尋問そして憤怒
「ククク、さぁ洗いざらい吐いてもらおうか」
喉を鳴らし生き生きとするメディ。その正面にいるのは、紐で何重にも縛られ芋虫状態の賊頭のムトウと呪具アークドールである。
「勝手な真似をしたら容赦しないわ。ちなみに、その紐は私の魔力で強化されているから抜け出すことは不可よ」
「はぁ、面倒くせーな。これも全部、疫病人形のせいだな」
口を尖らせる憎々しく言い捨てると、アークドールは体を転がしムトウに何度も体当たりをする。縛られているため勢いはないが、不満を伝えるには十分だった。
「おい、鬱陶しいからコイツ帰えすぞ」
「帰す? そういえば、その呪具って地面から現れたわね」
今も体当たりを続けるアークドールに、青筋を浮かべたムトウが覆いかぶさるように体で潰した。
アークドールは大地に穴を開けることなく沈んでいき、まるで初めから居なかったように紐だけを残してこの場から消えた。
「これで静かに――」
ズンッ! ぅぐッ!?
ムトウは倒れた姿勢のまま、メディに蹴り飛ばされ後方の木へと激突する。木皮からずり落ちて地面に尻餅をつく前に、メディが片手でムトウの首と木を縛り付けた。
ただし、メディの方が身長が低いので、ちょうどムトウの膝が付くか否かの高さだ。
「ギ、ぐゥッ!」
メディの繊細な指が、ゆっくりと首を絞める力を強めていく。ムトウは体を捻じ曲げ何とか抵抗しようとするが、縛られている状態では何も出来ないに等しかった。
「勝手な真似をするなと忠告したはずよ。キサマは自分の立場がわかってないのかしら?」
さらに力を込めて首を絞めていくメディ。それに比例してムトウの顔も青ざめていく。ムトウの体がぐったりとしたところで、ようやく手が解放された。
「カハッ! ゴホ、ゲホ、ハァッ、ハァ!」
「ふーん、随分と丈夫な身体ね。エージが気にかけていたけど、キサマは本当に異世界兵士なの?」
乱れる呼吸を整えながらムトウが顔を上げる。憎たらしい目付きでメディを睨みつけ、今にも噛み付いてきそうな気迫で口を開く。
「ハァ、ハァ。は、半分正かぃ――ぅぐぁ!」
ムトウは再び蹴りを入れられ、土埃を上げながら無残に地面を転がっていく。それを冷たく見下ろすメディは、ムトウの背中に足をねじ込み苦痛を与える。
「回りくどい言い方をしないでくれるかしら。ほら、早く言いなさい」
「ぐあぁぁ! うぐっ・・・俺の、親父が・・・異世界人だっ!」
ほぉっと、興味津々にメディはムトウを覗き込む。ペシペシと頬や頭を軽く叩きながら、ムトウの顔を触診する。
「言われてみれば、何処と無くエージと顔作りが似ているみたいね。同じ地の生まれなのか?」
「おそらく同じ日本人だと思うよ。ムトウって名前も良く聞く名だし」
俺がそう付け足すと、ムトウの視線はこちらに向けられた。その表情は驚きに混じって混乱のようなものも感じ取れる。
「・・・同じだと? クソガキが――うぐッ!」
また地面を転がるムトウ。
「ガキガキうるさいわね。あぁ、自己紹介をしていなかったのね。一度で聞き覚えなさい。私はメディで、あの愛しいのがエージ。あと、おまけのランライトよ」
オマケと言われて笑いながら静かに怒るラン。あとで喧嘩になるのは避けられないな。
メディは細い指でムトウの首を刺すように構える。紅く鋭利な爪で皮一枚を傷つけ、蛇の睨みのごとくムトウを威圧する。
「本題よ。キサマの持っている呪具はなんだ。どういった経緯で手に入れた。何の目的で呪具を扱う?」
「・・・」
メディは肩眉を釣り上げると、音もなくムトウの首を軽く切り裂いた。つーっと赤い血が流れ、切り口を抉るように再び爪が刺さる。
「答えたほうが痛くないわよ? 私としてはキサマを殺した後に調べても構わないのよ。ただ時間が惜しいだけ。分かるわよね?」
「・・・あれはアークドールという呪具だ」
「それは聞いたわ」
「生物の生き血や肉を喰らって、自分の服を作る燃費のクソ悪い石人形」
「途中から腐ってたけど?」
「服の生気で動いてんだよ。生気のなくなった服は死に腐るだけだ」
「そうか。それで、なぜキサマが呪具なんて持っている? あれば御伽噺に出る七つの呪具の内の一つなのでしょう?」
「ふん、ガキのことだから何も知らずに持っているかと思えば、最低限のことは知っていたのか」
「余計な言葉はいらん。答えろ」
「・・・ふん」
メディはムトウの首に指を一本突き刺した。血が溢れ、ムトウが苦痛の声を食い縛る歯の奥からもらす。
「まだ私達をガキ扱いするのね。キサマは学習しないの? さて、今この指にはキサマの大切な筋に掛かっている。つまり、引けばキサマは死ぬ。理解したなら、早く答えなさい」
