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病弱勇者と過保護な魔王  作者: ヤナギ
第一章 病弱勇者
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花園ハトピア


 暖炉のある家を放棄し、俺はムトウたちに連れられて馬車に引かれている屋根付き荷台乗っている。長閑な青空を眺めながら、流れる雲を見送っている。うっかりと寝てしまいそうな天気だが、地面にある大量の根のせいでガタガタと馬車は休みなく揺れているので諦めるしかない。

 一方のベルヨネアは、俺に抱えるような格好で座りもたれ掛かってきている。


「コホン。ベルヨネアさん、そこを退いて頂けると嬉しいのですが」

「そう。「さん」は要らない」


 ベルヨネアは頷きはしたものの、動く気配を見せない。逆にさらに体重を乗せて体を預け、後頭部をこちらに傾けてくる。


「・・・あの、ベルヨネアさん?」

「「さん」は要らない」


 三度目はないと訴えるように、上目遣いでジッとクマの瞳で見つめてきた。それをウサギの瞳で見つめ返す。

 不思議な事にこのウサギ縫いぐるみ、五感が俺とリンクしている。何かに触れれば、地肌で触れているように感じる事が出来るし、視界や匂いもはっきりとわかる。

 ちなみに口とかの必要な穴は、チャック式で開くように後付けされた。そう、後付けなので最初は色々と危なかった。

 ベルヨネアいわく、脱ぐことは叶わないが改装する事は可能らしい。五本指も欲しいと言ったが、可愛くないと拒否された。なので、指の無いこの手では物を掴むということが難しい。おかげで食事は一人では食べれず、ベルヨネアに食べさせてもらっている。恥ずかしくて嫌だったが、食べないと死ぬと脅された。


「べ、ベルヨネア、退いてくれると助かります」

「そう。・・・嫌」


 そっぽ向いたベルヨネアは、柔ら太いウサギの腕を引いて自分を抱くように交差させた。俺の腕を引く小さく綺麗な手からは、想像も出来ないほど強い握力が込められており、決して離してくれそうにない。



「おいムトウ、ベルヨネアを退けてくれよ」

「あ? 俺はクマの保護者じゃねーんだよ。自分でなんとかしやがれガキが」


 荷台の反対側にもたれ掛かりながらだらけていたムトウは、気だるい目を向けて言い捨てた。そしてアホくせぇと愚痴を漏らし、こちらに背を向けて寝転んだ。全く持って気に食わない薄情な無精髭である。


「おい石人形。俺は寝るから揺らすんじゃねーぞ」


 御者をしているヨザクラは、完全に石人形に戻っており、話す事が叶わないため手をヒラヒラと振って返事をする。

 馬を操るのが楽しいのか、ご機嫌に身体を揺らしている。きっと口があれば鼻歌でも歌っていることだろう。



 ガタゴトガダコド、ゴゴゴ、ガッ! ズ、ズズ。・・・ガッコン!


「がぁあ!! 寝れねぇぞ!」



 馬車は先程と変わらずに根の密集する地を走っている。凸凹が酷いために、揺らさずに御者するのは至難というか不可能にも思える。

 ヨザクラもそれを訴えたいのか、荒ぶるトラのポーズでムトウに抗議をしている。まぁ、コブシ一発でトラは撃沈したが。





 ガダゴドと揺らされること一週間。そう、一週間もこの道を進み続けたのだ。目的地も知らされない俺にとっては、不安で苦痛な日々だった。いくら柔らかい縫いぐるみ越しであろうと、さすがにお尻が痛くなってきた。

 さらに不安に思っていることは、このウサギ縫いぐるみの中で俺は呪具をつけままの状態である事だ。呪具のおかげで病状は少し抑えられているが、縫いぐるみの中にいる俺は白い鱗に覆われている。

 果たして俺は元に戻れるのだろうか。あの蛇神も言っていたけど、力の使いすぎで元に戻れなくなることがある。

 一生この姿になるのには抵抗がある。特にこの姿をメディに見られたくない。港街で一度使った時、メディの顔が酷く怯えていた。あの時の顔は二度と見たくないんだ。

 この姿をどうにかするには、ベルヨネアを倒すしかないのだろうか。一時的にでも俺と呪具を縫っているこの糸を弱められれば、無理やりにでも千切れると思うのだが。


 ・・・それとも指を切り落とすしかないのか?





