疫病人形
「お前、転生者(日本人)か?」
その一言でムトウの眠たそうな目が開かれた。以外にも綺麗な瞳をしていたのは心の内にしまっておくとして、灼然たるその反応で確信した。
こいつ、やっぱり日本人だ。
「・・・おいガキ、なぜそう思った?」
「名前と二十歳で大人と言ったところ」
ムトウはため息をもらしてボリボリと頭を掻く。しかし、そんな仕草をしていても死角がないらしく、ランはムトウを睨んだまま攻撃の隙を探っている。
「半分正解ってところだな」
「半分?」
ムトウは意地悪そうに口角を上げ、不精髭をジョリジョリとさする。俺をじっくりと値踏みをし、ニヤニヤとじっくり間を空けてから口を開いた。
「教えるわけねぇ~だろガキ」
刹那、ランの張っていた結界が、ガラスのように砕け散った。そして、俺の目前に迫る黒い小さな塊。それが弾丸だと理解した時には、襟元をランに掴まれて振り回されていた。
ぐるぐると世界が回るが、今まで見たことのない真剣なランの顔に文句など言えない。いくつもの発砲音が耳元をかすめ、その度に結界の割れる音が後を追う。
「パスですわ!」
ランが空に向かった言うと、ぐんっと勢いよく俺を空へ投げ飛ばした。
わお、今日も空と海は青くて清々しいぜ!
そんな感想を胸に抱くのも束の間、メディの腕が俺の体を掴んで背に被さる様に回した。
「しっかり掴まっててねエージ!」
俺がメディの腰に腕を巻きつけると、黒粒子の一部がベルトとなって俺とメディを固定した。そのやりとりの間もぐんぐんと空を飛び回っており、地上からは無数の岩石が投石機のごとく狙ってきた。
投石しているのはもちろんアークドールであり、体に釣り合わない巨大な岩石も容易く投球する。適当に地面から引き抜いているせいか、足元はクレーターのようにボコボコになっていた。
「虫みたいに飛び回っているだけしか出来ないのかしら! ほらほら、ちゃんと避けないとお荷物を落としちゃうわよ!」
「アイツ本当に呪具なのかしらね。疑いたくなるほど人間みたいな言動をしているわ」
「岩石と投球している時点で人間には思えないけど、マリオネットリングズにも意思はあったんだ。それと同じ様なものなのかも」
そう考えると、残りの呪具にもそれぞれ意思がありそうだな。もはや道具としての認識を改めて、一つの知的生命体としてとらえた方がいいのかもしれない。
一閃の銃軌跡が、また結界を破る。砕かれた結界は光粒子となって消える。
「あらあら、あなたのその玩具は厄介ですわね」
「あぁ、最高に楽しいぞコレ」
ムトウは黒く簡素なハンドガンの引き金を引く。ランは射線上に五枚の結界板を張ることで、ようやくその弾丸を捕らえた。
最後の一枚に突き刺さる弾を手に取り、空にかざす。
黒塊の先端に、金色の魔力結晶が輝いている。その結晶に触れると、先端部分のみ幻影のように淡く消えた。
「あらあなるほどです。見た目に反して、なかなか器用な方ですこと」
ただの黒塊となった弾を海へと投げ捨て、ランはまた結界を張る。だが今回の結界は、今までの透明な板状とは違った。少し湾曲しており、色もオレンジ寄りだ。
「さぁ、お試しあれ」
ランは両手を広げ、全てを抱擁するがごとく体を晒す。その顔は余裕の笑みで満たされ、相手を挑発しているのは明白だった。
「おう、遠慮なく」
空気の破裂した音と同時の一閃。それはランの結界を破ることは叶わなかった。結界にヒビが出来はしたが、弾丸を確りと受け止めている。
ランが満足気に笑みを返すが、ムトウの苦笑と共にすぐにかき消された。
結界に刺さり止められた弾丸が爆発。玉の大きさに見合わない衝撃に、完全に静止したはずの弾丸が、再び一閃のを描いた。
「ラーーンッ!!」
俺が叫声は海風に運ばれ、ジャングルへと木霊する。ランは赤い血を流しながら、後ろに仰け反るように倒れた。
すかさずムトウは拳ほどの黒い箱を宙に投げて、それを撃つ。銃弾で砕かれた箱から飛び出してきたのは、無数の弾丸だった。
その一つ一つが散弾のように弾け、無防備のランに襲い掛かる。
「歯を食いしばってッ!」
グンっと急降下するメディ。その背中に雲のような筋を作り、瞬間移動と思わせるほど素早く動いた。
片足を前に大きく突き出して、大地を割いた。そして岩壁を畳返しのように立て、黒粒子をマントのように全身に羽織って自らの身体と岩で盾を作り出した。
無数の金属がリズムもなく雑音を振りまく。すぐに音は静まるが周りは蜂の巣状態になっていた。盾としていた岩石もボロボロである。
「チッ、紅いガキは規格外だな。魔人じゃなくて魔王様でした、なんてオチは勘弁願いたいな」
ムトウは先程の弾丸の詰めた箱を、お手玉のように片手で遊んでいる。しかし、顔はしかめており面白くないようだ。
「どうするのよムトウのバカ! 私の力も無くなってきたわよ」
「・・・あぁ!? もうかよ、相変わらず燃費悪りぃ人形だな」
「はぁああっ!? あんたがマッッッズイ飯を喰わすからでしょ! それに私が全力出せばどれ程強いか知ってるでしょ!」
「うるせぇな、お前が全力になるのに何人喰わせる必要があると思ってるんだ! 街一つだぞ! 一々街を潰してたら人類絶滅物語の完成だなおい!」
「それは一般人の計算だと言ってるでしょ! もっと密度の高い・・・そう、勇者や魔王ならちょっと喰らうだけでほぼ全力よ!」
「その勇者や魔王を殺るのに全力が必要なんだろ! あぁクソ、頭イテェ。石頭の石人形の相手なんか、もうウンザリだ」
「誰が石頭よ!」
ムトウは内ポケットから手鏡を取り出し、アークドールに突き出す。
「呪い切れだ。ずらかる」
鏡に映るのは皮膚の爛れた腐った顔。その内側から覗くのは、アークドールの素体の石だ。
何かを反論しようとするアークドールだが、すでに口は地面に落ち腐敗している。ジェスチャーで色々と訴えるが、ムトウは無視をしてこちらに向く。
当然、相手が口論している間にメディはランの治療を済ませており、俺たちは万全の状態に戻っていた。
この不利な状況に、ムトウは頭を掻き深い深い溜息を漏らす。そしてアークドールを横目に、冷静に落ち着いた声で言う。
「疫病人形め」
アークドールの力ない蹴りがムトウのケツに決まった。
アークドール「ッ!」
ムトウ「イテーな。蹴りをしている暇があるなら逃げる手を考えろ」
アークドール「・・・!!」
ムトウ「あ? 何か手があるのか」
アークドール「! ッ! ・・・!!」
ムトウ「・・・全然わからん。お前、ジェスチャー下手糞だな」