「ハッ! 女の影に隠れて、何も出来ない能無しをガキと言って何が悪い。とてもじゃないが、クソ親父と同じ異世界人とは思えねぇな」
メディの顔から悪い笑みが消え目が据わる。完全に興味が散じ、ムトウに冷たい視線を向ける。いつ指を引かれてもおかしくない状況にも関わらず、ムトウは口を止めなかった。
「異世界人っては異世界兵士と呼ばれる程の異様な力があるんだろ? あのガキにはそんな力を感じない。逆にこの世界の奴より薄く弱い、とにかく弱すぎる。あ~、わかった。あのガキはただのお荷物なんだろ? さっさと捨てちまえばいいものを、何をそんな大事に持ち運ぶのか理解に苦しむな」
メディはゆっくりと指を引き抜くと、そのまま拳を作って振り上げた。拳の周りを黒粒子で固め、ボクシンググローブのように肥大化させると、熱気のような空気の歪みを生み出した。
「最後に言いたい事は、言い切ったか?」
頬に汗を流し苦笑するムトウ。メディの拳から溢れる魔力に臆し震える。
「そんな怖い顔すんなよ。お前も理解してんだろ? 心底では同意してんだろ? あのガキ・・・生まれた意味がないってな」
瞬速で振り下ろされた拳は、森の一角を吹き飛ばた。地を砕いて岩石が突出し、メディの荒れ狂う魔力に砂塵と化す。吹き荒れるそれは、巨大な竜巻となって周囲をも巻き込んで行った。ブラックホールを思わせる吸引力に、岩石や木々は雑草のように抜かれ空彼方へ飛ぶ。
「メディ!?」
「ダメですわ今近づくのは危険です! 絶対に結界から出ないでください!」
止めようと駆け寄ろうとするが、ドーム状の結界に阻まれ進めない。天高くそびえる竜巻は結界をも揺るがし、その余波を街にまで及ぼしかねない程に巨大だ。
砂嵐のような視界の悪い中で、メディは一人涙を流し吼える。
「エージは・・・この子はッ! 望んで生まれた子よ!! 意味がないわけがないじゃない! そんなに意味が欲しいのなら、幾らでも私が与えるわ! エージの存在を否定する者がいるなら、世界でも神でもこの私が許さないんだからッ!! キサマなんか魂ごと切り裂かれてしまえ!!」
暴風と砂塵の擦れる音で声は乱れるが、メディの憤怒の声は轟いた。
そのメディの涙に、俺は涙で返すことしか出来なかった。俺の頬を流れる涙は、病気を我慢耐えていた涙と違い、暖かさが伝わる。
どうしてメディは、そこまで思ってくれるのか。どうしてメディは、一緒にいてくれるのか。どうしてどうしてと、涙と共に溢れる疑問に俺は頭がいっぱいになる。
「ガキの許しなんて必要なんかねーよ」
「ッ!?」
荒れ狂う暴風の嵐の中、たった一つの閃が貫く。
右手のみ人の皮膚を着る石人形。それはメディの涙と頬を切り裂き、じわりと血を滲ませた。初めてメディに傷を付けた一撃であり、戦況を覆す一閃だった。
ぺろり――ごっくん。
「あは、あはは! あははははははっ!! すごいすごいすごいすごい! たった一滴の血で私が作れた! 私が私になったわ!」
褐色の細い腕が大きく振られると、嵐が嘘かのように吹き飛び消えた。まるで手品でも見ているように、荒れた風は鮮やかに飛散して消えた。
そしてメディの前に肩を揺らして笑う褐色の少女。墨色の髪は微風に揺れ、祝福するかのような晴天に照らされている。
笑い狂う褐色少女の隣にはムトウが息を切らして倒れていた。胸を大きく上下させ、呼吸を整えている。
「あははははッ! ほら何寝てるのよムトウ! 見て観て覧て満て! 私を見て! 私が私に成っているわ! あはは!」
「ゼェ、ゼェ。お、落ち着け。幾らでも見てやるから、今は、酸素を吸わせろ」
「サンソ? さんそー? あ、空気ね。わかったわ。・・・スゥー」
褐色少女は息をお腹いっぱいに溜めて、ムトウの口へ自分の口を紡いだ。見る見る内にムトウの肺は膨らみ、青い顔をして手足をばたつかせる。
ようやく離された口を腕で拭って、今度は赤い顔で褐色少女の頭を鷲掴みにした。
「俺を殺す気か!?」
「違うわよ、ちゃんとリフレッシュもかけてあるでしょ?」
「あぁ? ・・・魔法も使えるほど取り戻し―――」
突然ムトウの前に飛び出す褐色少女。灰銀の少女の瞳と鼻の先には、黒い大蛇の大口が展開されていた。しかし、嵐を消した様に褐色少女が両腕を左右に振ると、肥大するように黒い大蛇は爆散した。
「感動の再会の邪魔をしないでくれるかしら? 魔・王・様」
「人形なら人形らしく黙っているのね」
ムトウ「たった一滴の血でその魔力なら、肉を喰らったらどうなんだよ」
褐色少女「ふっふっふっ! 私にはまだ第二・第三の形体があるのよ!」
ムトウ「初耳だな。んで、どうなるんだ?」
褐色少女「巨大になる!」
ムトウ「・・・それだけか?」
褐色少女「主に胸が!」
メディ「キサマには絶対に喰われてやらないわ! 絶対に許さないッ!!」