「到着」


 嫌な覚悟を決めかねていると、クマは顔を上げ上目遣いで俺の目を覗いていた。目と目が合い、お互いにしばらく静止しているとベルヨネアは首を傾げて篭った声で言う。



「とうちゃく」

「わ、ゴホン。わかった」


 馬車から降りると、ふんわりとした感触が足元から伝わる。よく見ると足元は花畑になっていた。

 綺麗な花を踏んでしまったと、慌てて足を退けるものの足を動かした先にも花があり、結局は転げてしまった。

 縫いぐるみと花がクッションになったおかげか、全く痛くはなく代わりに花の香りが広がっていた。


「何してんだよガキが。さっさと来やがれ」


 ムトウは花など関心なく踏み荒らす。


「おい、無闇に花を踏みつけるなよ」

「あ? 馬鹿かお前は。此処らの花を気にしてたら歩けもしねぇだろ」

「そう、見て」


 ベルヨネアは俺の近くに腰掛け、小さな手で近くにあった花を潰した。俺が何か言う前にベルヨネアは潰した花を指差す。

 地に倒れる花はピクリと反応すると、ゴムのようにしなって太陽に向かって花を向け直した。

そして先ほど俺が踏みつけてしまった花も、何事もなかったかのように平然と咲き誇っていた。


「そう、ここの花は枯れない」


 周りを見てみると馬車の通った後すらなかった。あんなに重たい車輪に潰されても平然とする花、俺程度が踏んでも痛くも痒くもないということか。



 ムトウに着いていった先には、花で埋め尽くされた村があった。壁も屋根も花、花、花。家と家の仕切りも、色違いの花で区切られていて御洒落だ。

 此処に立ち寄ったのは補給と休憩のため。それと長期に馬車に揺られ続けていると、普段の生活でも揺れているように錯覚してしまうらしいのでその予防も兼ねている。



「ようこそおいでくださいました。しかし、あなたは歓迎致しません」


 村の入り口で警備をしていた亜人が、大きな翼の先にある鉤爪を構えて言う。鳥の足に羽毛のある身体とカギ爪。目も前にいる亜人は、いわゆるハーピーと言う鳥人であり、花に囲まれた村は鳥人の亜人が羽を休めている住処であった。


 服と荷物の検査をするため、動くなと警告される。ムトウは抵抗しないと手を上げて、荷物チェックを素直に受けた。

 じっとしている間も門番や村人からは冷たい視線が送られ続ける。中には子供を連れて早々に家の中へと隠れてしまった者もいた。


「亜人の国じゃ、人間の扱いは何処もこんなもんだ。慣れろ」


「わー! ウサネンだ! かわいい!」

「こっちにはクマネンもいるよ! わー、いい毛並み~! 柔らかい!」

「わ、ちょ、危な! ケホッ、飛び付くな!」

「そう、良い子」


 亜人の子供達に囲まれる俺とベルヨネア。ムトウに向けられているような、冷たい目線とは正反対の暖かな微笑みで見られていた。

 門番も俺の手や身体を撫でて、毛並みの良さを褒めていた。それと、やはりハーピーは飛べるらしく俺の周りにいる子供達は、バサバサと軽く空に舞って足で俺に掴み乗ろうとする。縫いぐるみのお陰で足の爪は痛くはないのだが、引っ張られたり押されたりで大変だ。



「おいガキ、この扱いの差はなんだ。お前等も人間だろうが」

「そう、可愛いは正義」


 舌を鳴らして愚痴るムトウは、一人だけ何度も厳しいチェックを受け続けている。ざまぁである。



 村に着いた早々に、俺とベルヨネアは子供達に引っ張られながら観光していた。そこまで広くはない村だったが、見るもの全部が楽しかった。

 何と言っても、この村の殆どが花に埋め尽くされているのが印象的である。全てが花で作られているかのような鮮やかな世界だ。

 花にも多種類あるようで、大半を占めるのは踏んでも折れずめげない花だが、中には食用の花や薬になるものもあるらしい。


 花の説明を受けてながらハーピーの子供達と歩いていると、家を見ていてあることに気づいた。


「あれ、どこの家もドアが無い?」

「ちゃんとあるよー! ほら、あそこ」


 子供が羽の先にある爪をさすと、なんと屋根の上に天窓のようなドアがあったのだ。

 ハーピーの移動は飛ぶことが普通らしく、歩く事が少ないらしい。子供達も今は俺たちに合わせて歩いてくれているが、やはり飛ぶ方が楽とのこと。それと目立たないが、家の裏側にはちゃんとしたドアもあるがあまり使わないらしい。


「でもほら、村長の家と宿屋だけは立派なのがあるよ!」


 村の中央奥にある少し立派な家には両開きのドアが確りと設置されていた。お客様ように作ったらしい。

 俺とベルヨネアは、そのまま村長の家に押し込められるように子供達と中に入った。


「お、おい押すな! それに勝手に入ったら、ゴホン。怒られるだろう」


 ピンクウサギが少し怒ったところで無邪気な子供には通じる訳はなく、隣のクマも好き勝手に流されるままになっている。



「ようこそ花園ハトピアへ。歓迎しますよ」


 慌ただしく入ったにも関わらず微笑んでくれた村長。他のハーピーより羽毛が長く垂れている。足も細くなっており、歩くことが難しそうに見える。


「急に押しかけて申し訳ありません。えっと、はじめまして、俺はエージです。こっちのクマはベルヨネアです」

「そう」

「はじめまして。私は村長のピー助です」


 ピー助と言う名前に、ズッコケそうになった俺は悪くないと思う。おい、村長としての威厳がないぞ!


