暴食獣
この花園ハトピア村へ、真っ直ぐに向かってくるモンスター。ヨザクラからの報告にある特徴から、それが暴食獣マンティコアであることが判明した。
俺程度は簡単に飲み込めるほど巨大なモンスターであり、暴食獣と名がある通りに生物なら見境なく喰らい付く。毒のある尾を持っており、相手を麻痺させてから捕食するのが特徴だ。
その報告により、俺たちを含めた村人代表が村長の家に集まった。ちなみに、村長の家へ移動している間に死に掛けたのは俺だけだった。なんで嵐の中普通に歩けんだよ。
「皆集まったな。時間が惜しい、早速だが本題に入るらせてもらおう。先程、マンティコアの姿を確認した」
周りのハーピーが一斉に騒ぎ出す。お爺さんと同じようにひどく怯え出す者や、怒りで顔を赤くする者まで。
「落ち着かんか愚か者。過去を悔やんでも無くなったものは取り戻せん。それよりも今を見るのだ」
初めて会った時の優しい声ではなく、重圧のある長の声で村長が言う。その声に皆が息を飲み、嵐のみが静寂に爪を立てている。
「残念なことに、今回は嵐の中で奴の襲撃から逃げなくてはならない。我々が最も得意とする空を奪われた状態だ。はっきり言って・・・最悪の状況だ」
「空がダメなら走ればいいだろ」
少し眠たそうな声で言うのは、壁にもたれ掛かっているムトウである。ムトウの適当な発言が癇に障ったのか、人間だからなのかはわからないが、皆の顔が険悪になる。そんなことは御構い無しに、ムトウは欠伸を交えて続ける。
「まだモンスターとの距離はあるんだ。今から歩いてでも走ってでも、この村から離れれば全滅は避けられるだろうが。こんな無駄な話し合い自体が、自分らの首を絞めているんじゃねーのかよ」
「黙っておれ人間。言われずとも、逃げれば生き残れる事は知っている。だが、我らはこの村からは離れてはならない」
「そうかい、なら勝手に喰われてろ。俺はこの村から出て行くさ」
ムトウは手をヒラヒラと振りながら、嵐の中へと消えていった。振り返る時に、こちらを横目で睨んでいたが、俺らも早く来いと言っているのだろうか。
ムトウの去った村長宅では議論が続いていた。どう戦い、どう生き延びるか。俺は戦術なんてわからない。だが、古参のハーピーからはあらゆる方法が出されていることから、マンティコアによる襲撃は過去にも多くあったのではないかと思う。
羽毛の飛び散る激しい議論を眺めていると、ベルヨネアにウサギの腕をクイクイと引っ張られた。
「さっさと行くぞ」
「本当に見捨てて行くのか。ケホ、と言っても俺は戦えないし、偉いことなんて言えないな」
あっさりとベルヨネアに連れられて村長宅を後にする。良くしてもらった村を簡単に見捨てている俺も、多分かなり冷たい奴なんだろう。
「ごめんなさい」
俺の呟くような謝罪は、誰の耳にも入らずに風に呑み込まれていった。
再びヨザクラに引かれ走り出す馬車。馬ことウマネンは嵐にも負けずに足を走らせる。
が、その勇敢な走りはすぐに止めることになった。俺たちの目の前にあるのは巨大な壁、ではなく、よく見ると網格子状の形をしている。首を真上に向けてると、それは徐々に弧を描いており村へと傾いていた。そこで漸く、これが半球体のドーム状になっていることを理解した。
「んだよ面倒くせぇ。・・・これは蔦か?」
ムトウは網を握って引き千切ろうとするが、蔦はゴムのように伸縮するばかりだ。ヨザクラもムトウの腰に手を巻いて参戦し、大きなカブを抜くように引っ張るが無理だった。
仕方がなく小型の刃物を手に切り掛かると、突然花が咲き乱れ、切っても切っても再生していった。
「があぁ! ウゼェえぇッ!」
ムトウは八つ当たりに花に向かって刃物を投擲する。花が切り落とされるが、結局再生してしまい振り出しに戻る。
ベルヨネアは落ちた花を拾い上げ、両手で包むように持つとじっと動かなくなる。
「魔力を感じる。・・・そう、魔族の」
「魔族って、まさか紅いガキじゃねーだろうな」
青い顔をして銃を手に構えるムトウと、膝が笑っているヨザクラが辺りを警戒する。
「それはない。私の呪具でエージの気配は遮断している。魔王であろうと見付けれない」
「え、まじで? 単にベルヨネアの趣味で遊ばれているのだと思ってた」
俺が素直に驚いているとベルヨネアは首を傾げてこちらを見る。クマの顔の中は見えないが、不満を目で訴えているように感じる。もしかしたら可愛らしく頬を膨らましているなかもしれない。
「俺も初耳だが。ならコイツは何なんだよ」
初耳なのかよ! そしてヨザクラまで驚いているポーズを見せちゃってるよ! お前ら仲間じゃなかったのかよ!?
