賊頭のムトウ
翌日の早朝。朝日が街を照らすと、その傷跡がより鮮明に見えた。活気のあった街並みは黒く静まり、まだ焼け焦げた匂いが残り漂っている。積み重なっている瓦礫には、焼け溶けて原型を失った物も散乱している。
パキパキと墨を踏み鳴らしながら、メディを先頭にランが後ろを歩いている。瓦礫で足場の悪い道を難無く進むメディの背には、俺が背負われていた。
街の人に見られて恥ずかしさのあまり顔を伏せるが、メディの背は小さい割に安定してて暖かい上に、髪からは良い香りがしてきて余計に恥ずかしい気持ちになってしまう。
「なぁ、なんで俺は背負われているんだ?」
「こんな焼け焦げた瓦礫の上なんだから危ないじゃない。ほら、ここなんかガラスの破片が散らばってるし、そこには折れた柱の棘が剥き出しじゃない」
「いや、うん、それくらい俺でも注意して歩けるからさ。とりあえず降ろしてくれない?」
・・・~♪。
聞こえないふりして歩いてやがる。おまけに鼻歌まで歌いだしやがった。
ザックザックと歩き続け、結局、降ろされたのは街の外縁に到着した時だった。ようやく大地に足を落ち着かせ、火照った顔を覚ますように深呼吸をする。
街外は一言で言えばジャングルだった。よく考えれば、イグドラ大陸の街外に出たのはこれが初めてだな。
船をつけるときに遠目で見た限りだと、ただの森だと思っていたが。アマゾン熱帯雨林風とは驚きだ。ただし、湿気とか熱気とかあまり感じないから、似た植物でもその生態系は全く別物なのかもしれない。
「もっとジメジメした森かと思ったよ」
「それはですね、お母様が快適に調整してくれているのです!」
・・・どゆこと? お母様ってこの大陸にある大樹のことだよね? 大樹一本で、この大陸全体の空調管理をしていると? 冗談だよな。
「へーすごいねー」
「なんですか、その適当な返事は。私の言葉を信じていませんね」
しばらく海とジャングルとの、コラボ景色を堪能しつつ崖のある海岸沿いを歩く。五分ぐらいかな、まだ遠くに街が見えるところでメディが足を止めた。
「ククク、そろそろ出てきてもらおうか」
メディは悪い笑みをジャングルに向け数歩前に出る。その後方では、ランが俺の前へと位置を変える。
すると、ガサガサと葉や蔓を退けながら二人の男が現れた。
「魔力反応まで見れるのか。ガキのくせして魔人級とでも言うのか?」
無精髭を指で摩りながら、嬉しそうに笑う男。その後ろには見覚えのあるゴツい男もいた。
「さあどうかしらね。少なくとも後ろの雑魚共は一瞬で消し炭に出来るわよ?」
手を掲げ魔印を向ける。その矛先は男二人の後方を狙っている。
「おーおー、おっかないな。・・・試してみるか?」
髭男が手を前に突き出すと、ジャングルの中から色とりどりの矢が飛んできた。これは賊の船でも見た魔法矢だ。
ランは瞬時に透明な板状の結界を張った。矢が結界に触れると、爆破炎上し結界外にいたメディは爆風と炎にのまれた。
「メディ!」
「あら、問題ないわよ。エージ様は安心して観戦していて下さいな」
余裕な表情でランがそう言うと、矢とは別に、ジャングルの方から大きな地鳴りが響く。ガトリングのような連発音が鳴り続け、止む頃には襲い掛かっていた矢も消えた。
「やはり魔人級か。厄介だなこりゃ」
舞い上がっていた土煙が海風に飛ばされると、無傷のメディが腕を組み仁王立ちしている。その笑みは悪に満ちており、これから賊に対して死の宣告が行われるのかと思うと、合掌せざるおえない気持ちになる。
「お頭、ここは引いた方が良いと思うぜ。あの赤いガキは危険だ」
「まぁ、それが妥当だろうな。・・・だが断る」
は? っと唖然するアーヴィンを他所に、髭男は渋い顔をこちらに見せる。
「そこの女の尻に隠れているガキ」
真っ直ぐに俺を見つめる髭男。その視線からぐっと押されるような気迫に、俺は情けなくも尻餅をつく。
「あら、触ってもいいわよエージ様」
「寄せるな振るな!」
スパーーンッ! あぁん!
目の前にあったランの臀部が、ぐっと勢いよく突きつけられたため、つい手の平で叩いてしまった。
そして何をウットリとした紅潮を浮かべているんだラン! やめろ、アンコールと言わんばかりにまた臀部を突き出すのを今すぐ止めろ!
「後でわかっているわね、エ~ジ?」
いや分かりません。なんでメディが可愛い悪魔の微笑みを、俺に向けるのか分かりません。
「お前が前に付けていた指輪、すっげぇ綺麗だったな」
その言葉だけで俺達は緊張を走らせる。
その反応で満足だと言わんばかりに、髭男はニッと笑う。そして、その場で腰を下ろし地面に手を当てると、低くハッキリと言葉を口にした。
「起きろ。呪具・アークドール」
髭男は地面を掴み持ち上げた。バラバラと土を落としながら持ち上げられたそれは、石で出来た人形であった。
デッサン人形といえばしっくりと来るだろう。簡単な作りの身体に、関節部分がよく動く人形だ。
「う、ウワアァァ!! お、お頭、勘弁してくれぇ!」
突然、発狂をするアーヴィン。人形を見るや否や、背を向けてジャングルに向かって走り逃げだした。その様子に喉を鳴らす髭男。アーヴィンの背を見つめて、一方的に言葉を投げた。
「今までご苦労だったなアーヴィン。最後の命令だ。俺の為に死んでくれ」
髭男に頭を鷲掴みされ、高々と上げてられていた人形が解放された。だらりと重力に逆らわず、地面に着地する人形。
そう、着地したのだ。脚を曲げ足の裏で確りと地面を踏み、前のめりになった体を手で支えている。
人形に目が付いていないのも関わらず、ギギギっと首を動かしアーヴィンを凝視した。
気付けば人形のいた所は土埃だけが舞っており、必死に逃げるアーヴィンを馬鹿にするかのように一瞬で地面に叩きつけていた。
「お頭! お頭あぁっ!! 助けてくれ! 頼む、俺は何だってするから助けてくれぇ!!」
メキメキと地面に押しつぶされていくアーヴィン。それを横目に髭男はため息を漏らす。
「悪いな、そいつは俺の手を離れたら言うことを聞かない、可愛げのない駄々っ娘なんだ」
「ッッッ!! ――クソガァッ!! 地獄に落ちやがれ、ムトウォォ!!」
ぐちゃっと呆気ない音と共に、アーヴィンの叫びは空へ散った。
メディ「見ちゃダメエージ! 血肉が飛び散ってグロいわ!」
ラン「見てはダメですエージ様! あぁ!! 臓物がぐちゅぐちゃに溢れてますわ!!」
メディ「手を退けなさいラン。まだ蠢いている臓器から血が溢れているのをうまく隠せないじゃない!」
ラン「あら、そういうメディの方が退きなさいよ。血に混じって潰れている脳ミソや眼球を覆い隠せないですわ!」
エージ「二人とも言葉の方を包めよ!」