お嬢がため
デュラハンside
ズンズンと、お淑やかの欠片もないズボラな歩き。紫壁に囲まれた少し暗い廊下を、鬼の形相で歩いているのはこの城の主人、メディお嬢である。
「あ、お帰りなさいお嬢」
「・・・」
明らかに不機嫌なメディとは対照的に、気ままに微笑んでいる金髪美女エリー。はにかむ口からは吸血用の牙が見えている。
その隣に並んで立つのは、頭の無い頭を下げているデュラハンこと私。
普段はペンと紙で意思疎通するのだが、ちょっとした挨拶や用事はジェスチャーで済ませている。
「今誰が動ける!?」
お嬢はイライラを隠す事なく怒り任せに吼えた。その声には相当な魔力が込められており、廊下には亀裂が何本も走る。一部は崩落して、土煙を上げている。
お嬢の側で挨拶をしていたエリーと私は、その波動を直に受けてしまい、魔力の刃でが切り刻まれてしまった。
エリーは目を丸めて血塗れになり、私は鎧が傷だらけの見窄らしい姿に。
「えっと・・・私とデュラは目の前におります。ドラゴとシエルは、休戦中の人間軍に不審な動きがありましたので、捜査に行っております」
エリーは血を拭うこともせず、傷など気にせず報告をする。
「ジークは!?」
また波動が迫る。私のボロマントは千切れ飛ばされ、エリーは右腕が皮一枚で繋がっている状態だ。
「ジーちゃんは、トキシーン様とイーヴ様から、呪具に関しての報告書を受け取りに行きまーー」
「なら愚図愚図せずに出るぞッ! さっさと支度しろ!」
全身体からドス黒い粒子と紅い魔力を放ち、エリーと私を怒鳴りつける。
既に下半身の甲冑が砕けており動けない私を、骨だけの左手で掴み持ち上げるエリー。美貌など微塵も感じさせない血肉の顔で、エリーはお嬢に頭を下げる。
「私達はいつでも出れます。しかしお嬢、そのお姿では可愛らしく美しいお顔が台無しになりますわ」
お嬢はパチパチと瞬きをした後に、悪魔羽の手鏡を取り出して自身の姿を確認する。
頭から漆黒の捩れた角を二本生やし、その角を中心に紅い髪はシミのように黒く侵食している。ツインテールの先端は紅いを保っているが、自身から溢れる魔力により酷く傷んでしまっている。
そして顔の含め、全身は漆黒に染まっている。それは、お嬢が普段使用する黒い粒子の集合体であり、怒りで上手く密を保てないのか、体の端がチラチラと崩れ乱れては体を成そうと密に戻る。
そして脈動する悪魔の羽は二つから六つに増えており、尾は龍のように太く硬く長くなっている。
尾の先端には闇の炎が激しく揺らめいている。
紅い目が静止する。まるで、今まで自分の姿を見た事のないように、ジッと鏡を見ている。
「そのお姿を見ては、エージちゃんも驚いてしまうかと思います」
「ッ! ・・・エージ」
憑き物が祓われるように、お嬢の姿が戻っていく。目を赤く腫らして口をへの字にし、子供のような小さな手を拳にして俯いてしまった。
「ぐすっ。悪かった」
小さな声で謝罪をする。そしてエリーと私が紅い魔印の光に包まれると、傷が全て治っていた。
「ふふ、お嬢が謝る事は一つもございませんよ」
「エージが泣いているかもしれない。エージが傷ついついるかもしれない。エージが咳き込んでいるかもしれない。エージが虐められているかもしれない。エージが寂しがっているかもしれない。エージが私を呼んでいるかもしれない。エージがエージがと考えたら、溢れる気持ちが抑え切らなくて、ジッとしていられなくて。それで、それで・・・私が守らないと、エージは危ないのよ」
ポツリポツリ言葉を絞り出すお嬢の姿は、見ていて痛ましかった。エリーと私はお嬢の手を取り、その場に跪く。お嬢の涙が止まるまでこの手は離されない。
「すまない・・・いや、ありがとう」
お嬢にそんな思いをさせる存在は許されない。私もエリーも、そう心に刻む。
メディside
夜に支配された空に、私は一人漂っていた。綿のように風に吹かれるまま、私の城上空を流れる。冷たい夜風が吹くが、頭を冷やすには丁度いい。そっと目を閉じて反省する。
魔王失格だ。自分勝手な感情に飲み込まれて、愛おしい部下を傷付けてしまった。エリーもデュラも、全く気にしていない素振りをしていたが、私たち魔族だって傷付けば痛い。
私は私の痛みを和らげる為に、周りに痛みを撒いた。結局、それも痛みとなって返ってきたのだから馬鹿馬鹿しい限りよね。
自分勝手・・・か。エージを連れ出したのも、私利私欲のためだったわね。
「ねぇ、エージ。・・・私を恨んでいる?」
夜空の星と魔晶の輝きが織り成す幻影世界。まるで光の粒子が溢れる宙に、私一人が置いていかれているように錯覚してしまいそう。そのせいだろうか。誰もいないのに、エージが隣に居ないのに、私は問いかけた。
もちろん答えは返ってこないのだが、心の片隅では期待していた。
・・・変わってしまったな。エージを初めて見たあの日から、私が私ではなくなった気がする。人間なんて何百年も見てきたのに、どうしてエージだけ違って見えるのか。異世界兵士こと勇者なんて、何度も対面しては相手をしてきたのに、どうしてエージだけ特別に感じるのか。
これが一目惚れと云うやつなのかしら? 他の誰にも渡したくない、私だけのエージであってほしい。そう、強く願った。
はっきり言って怖い。たった一度の出会いで全てが盲目になってしまった。エージが望むのなら、世界の破壊も躊躇無く成すであろう私が怖い。
「エージは、どんな気持ちで私の隣にいてくれるのかな?」
私の事を好いてくれているだろうか。以前に話し合いをした時は、隣にいて欲しいとハッキリ言ってくれたし、私が抱きつくと嬉し恥ずかしい顔をするから、嫌いではないのだろうと思うけど。
けど、私と同じ「好き」という気持ちなのだろうか。姉弟のような家族的な好きなのではないだろうか。
わからないよ。
ククク・・・だめだ。今考えるべきことはこんな事じゃない。
エージを助ける。これが何よりも優先すべき事。エージの気持ちは助けた後にでも確認すればいい。
くよくよ悩んでいる暇があるなら、エージの足取りを探す! あのフザケタ石人形による影響なのか、エージの気配が消されているのが厄介だが。
しかし、気配がないだけで実際に姿が消えているわけではない。だから、私の目と手足で見つければいいだけ。
パーンッ! っと勢い良く両頬を強く叩き気合を入れる。
「――ッ! 待っていてエージ、今私が助けに行くわ!!」
エリー「ふふ、あんなに過激なお嬢は久しぶりね」
デュラ「コクコク」(頷き肯定)
エリー「うふふ、もっとやってくれないかしらね?」
デュラ「・・・」(後退り)
エリー「ちょっと、なんで距離を置くのよ。あ、こら! 待ちなさいよ!!」