「この村で自慢出来るのは、花と空便のみですが、ゆっくりなさってください」

「空便?」

「はい。私たちハーピーはイグドラ大陸に点々とする、街や村に店を構えておりまして、村の若手が手紙を運んでおります」


 そんなお店があったのか。港街の時には見落としていたのかな。まぁ、あんな可愛い天使がいた街だったのだから、周りに目がいかなくても仕方が無いよな。うん、仕方がない。

 脳裏に蘇る白猫天使フェニスちゃんにまた会いたい思った時に、ふと頭の上を影が過った。

 村長の家にも天窓ドアがあり、そこからサンバイザーの帽子を被ったハーピーが入ってきた。


「村長ー、おっ手紙でーすよ~」

「おお、ご苦労。丁度いい、こちらに来なさい」

「おうぃっす」


 元気なハーピーは、サンバイザーを外して村長の隣に立った。


「彼女の名前はイノ。先程行った空便の仕事をしておる」

「どもども~イノだよ! よろしくね同色さん!」


 そう言って俺に握手を求めるイノ。同色、つまりイノも全身ピンク色だった。つい撫でたくなるような、可愛らしいアホ毛のあるパーマでショートヘア、それと幼い丸い瞳もピンク一色である。

 この村にいるハーピーは黒寄りの羽毛に覆われている者が多く、イノのように明るい色のハーピーは珍しいそうだ。

 今の俺には指が無いので、イノが掴むような形で握手を済ませた。その時に無邪気に笑うイノに心打たれ、俺は手を前に出してイノに聞いた。


「頭撫でてもいい?」

「ほえ? いいよ~」


 よっしゃー! っと喜びのあまり叫んだら、イノは笑みのまま驚き、ベルヨネアから冷たい視線を感じた。

イノは俺よりも身長が高いため、少し屈んでもらってから頭を撫でた。ふわふわの髪が縫いぐるみ越しでも伝わり、癖になる弾力を堪能しつつ何度も撫でる。

 ウサギがトリの頭を撫でる構図が微笑ましいのか、村長も子供達も優しい笑みで見守っていた。いつまでも撫でていたかったが、話が進まなないので、名残惜しくイノの頭から手を離した。



「へー、空便って手紙以外にも色々運ぶのか。ケホッコホ、失礼」

「おやおや~風邪ぇなのかなー? んと、もちろん持てるものだけよ。重たいものとか、大きすぎて他の荷物が運べない物は、全部ダメ!」


 なんだか箒に乗った女の子の宅急便を思い出した。実際にお客さんの孫の誕生日に、出来立ての食べ物を運んだこともあるそうだ。


「よければエージさんも、お手紙を出されてみてはいかがかな?」


 村長がそう提案すると、奥の引き出しから手紙と羽ペンを出してくれた。

急に手紙を出そうと言われても、誰に出せばいいんだよ。パッと思い浮かぶのは、母とメディの顔。


「なぁ、この手紙って相手がどこにいるか、分かってないと無理だよな?」

「んー? 分かっていた方が確実だよ。でもでもでも! このイノ様に全てを委ねるのなら、相手が亡人であろうと、神様であろうとお届けしちゃうよ!」

「ケホッ、死人にどう届けるんだよ」

「え? お墓の前でお手紙朗読会かなー」


 全てを委ねるって、手紙を勝手に開けて読むって意味か。


「ちなみに神様にはどう届けるんだ?」

「信仰している教会にお届けします! そして朗読会!」

「結局読むのかよ、お供え的な感じでもいいじゃん!」



 結局、俺は港街にいる天使に手紙を書いた。内容としてはお元気ですか、と在り来たりな言葉を並べ、いつか飼うために迎えに行きますっと書き足す。


 もちろん飼うというのは半分冗談である。・・・メディが良いって言ったら飼うけどね。


 手紙を封筒に入れる前に、ベルヨネアが読ませろと手を伸ばしてきた。そういえば俺って人質だったと思い出し、大人しく手紙を渡した。

 もしメディ宛てだったら、ビリビリに破かれていたのだろうか。



「でわでわ! 空便屋イノ、出ますです!」


 天窓ドアで一度手を振ってから、イノは翼を大きく羽ばたいて飛んでいった。俺たちもイノの姿が見えなくなるまで手を振って見送った。

 それから村長とも軽く話をしたあとに、俺とベルヨネアは宿に戻ることにした。



「戻ったか。二日後に村を出る、それまで好きにしとけ」


 ムトウはそれどけを言うと、先にベットで寝てしまった。好きにしとけって言うけど、俺は脱走してもいいのか?

 よしっと決意して、音を立てずに部屋から出ようとドアを開ける・・・。



「そう、私がいる」


 残念、怖い怖いクマの目が光っていた。


 ちなみに宿の部屋割りは、俺とムトウで一部屋。隣の部屋がベルヨネアになっている。ヨザクラは、この村に入る前からムトウの手により地面に潜らされている。なんでも部屋代節約のためだとか。



ウサギ「ま、待て! 話せばわかる。落ち着こう」

クマ「落ち着いてる」

ウサギ「なら、にじり寄る足を止めるんだ。今すぐに」

クマ「・・・ことわる」

ウサギ「や、やめろおぉぉ!!」


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