「そう、花の魔族。宿のハーピーが言っていたの」
「えっと、村と共存している魔族って話だっけ」
ムトウは頭を掻きながら、濡れた髪から落ちる雨水をとばす。近くにいるヨザクラは、顔を覆うように腕で水滴をガードしている。
「つまりあれか? マンティコアから村を守るために、このふざけた植物で結界を張っていると? 何処から責められてもいいように鳥籠状にと万全に? ・・・面倒くせぇ!!」
結局雨に打たれ続けるのは割に合わないと、宿に戻ってきたのである。当然、村人はムトウに対して良い顔はせず、何故戻ってきたと怒りすら見せていた。俺が間に入って事情を説明すると、皆んな目を丸くして驚いていた。
「村全体に植物の結界だと? 信じられん。そんな事は今までに一度もなかったのだが」
村長は小さく唸りながら考え込んでしまった。一方の村人は大喜びだ。死を覚悟して戦う必要がなくなったと、羽毛を散らし舞ってている。
マンティコアが結界に到着するのは、今夜遅くになると予想された。恐らく寝ているうちに襲い、飛んで逃げられるのを防ぐ目的なのだろう。だが、今回は村に入ることすらできないだろう。
「カンパーイッ!!」
暗い雰囲気から一転した村。外は相変わらずの嵐だが、宿のホールは歓喜に包まれていた。喜ぶ理由はほかでもない植物の結界により、天敵マンティコアから守られ事だ。
皆んな酒を手に持ち、花酒という独特の酒を飲み交わしている。俺も酒を渡されたが、成人になっていないためムトウに渡した。人間だからか、花酒を譲ってもらえなかったムトウはこれを断ることなく受け取った。
「へ、偶には役立つしゃねーかガキ」
ムカつく笑みを俺に向けるが、すぐに酒を口にした。ちなみにベルヨネアはヨザクラに渡しており、ヨザクラは石頭で浴びるように酒を飲んでいる。
どんちゃん騒ぎは数時間に続いており、俺は途中から抜けて部屋で横になっていた。なぜかベルヨネアも監視という名目のもと、俺と背中合わせで同じベットに寝ている。
「ベルヨネアさん。あなたの部屋は隣なのですが」
「そう」
「わざわざ同じベットに入る必要はないと思うのですが」
「そう」
「・・・仮にも俺は男なんだけど」
「そう・・・だっけ?」
えええ!? 俺の素顔知ってるよね? このウサギ被せる前に見てるよね? 童顔よりだけど、女顔ではなかったよね? 本気で勘違いされてたの俺!?
一人心の中で叫んでると、クマの顔が視界の端から覗いてきた。クマの被り物と首の隙間から茶色の髪が流れており、俺のウサギ顔をくすぐるように触れる。
「・・・冗談」
「わかりにくいよ」
「そう、かな」
「私はエージを絶対に逃がさない」
被さるように顔を覗いたまま、ベルヨネアは真剣に言う。その言葉は普段のゆったりとした口調ではなく、ハッキリとした言葉だった。
雷が鳴り、雷光がクマの顔を白く染める。
「俺をどうする気だ」
「魔王を釣るエサ」
「釣ってどうする気だ」
「・・・殺す」
雷が落ちる。そして宿屋全体が地震のように揺れ始めた。揺れは次第に力を強め、俺はベルヨネアに押し込まれる形でベットから転げ落ちた。
そして、床に叩きつけられると同時に宿屋は爆発したかのごとく吹き飛ばされた。
「うああぁぁぁ!?」
「キャーー!!」
「た、助けてくれぇーーっ!」
「うそ、止めて、イヤァアアァァーー!」
「ガァアア!!」
ベルヨネアに抱えられる形で地面に叩きつけられる。あまり衝撃がなかったのはベルヨネアと縫いぐるみのおかげだろうか。
俺は先ほどまで寝ていた宿屋の方を見る。だが、すぐに後悔をした。頭から腹まで巨大な口に捕食され噛み千切られる。下半身が血泥沼にベチャッと鈍い音と共に落ちると、それを舐めるようにまた捕食される。
獅子の顔には大量の血と赤く染まった羽毛。周囲に虫のように飛び逃げるハーピーを、鋭利な爪のある前足で叩き落とし、三本のサソリの尾で毒を刺す。
武器を手に暴風の中羽ばたくハーピーは、獅子の背にある悪魔のような硬い羽で防がれ、牙の鋭い口に捕らえられていた。
「な、なぜ。どうしてだ・・・どうしてマンティコアがここにいる。私の村は花に守られていたのではないか!?」
暴食獣マンティコアの前で放心する村長。まだ酔いが残っているのか、赤い顔のまま立ち上がることもなく獅子の口へと消えていった。
ムトウ「この花酒いけるな。もっと貰ってこいよガキ」
ウサギ「いやだね」
ムトウ「あ? 長く伸びたこの耳は飾りか?」
ウサギ「やめろ、捥げるだろ」
ムトウ「呪具なんだろ? この程度で捥げるわけ(ブチッ)・・・」
ウサギ「・・・」