勇者召喚魔法
うっすらと目を開けると、気持ちのいい朝日が入り込んできた。寝ぼけている頭に朝日を当てて起こす。
筋肉痛のような痛みを我慢して上半身を立てると、近くに控えていたメイドが、紅いポニーテールを揺らして心配そうに話しかけてきた。
俺が倒れた後の事を聞くと、魔王はまた勇者を狙って襲撃してくるとのこと。
ふと、魔王の顔が頭をよぎる。俺を心配するような優しい顔は、慈愛に満ちており人殺しをするようには見えなかった。
次にメイドは俺の病状も教えてくれた。
俺は魔力循環に異常があるそうだ。
魔力循環とは体を廻る魔素のこと。リアン王女がリフレッシュという光魔法を使ってくれたがそれは悪療法であり、効果が切れた時のリバウンドが大きくて俺は気絶したそうだ。
そして最悪なことに、魔力循環に異常がある者の治療法は無いそうだ。魔力循環は自然治癒では治らないし、手術や純光魔法でも治すことが出来ない。
純光魔法とは、四肢が吹き飛んでも、本人が生きていれば元通りに出来るという、桁外れの強力な光魔法。
しかし、元々存在していた事が前提であり、生まれつき損なわれているものは治せない。
さらに衝撃の事実が突き出された。
魔力循環に異常がある者は魔法が扱えないのだ。
正確には、魔力を操ろうとすると体が拒否反応を出すらしい。仮に放てたとしても威力は風前の灯火である。
異世界の醍醐味でもある魔法が使えない。俺は眩暈を起こしベットに再び倒れる。
落ち込んでいる俺をメイドは慰めるように優しい言葉をかけてくれた。魔法が使えなくても、世界は広くて楽しいところだと。
そう気を紛らわせる話をしてくれた。どこか懐かしい感じの優しい顔で。
この世界の基本的な事も教えてくれた。大陸や人種、通貨や言語、魔法に魔族など。その中でも、口を滑らすように勇者召喚についても教えてくれた。
勇者召喚とは、異世界で死んだ魂が輪廻転生するのを引き止めて、無理矢理こちらの世界に持ってくる荒技だった。
魂の情報を元に、魔素で身体を再構築して召喚する仕組みらしい。
ある意味で、俺のこの体は生まれたての赤ん坊なのだ。言われてみれば、青白かった肌が艶のある肌に変わっている気がする。
「まぁ、再構成といっても、魂の情報には欠落が必ず存在してるから完璧じゃないけどね」
「欠落? どういうこと?」
「魂はね、輪廻転生する前に培ってきた情報を落としていくの。生まれた時に前世の記憶なんてないでしょ?」
「つまり、こっちに引っ張られるまでの間に俺は情報を失っている?」
「そういうこと。説明するより見た方が早いわね。はい、私の手鏡貸してあげる」
メイドから受け取った手鏡は、折畳み式で蝙蝠の羽が交差したような変わったデザインだった。端の小さな突起を押し込むと開いた。
「・・・え?」
「どう? 魂はね、まず身体の記録を消すの。次に性格や癖などの精神面。最後に記憶かしら」
鏡に写っていたのは、知らない童顔の子供だった。幼い顔には紺の大きな瞳に小さな鼻と口。髪は青みが濃いダークブルーでウルフカットのようになっている。
「これが・・・俺?」
「歴代の勇者達も変化があったそうよ。髪が金髪になってたり、若くなったり。中には女になった勇者もいるわ。他には――」
メイドはそのまま過去に召喚された勇者の話をしてくれた。自分の変わった姿に動揺していたが、同じ境遇の話を聞いて自然と落ち着いてきた。
話に聞き入っていると、魔族と戦う武勇伝など内容の濃いものも話してくれた。まるで見て来たかのように鮮明で詳細な話だった。
「随分と詳しいようだけど、勇者マニアとか?」
「えッ!? ソ、ソウナノヨ! アハハ」
笑いあう俺とメイドさん。そこでふと気付く。
「あ、自己紹介してなかったね。俺はエイジ。よろしくな」
「エージ、エージね。・・・うん、覚えたわエージ。私は、――マオよ!」
「よろしくねマオさん」
俺の名前はエイジなのだが、この世界の人達には言い難いのか、エージと変換されるようだ。自己紹介を終えたところで、他のメイドがドアをノックして入室してきた。
「お目覚めになられましたか勇者様。もうすぐ昼食の時間になりますが、如何いたしますか?」
「あー、ごめん。まだ食欲はないです」
わかりましたっと、メイド一礼をして扉を閉めた。話し込んでいるうちに、お天道様は真上に移動していたようだ。
