いざ推して参る
「今の私は人形であって人形じゃない。私はヨザクラよ」
「キサマの名前など興味はない。早々に潰して回収するだけよ」
褐色少女こと、ヨザクラは額に桜色の魔印を浮かび上がらせると、突然現れた桜吹雪にその身を包んだ。
一瞬でそれが晴れると、ヨザクラは忍服に桜の刺繍のある黒いマフラーを纏い、両手でアニメや漫画で良くある印を結んでいた。
「ムトウを傷付けた借りをきっちり返させてもらうよ」
「それはこっちのセリフね。エージを侮辱した罪、その石人形に刻み込んであげるわ」
はじめに動いたのはヨザクラだった。両手で結んでいた印を解くと、その手の内から桜吹雪が巻き起こる。
花弁の一つ一つが鋭利な刃物となっており、樹や葉、地面を切り裂きながらメディに襲いかかる。
それに対抗するようにメディは黒粒子を散布。粒子が桜に触れると、金属がヤスリ掛けされるような怪音を鳴らし、灰のような滓となって互いの進行を防いだ。
それが地獄の嘆きにも思える甲高い悲鳴に聞こえ、俺は一人身震いをする。
黒と灰と桜が色混じる中、二人の影が激しく交差する。空手道を魅せるように凛とした手足の捌きを繰り広げる。
均衡する攻防に、変化を付けだすヨザクラ。桜吹雪に加えて、ムトウと同じ銃器を手に発砲する。それを避わすメディだが、黒粒子に乱れが生じてしまう。ヨザクラはその隙を逃すことなく、一気に桜を全方位に展開した。
「捕らえたわ。さぁ、桜籠に切り裂かれなさい!」
桜の包囲が瞬時に凝縮し、メディは指一つ動かせない桜の蝋人形のように凝固してしまった。
「あはは! さぁショータイムよ。そこのお人形さんが徐々に赤く朱く紅く染まっていく様を御覧あれ!」
ヨザクラの宣言通り、花弁は血を吸うように薄ピンクから紅へと色濃くしていく。そして紅く染まるだけに止まらず、それはさらに赤く発光していく。
「そんなッ!」
ヨザクラは顔をしかめて距離をとると、メディを覆っていた花弁は赤光と共に弾け飛ぶ。力を失った花弁は、ただの桜雨となる。
紅く染まっているメディだが、それは血ではなく体中の魔印が輝やいているだけだった。
「もうキサマが私に傷を付けることは叶わないわ。だから大人しく壊されてくれないかしら?」
メディはクスリと笑みを見せ、悪魔の羽を広げて先端の鋭い尾を踊らせる。傷一つないメディの体に、ヨザクラは汗を垂らして苦笑する。
数歩、後退りもしており、完全に手に負えないと判断したようだ。
「何百万もの刃で傷一つどころか、髪の毛一本も切断出来ないなんて、マジやばいかも」
「わかったなら、素直に死になさい」
腰を少し落として羽を高く広げ、脚を曲げて大地を踏みなおして突撃しようとする。
「さ、作戦変更ーーッ!!」
いつ跳んできてもおかしくないメディの体勢に、ヨザクラは青い顔で慌てふためく。
地面に両手を付き、左右の手からアークドールと同じ人形を引き抜き始める。それも一体や二体ではなく、芋づる状に何十体と引き抜いた。
その光景に呆気を取られたメディは、踏み込む前に人形に踏込まれて視界を一時的に奪われた。
「ボサッとしないムトウ! マジで逃げるわよ!」
「うぉ!?」
ヨザクラはムトウを軽々しく右手に抱えてすぐに走りだした。逃がさないようにメディに伝えようとするが、ランの結界を突き破って視界一杯に広がる手に遮られてしまった。
「あんたも来てもらうわよ」
「え、な!? うわぁ!」
「エージ!?」
「エージ様!」
ヨザクラはムトウと俺を両手に抱えたまま、沈むように地面へと潜っていく。
抵抗しようとするが、俺の力ではヨザクラの腕から抜け出すことは叶わず、一緒に地面に潜ることになってしまった。
メディとランが手を伸ばしてこちらに走り出す時には、すでに声も届かない地中の奥深くだった。俺の声も土に遮られ、プツンと何か切れる感覚と同時にメディ達と完全に離されたことを理解した。
メディ「エージが、エージガァアアア!!」
ラン「お、落ち着きなさいメディ! まずは土を掘って後を追うのですよ!」
メディ「ハッ! そうね、そうしましょう」
ザックザック・・・。
フェニス「轟音に地割れに煙に竜巻と、いったい何事かと見にきたら・・・お二人とも何してるにゃ?」
メディ・ラン「穴の中で頭を冷やしているわ」