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病弱勇者と過保護な魔王  作者: ヤナギ
第一章 病弱勇者
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ベルヨネア


「・・・寒い」


「そう、火を強める」



 彼女は布で口を覆ったような声で言うと、暖炉の隣に積み重ねてある薪を暖炉に焼べる。パチパチと音を鳴らして、火は薪を喰らい大きくなる。


 黙々と火を調整する被り物の女性。身長は高くないから子供なのかもしれないが、声は大人びているように落ち着いていて、聞いているものに安心感を与えている。


 酷いめまいや嘔吐のある状態でも落ち着いていられるのは、彼女の声のおかげなのかもしれない。



「何か食べれる?」


「無、理・・・吐くッゴホ! ケホッ!」


「そう」



 静かに返すと、彼女は俺の額に手を当てて全身の魔印を浮かび上がらせる。翡翠糸が絡みつくように俺を包むと、少しだけ症状が軽減された。


 彼女から巡り伝わる魔力は、メディのものと似てはいるがはっきりと違う分かる。

 メディのは心地よい魔力が、お風呂の様に全身を負荷なく巡るが、彼女のは暖かいタオルを乗せたように、一部分をほぐしている感じだ。




 しはらくして彼女が魔印をおさめると、俺顔目を見てから少し首を傾げた。


「魔力循環は難しいの」


 顔に出ていたのかと俺は焦るが、彼女は首を横に振る。


「こんな身体なのに、普通に過ごせていた。その事実だけで察しが付くの」

「ケホッ。俺の身体って、やっぱり、異常なんだ」

「そう、異様。作り途中のお人形さんみたい」

「途中?」


「そう」



 彼女は俺の額や胸にヘソ、さらに手足と触診するように指で触れられて、ツンツンと軽く突つかれた。

 くすぐったくて体がピクピクと反応してしまう。その行動を不思議に思いながらも、鉛のような体では抵抗も難しかった。


 パキンっと暖炉で燃える木が鳴ると、被り物のクマがこちらに向いた。そして篭った声で彼女は答えた。



「部品が足りない。あなたには、魔力を巡らせ操る糸がない」

「・・・糸、が?」

「そう。だから、あなたの呪具とは相性がいい」


 彼女はそう言うと、俺の手を持ち上げる。そして逆の手に持っていた指輪を、ゆっくりと俺の指にはめようとする。



「いつの間にっケホッゴホッ!」


 それは呪いを振り撒く危険な物。それだけは盗られてはいけないと、腰ベルトから小袋だけ服の中に隠したのに。


 止めろと弱々しく抵抗する俺を無視して、彼女は俺の指に二つの指輪をはめてしまった。

 はめた指先から感覚が切り替えられていく。身体内部の筋肉で動かすのではなく、外側から吊った糸で操る感覚。第三者として俺が、俺を操る気味の悪い状態だ。


 全身が糸に吊られていく途中で、彼女は俺の額に手を添える。再び全身の魔印を煌めかせており、翡翠糸が宙を舞っている。



「違う、そうじゃない。外から糸で吊らず、身体の中に糸を巡らせるの」


 俺は理解ができずに困惑していると、翡翠糸が動き始めた。俺を吊っている糸に絡みつき、身体の中へと押し込んで行ったのだ。

 一本一本丁寧に、縫うように、外にある糸が収まっていく。そして最後に、第三者としていた俺も糸に引かれて、俺の中へと還っていった。


「しばらく寝るといい。そしたら馴染むの」


 その言葉に誘われるように、俺は急な睡魔に身を委ねた。






 それから目が覚めた時には、外は月明かりに照らされた夜が広がっていた。

 パチパチと聞き慣れた暖炉の音に、耳を傾けながら体を起こす。


「身体が、軽い?」


 掛けられていた毛布を横に畳み、まだ少しふらつく足に鞭を打って立ち上がる。

 誰もいない事に不安に感じたが、それはすぐに上書きされた。線と線が繋がったような、元あるべき所にカチッとハマったような感覚。


 違和感がなくなったとでも言うのだろうか。これが本来の身体だと錯覚してしまいそうだった。



 もちろん普段と違うと理解している。俺の両手指で淡く光る指輪と、ベビの鱗に覆われた白い肌が、それを強く訴えているのだから。



 念のために腰ベルトに手を当てると、銀の短剣はしっかりと収まっていた。俺は人質の筈なのに取り上げなくていいのだろうかと、疑問に思いながらも安堵する。


「これがなかったら、今頃俺は呪いまみれか。笑えないな。それよりも早く元に戻らないと。不用意に呪いをかけてしまう・・・あれ?」



 指輪が外せない!?


「冗談だろ、なんで、少しも、ふんぬ! 少しも動か、ないんだ! はぁ、はぁ」



「私が縫ったの」


 部屋の奥から現れたのはクマだった。いや、もうお分かりだろうが被り物である。


 念のために俺の目には瞬膜が張られているが、襲ってくるようなら呪うしかない。



「君の仕業なのか?」

「ベルヨネア」


 ベルヨネア? それが君の名前なのかと聞くと、クマは頷いた。


「そう。その指、私の呪具・ライフテイラーの力で縫った」



 ベルヨネアが呪具の名を口にすると、クマの被り物から太い糸のような触手が蠢き、彼女に絡まるよう全身を包んだ。

 触手は脈打ち、荒作りながらもクマの身体を縫い仕上げた。


 そしてクマの被り物だったものは、グチャっと巨大な口を開いて、糸が爛れる口内見せながらパクパクと開閉する。



「あなただけの縫いぐるみを縫うの」


 そして俺の瞬膜が開かれると同時に、無数の糸触手が俺に襲いかかった。




「・・・」





「おいクマ、ガキはちゃんと生きているだろうな?」


 家のドアが開くと同時に、不機嫌な声が聞こえた。声の主はムトウであり、その後ろには石人形が付いている。


「生きてる」

「・・・?」

「ガキは何処だ?」


 クマの被り物がくるりと回り、ベルヨネアは暖炉の方を指差した。

 そこには、全身ピンク色のウサギ縫いぐるみが、寂しそうに座り込んでいた。長い耳が垂らして、自分の足を抱え込むように部屋の隅に鎮座している。



「・・・あれの中身か?」

「そう」



「・・・そうか」



 ムトウは頭を抱えて俯く。頭痛でもするのか、歯を食いしばり眉間に皺を寄せている。暖炉の前にいる俺も、縫いぐるみの中で頭痛に悩まされていた。



 なぜこんなにも頭痛がするのか。答えは呪具ライフテイラーの特性だ。



「お前の呪具って確か・・・」

「そう、一度縫ったら解けない」



 これである。


 俺はウサギ縫いぐるみで一生を過ごさないとダメなのだろうか。



「こんな姿、メディに見られたくないよ」


 涙声の俺は、誰にも聞こえない声で呟いた。


エージ「この縫いぐるみ、指が無いから物が持てないんだけど」

ベルヨネア「そう」

エージ「口らしき穴が無いんだけど、どうやって食事すればいいんだ?」

ベルヨネア「・・・そう」

エージ「えっと、お手洗いとかはどうすれば?」

ベルヨネア「・・・」

エージ「目を逸らすなよ!!」

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