「食欲はなくても、何かしら食べないと回復しないわよ? 何でもいいから食べたいもの言ってみなさい。私が取ってきてあげるわ」
「そうなんだけど、今は何食べても戻しそうで嫌なんだ。前の世界でも無理して食べたらそうなったし。あ、でもお粥なら少し入るかも」
「お粥か、丁度いい!」っと、目を輝かせるマオさん。紅いポニーテールを翻し、慌てて部屋を出て行ってしまった。
そして、マオさんと入れ替わるようにリアン王女が入ってきた。
「具合はいかがですしょうか?」
「だいぶ楽になりました。ご迷惑をおかけして申し訳ないです。こんなんじゃ勇者なんて、ゴホ、ゴホンッ! すいません、さっきまで調子に乗って話し込んでしまいまして」
「ふふ。元気なのはなによりですが、程ほどになさってくださいね」
「はは、気をつけます」
困ったように談笑していると、突然リアン王女が先に頭を下げてた。
「勇者様、この度は誠に申し訳ありませんでした。不適切な治療に加え、魔王の襲撃を許してしまいました。少しでも詫びるために、私は純光魔法の習得に励み、勇者様の病気を治療したいと考えています」
「頭を上げてくださいリアン王女。謝罪をしないといけないのは俺の方で――って、あれ?」
俺が変に話を止める。すると不安に感じたリアンは顔をあげ、潤んだ瞳をむける。
「はぅ。また私は失敗をしてしまいましたか?」
小動物のように体を縮ませるリアン王女。今すぐ抱きしめたいほど可愛らしい。
「俺の病気って生まれつきだから、純光魔法でも治らないんじゃなかったっけ?」
「はううぅぅ!」
情けない悲鳴を叫ぶリアン王女。俺の寝ているベットに顔を押し当て、とうとう泣き始めてしまった。赤くなったエルフ耳がピクピク動いており、触りたい衝動を俺の内に押さえ込む。
「うぅ、づいさっきまで、ヒック、この、世界の知識も、うぅ、常識もなく。みゃ、魔法に関しては無知同然の勇者様でずらぁああ~、ぐすん。気付けるごとに、気付けない私は、バカ王女なのでずわー!」
うわぁぁぁんっ!!
泣き続けるリアン王女の頭をゆっくりと撫でる。とても触り心地良い髪で、いつまでも触っていたい。
ついうっかりと、本当にうっかりとエルフ耳も撫でるとピクンと動いた。
漸く泣き止んだリアン王女は、今後の俺の身の振り方に、ついて話してくれた。
とりあえず俺は、この城から追い出されることはないとのこと。リアン王女は今回の件を深く反省し、責任を持って治療すると言い張る。
俺のは生まれつきであり、リアン王女に責任はないと説得するのだが、聞いてもらえなかった。
秘術を使ってでも治してみせると一人固く誓った。
「リアン王女がこんなに頑張ってくれるんだ。俺も鍛錬をしないと。勇者だというのに、このままじゃ――」
「あの、その必要はありません」
俺の声に被せるようにリアン王女が話す。少し声のトーンが落ちており、顔も真剣であった。ただまぁ、さっきまで泣いていたので目が赤くて緊張感は欠けている。
「あの、必要ないとはどういった意味でしょうか?」
「・・・父が、二人目の勇者を召喚することに決めました」
二人目の勇者。それは、俺が勇者として使い物にならないと言われているも同然に思えた。
だけどその言葉は意外と冷静に受け入れられた。きっとそうなることを無意識に予想し覚悟していたのだろう。
こんなに弱い体なんだから当然だ。そう、前の世界と同じだ。
「エージ! お粥だぞっ!」
勢いよく開けられる扉。そこに居たのはメイドのマオさん。無邪気な笑顔を見せてながら、土鍋を俺の前に差し出した。
グツグツと湯気が立っている鍋を、素手で持ってるけど熱くないのだろうか?
「おい、どうして泣いている? 何処か痛むの?」
土鍋を両手に抱え、心配そうに覗き込むマオさん。色々なことがありすぎて余裕がない俺だが、心配してくれるマオさんのためにも言わなければならないことがある。
涙を拭い、マオさんと向き合う。
「マオさん、いや、魔王。羽と尻尾を隠し忘れてるぞ!」
「・・・何・・・だと・・・?」
「ところで魔王。このお粥は何の食材で出来ているんだ?」
「米をベースに、ミルネンのミルクと天然水で煮込むのだ。風邪に聞くといわれているタマネンと、魔素を安定させるニンネンも擦り混ぜ入れてあるぞ。さらに今回は、体力回復効果があるウナネンの肉にエダネンの豆も刻んでいれてある。最後に溶き卵を混ぜて完成だ!」
「どれどれ、パク。・・・う、うまい!」
テーレッテレー!