあげる」
ベルヨネアはマンティコアが反応できない速度で魔法陣を展開した。その陣の大きさからして、初めから隠れて設置していたかのようだ。
魔法陣からは得意の翡翠の糸が飛び出し、マンティコアの体に巻き付いては地面へと縛り付けていった。余裕の笑みを浮かべていたマンティコアは。に伏せをするように無理やり地面へ寝かせられた。
「呪具ライフテイラー。あなたは既に私のお人形」
「グルル、噛み千切れハウンドドール!」
ムトウ達に襲いかかっているのとは別に、新たに地面から飛び出すハウンドドール。いったいどれだけ呼び出すことが出来るのか全く予想ができない。
マンティコアはいくらハウンドドールを呼び出しても疲弊している気配はなく、ノーコストで呼び出しているように見える。
ハウンドドールは次々と翡翠の糸を噛み千切り、マンティコアは自由になった足で糸から抜け出そうともがく。
「・・・無駄なの」
だが、それを大人しく見ているベルヨネアではなかった。マンティコアの足元にある魔法陣は消えておらず、切られた糸以上に新たな糸を紡ぎだしていた。さらに宿屋でみた自立型人形も跳びだして、ハウンドドールを蹴散らしていく。
多勢に多勢で均衡しているように見えたが、連携の完璧な自立型人形の方が優勢になり、徐々にミノムシのように糸の繭になっていくマンティコア。
「グルっ! グルァ!?」
目を見開き騒ぎ出すマンティコア。新たなハウンドドールを生み出してはベルヨネアに向けるが、時は既に遅く、マンティコアは呆気なく繭の中へと閉じ込められた。
ベルヨネアを咬み殺そうとしていたハウンドドールも、ボロボロと崩れて土へと帰って行く。ムトウたちの方も終わったらしく泥まみれの姿で歩いていた。
「チッ、次からは使えない石人形じゃなく、クマに頼むことにするか。つーか、そんな簡単な方法があるなら初めから言えよ」
「そう、設置に時間がいるの。囮必要」
「俺を囮にすんな。やるなら石人形にしろ」
使えないだの囮だのと、待遇が気に入らずに抗議するヨザクラ。既に石人形に戻って喋れないため、荒ぶる龍のポーズで訴えている。
「で、この糸玉の中はどうなっていんだ?」
「封印しているだけ。糸を切れば起きる」
「獣の呪具はどうした」
「ここにあるの」
ベルヨネアの手には手の平サイズの翡翠毛玉があり、この中に封印してあるとのこと。
「なら獣はこのまま放置でいい。これ以上関わりたくもねぇからな。嵐が止んだら村を出るぞ。いや、もう廃村と言うべきか。ククク、俺の扱いが酷いから天罰が下ったんだな。ざまぁみやがれ」
それだけ言って、ムトウは唯一雨の凌げる屋根が残っている元村長宅へ入っていったてしまった。
ムトウ「おいクマ。犬が持っていた呪具はどんな形してたんだ?」
ベルヨネア「これ?」
ムトウ「そうだ。お前の糸に包まれてて見えねーからな」
ベルヨネア「首輪」
ムトウ「あいつ飼い犬だったのか」