ベルヨネア
「・・・寒い」
「そう、火を強める」
彼女は布で口を覆ったような声で言うと、暖炉の隣に積み重ねてある薪を暖炉に焼べる。パチパチと音を鳴らして、火は薪を喰らい大きくなる。
黙々と火を調整する被り物の女性。身長は高くないから子供なのかもしれないが、声は大人びているように落ち着いていて、聞いているものに安心感を与えている。
酷いめまいや嘔吐のある状態でも落ち着いていられるのは、彼女の声のおかげなのかもしれない。
「何か食べれる?」
「無、理・・・吐くッゴホ! ケホッ!」
「そう」
静かに返すと、彼女は俺の額に手を当てて全身の魔印を浮かび上がらせる。翡翠糸が絡みつくように俺を包むと、少しだけ症状が軽減された。
彼女から巡り伝わる魔力は、メディのものと似てはいるがはっきりと違う分かる。
メディのは心地よい魔力が、お風呂の様に全身を負荷なく巡るが、彼女のは暖かいタオルを乗せたように、一部分をほぐしている感じだ。
しはらくして彼女が魔印をおさめると、俺顔目を見てから少し首を傾げた。
「魔力循環は難しいの」
顔に出ていたのかと俺は焦るが、彼女は首を横に振る。
「こんな身体なのに、普通に過ごせていた。その事実だけで察しが付くの」
「ケホッ。俺の身体って、やっぱり、異常なんだ」
「そう、異様。作り途中のお人形さんみたい」
「途中?」
「そう」
彼女は俺の額や胸にヘソ、さらに手足と触診するように指で触れられて、ツンツンと軽く突つかれた。
くすぐったくて体がピクピクと反応してしまう。その行動を不思議に思いながらも、鉛のような体では抵抗も難しかった。
パキンっと暖炉で燃える木が鳴ると、被り物のクマがこちらに向いた。そして篭った声で彼女は答えた。
「部品が足りない。あなたには、魔力を巡らせ操る糸がない」
「・・・糸、が?」
「そう。だから、あなたの呪具とは相性がいい」
彼女はそう言うと、俺の手を持ち上げる。そして逆の手に持っていた指輪を、ゆっくりと俺の指にはめようとする。
「いつの間にっケホッゴホッ!」
それは呪いを振り撒く危険な物。それだけは盗られてはいけないと、腰ベルトから小袋だけ服の中に隠したのに。
止めろと弱々しく抵抗する俺を無視して、彼女は俺の指に二つの指輪をはめてしまった。
はめた指先から感覚が切り替えられていく。身体内部の筋肉で動かすのではなく、外側から吊った糸で操る感覚。第三者として俺が、俺を操る気味の悪い状態だ。
全身が糸に吊られていく途中で、彼女は俺の額に手を添える。再び全身の魔印を煌めかせており、翡翠糸が宙を舞っている。
「違う、そうじゃない。外から糸で吊らず、身体の中に糸を巡らせるの」
俺は理解ができずに困惑していると、翡翠糸が動き始めた。俺を吊っている糸に絡みつき、身体の中へと押し込んで行ったのだ。
一本一本丁寧に、縫うように、外にある糸が収まっていく。そして最後に、第三者としていた俺も糸に引かれて、俺の中へと還っていった。
「しばらく寝るといい。そしたら馴染むの」
その言葉に誘われるように、俺は急な睡魔に身を委ねた。
それから目が覚めた時には、外は月明かりに照らされた夜が広がっていた。
パチパチと聞き慣れた暖炉の音に、耳を傾けながら体を起こす。
「身体が、軽い?」
掛けられていた毛布を横に畳み、まだ少しふらつく足に鞭を打って立ち上がる。
誰もいない事に不安に感じたが、それはすぐに上書きされた。線と線が繋がったような、元あるべき所にカチッとハマったような感覚。
違和感がなくなったとでも言うのだろうか。これが本来の身体だと錯覚してしまいそうだった。
もちろん普段と違うと理解している。俺の両手指で淡く光る指輪と、ベビの鱗に覆われた白い肌が、それを強く訴えているのだから。
念のために腰ベルトに手を当てると、銀の短剣はしっかりと収まっていた。俺は人質の筈なのに取り上げなくていいのだろうかと、疑問に思いながらも安堵する。
「これがなかったら、今頃俺は呪いまみれか。笑えないな。それよりも早く元に戻らないと。不用意に呪いをかけてしまう・・・あれ?」
指輪が外せない!?
「冗談だろ、なんで、少しも、ふんぬ! 少しも動か、ないんだ! はぁ、はぁ」
「私が縫ったの」
部屋の奥から現れたのはクマだった。いや、もうお分かりだろうが被り物である。
念のために俺の目には瞬膜が張られているが、襲ってくるようなら呪うしかない。
「君の仕業なのか?」
「ベルヨネア」
ベルヨネア? それが君の名前なのかと聞くと、クマは頷いた。
「そう。その指、私の呪具・ライフテイラーの力で縫った」
ベルヨネアが呪具の名を口にすると、クマの被り物から太い糸のような触手が蠢き、彼女に絡まるよう全身を包んだ。
触手は脈打ち、荒作りながらもクマの身体を縫い仕上げた。
そしてクマの被り物だったものは、グチャっと巨大な口を開いて、糸が爛れる口内見せながらパクパクと開閉する。
「あなただけの縫いぐるみを縫うの」
そして俺の瞬膜が開かれると同時に、無数の糸触手が俺に襲いかかった。
「・・・」
「おいクマ、ガキはちゃんと生きているだろうな?」
家のドアが開くと同時に、不機嫌な声が聞こえた。声の主はムトウであり、その後ろには石人形が付いている。
「生きてる」
「・・・?」
「ガキは何処だ?」
クマの被り物がくるりと回り、ベルヨネアは暖炉の方を指差した。
そこには、全身ピンク色のウサギ縫いぐるみが、寂しそうに座り込んでいた。長い耳が垂らして、自分の足を抱え込むように部屋の隅に鎮座している。
「・・・あれの中身か?」
「そう」
「・・・そうか」
ムトウは頭を抱えて俯く。頭痛でもするのか、歯を食いしばり眉間に皺を寄せている。暖炉の前にいる俺も、縫いぐるみの中で頭痛に悩まされていた。
なぜこんなにも頭痛がするのか。答えは呪具ライフテイラーの特性だ。
「お前の呪具って確か・・・」
「そう、一度縫ったら解けない」
これである。
俺はウサギ縫いぐるみで一生を過ごさないとダメなのだろうか。
「こんな姿、メディに見られたくないよ」
涙声の俺は、誰にも聞こえない声で呟いた。
エージ「この縫いぐるみ、指が無いから物が持てないんだけど」
ベルヨネア「そう」
エージ「口らしき穴が無いんだけど、どうやって食事すればいいんだ?」
ベルヨネア「・・・そう」
エージ「えっと、お手洗いとかはどうすれば?」
ベルヨネア「・・・」
エージ「目を逸らすなよ!!」