病人質
土と根が独りでに避けていく。俺はヨザクラに捕まれ、どんどん地中深くへ連れ去られている。
灯がないのに避けていく土が、はっきりと見える不思議な光景。モグラの見ている世界のようで、俺は興味津々に眺めていた。
「おいガキ、人質にされていると理解しているか?」
俺とは逆の手に掴まれているムトウが言う。
「ケホッ 理解しているよ。でも、こんな景色見せられたら、誰でも不思議に思うだろ」
フンっと鼻で一蹴するムトウに対し、ヨザクラはケラケラと笑った。
「あはは! そうでしょうね~。どこぞの阿呆な男も、似た状況で似た反応をしたからね~。ぷぷっ!」
「そんな男は知らんな。変なもの喰って狂ったか疫病人形」
「ええそうね。変なもの喰べてハイに狂っているわ! 魔王の血なんて極上の甘味よ」
笑い続けるヨザクラに気を取られていたが、周りの土の色と根が変わっていた。土は赤茶色から砂の様な薄茶色に、根は細く入り乱れていたのが太くなっている。
俺は今どこに向かっているのだろうか。まぁ場所がわかっても、メディ達に連絡する手段がないんだけどね。
暫くしてヨザクラが辺りをキョロキョロとする。俺もつられて見渡すが、土と根ばかりで変わり映えがない。
「ここらへんかしら?」
「あ? 知らねーよ。出てみればわかるだろ」
ムトウの適当な返事に片眉を上げながら、ヨザクラは土中の進行方向を変える。
ぐんぐんと加速していき上昇するヨザクラ。すると、進む先に桜色の魔印が見え、それを潜るように飛び込んだ。
水の膜を潜るような感じが通過すると、土色と根の景色から一変し、白銀の巨大な月が出迎えてくれた。
「夜!? さっきまで昼前だったのに、体感だと一時間も経ってないぞ」
「あちゃー、随分と時間が掛かっちゃったね」
「のろま」
ムトウがボソッと言うと、ヨザクラは頬を膨らませて可愛く怒る。鼻で笑いながらヨザクラを弄るムトウは、どこか懐かしいものを見るような穏やかな眼差しを向けていた。
なんか似合わないなと二人を横目で見ていると、冷たい夜風が頬を撫でよぎっていった。
「ッゴホゲホ!」
なんかすごく寒い。夜だから冷えてきたという感じじゃない。骨から血、筋肉と凍え固まるように冷たくなっていく。体が・・・氷っていく。
「ゥエ、オエェ! ゴホゲホ、ゴホゴホッ!」
「え、ちょっと! 急にどうしたのよ!?」
「おいおいおいおい、ヨザクラ急げ! ガキの顔が普通じゃねぇぞ!」
「やめて、マジやめて。あんたが死んだら、あの魔王に地獄の果てまで追い殺されるわ」
寒い。痛い。苦しい。辛い。凍える。甚い。重たい。気持ち悪い。
助けて――
ムトウside
森の一角にポツンとある草原。小さな白銀の鈴花が連なる草花が群衆をなして陣取っている。
その草原の真ん中にある、木造りの簡易的で素朴な家。
家の中は、家具類は必要最低限の物しかなく、見ていてもつまらん室内。唯一、マシなのが暖炉。
そこ暖炉には火が灯されていないが、熱を維持したままの炭がまだ赤い。
暖炉の前にはガキが寝かせられている。炭の光でほんのりと赤く染まっているが、本人の顔は蒼白の瀕死だ。
そのカギをジッと見つめて微動だにしない人と、その近くで鬱陶しい動きをする石人形。
「・・・」
「・・・?」
「・・・??」
「この子、魔力循環に異常がある」
「・・・?」
「そう、魔力を扱う器官が壊れているの。壊れ方が異常で異様」
「・・・? ・・・? ・・・!」
身体全身を使って奇妙で器用で愉快な動きをする石人形。それを悲しい目で見守るのは、白を基調とした神官服を着るクマだ。
いや、クマじゃないな。デフォルメされた可愛らしいクマの顔を被った女だ。被り物からは茶色の髪が流れるように垂れている。
静かで落ち着きのある声からは、お淑やかで優しやが滲み出ているようにも感じる。
「・・・そう、この子に血を少しあげて。残念なジェスチャーを解読するの大変」
「あぁ? その被り物を脱げばいいだろうが」
クマは首を横に振り拒否の意を示す。そして自分で自分の被り物を撫でながら、眼をこちらに向ける。作り物のくせに生気のこもったつぶらな瞳だ。
「この子、寂しがり屋なの」
「・・・」
俺よりも身長がかなり低く、見上げる姿勢ではっきりと言うクマ。首を少し傾げ可愛さアピールも忘れていない。
だが俺には通じない。動じない。俺に可愛いものなんて合わないんだよ。
「・・・ッ!!」
石人形にクマの頭を撫でていた手を掴まれ、石の頭に乗せられた。
「お前の頭は冷たいんだよ」
「ッ! ・・・!!」
何やら荒ぶる鷹のポーズでジェスチャーしている。怒っているのだろうが、荒ぶり過ぎて訳が分からなくなっている。
はぁ、そろそろ本題に戻すか。
「おいクマ。結局、そのガキは何なんだ?」
「重病勇者」
「は? 勇者?」
重病は見てわかるが、その後の単語は聞き捨てならなかった。
「そう。異世界から無理やり魂を拉致され、再構成された形跡があるの。しかもまだ新しい」
「そういやぁ、エリアガーデンで勇者を召喚したって話も新しいな」
クマは軽く頷き肯定する。青い顔をして虫の息のガキに手を翳す。全身から翡翠の魔印を輝かせ、無数の翡翠糸を絡ませるようにガキを包む。
糸はガキの身体に潜り込むように入っていき、クマとガキを繋げた。
「勇者召喚の魔印痕跡はエリアガーデンのものと同じ。だからこの子は勇者。もしくは勇者だった子」
「ふん、ガキの事情なんか俺には関係ない。あの紅い魔王と交渉するまで、死ななければ何でもいいんだよ」
「そう。ヨザクラが一撃、それも不意打ちでしか傷を付けれないなんて、魔王を侮っていた」
「そう言うことだ。気に喰わないが、ガキの死は俺たちの死でもあるんだ。治せとまでは言わない。死なない程度に保てるか?」
クマは目を閉じて・・・いや、被り物は目を閉じちゃいねーが、雰囲気的に中では閉じていそうだった。翡翠糸に意識を集中させ、ガキの身体を紡ぐように診断する。
「そう、死なない程度に維持は出来る。完治なんかは到底無理」
「ふん、十分だ」
クマ「前の職はどうしたの?」
ムトウ「あ? 思わぬ収穫があったから止めた」
クマ「何の職だったの?」
ムトウ「・・・石人形に聞いてくれ」
クマ「口が無いの」