奴隷狩り
「ゴホ、ゴホンッ!」
「大丈夫ですか?」
「ケホッ、ケホ。だいじょうぶ、大人しくしてれば酷くならないから」
フェニスから一杯の水を受け取り、痛むのどをゆっくりと飲む冷やす。氷が入っていないのに、冷んやりとしているのが不思議だ。
「それにしても厄介な病気ですね。メディさんと離れると再発病して動けなくなるなんて」
「うん、メディには本当に感謝してる」
フェニスは近くの椅子に腰掛けると、ぼんやりとした目を向ける。
「エージは人間で、メディは魔族。不思議にゃ」
「不思議?」
「だって戦争しているんでしょ? 亜人と人間もしくは亜人と魔族の連れは稀に見ますが、人間と魔族の組み合わせは初めてにゃ。どういった経緯で出会ったのか気になります」
俺が勇者でメディが魔王と素直に言ったら、どんな顔をされるだろうか。作り話だと笑うかもな。だからといって本当のことは言えない。
「ウサネンに負けた時に助けてくれたんだよ!」
俺は親指を立てて笑顔で言い切る。最高の笑顔だと自負したのだが、フェニスの眼は氷のように冷たいものに変わった。
「ウサネンに負けた!? 甲斐性にゃしですね」
ガシャンッ!! パリン!
俺の心は折れた。何となく自覚していたけど、あの白猫天使のフェニスに直に言われて耐えられなかったんだ。ゆるやかに水が頬を流れたよ。
「今の音は食堂から?」
ちなみに砕け割れた音は実際に聞こえた音であり、俺の心境を表したわけではない。ほぼ同じ音が俺の中でも鳴ったけどね。
「すいません、ちょっと様子を見に行ってきます」
小走りで部屋を後にするフェニス。翻る時の尻尾もしっかりと見送って、俺は掛け布団に潜ぐり涙を一人拭う。
フェニスside
今の音は何かしら。お皿を割ったにしては音が変だったにゃ。複数の皿が割れる音に加え、木が破られるような音も紛れてた。厄介ごとじゃなければいいけど。
「みんな大丈夫――ッ!?」
私は厨房の様子を見た瞬間に、身を屈めて息を潜めた。
そろりそろりと、足音を立てずに四つん這いで歩み寄る。厨房の床には散乱した食器や食材があるため、怪我をしないように音を鳴らさないよう慎重に一歩づつ進む。
釜戸の陰に身を隠して様子を伺う。私の視線の先にいたのは、剣や槍に杖で武装した人間の集団と縄で捕まっている仲間達。
パッと見ただけでも十人は超える大所帯だ。この人数なら一瞬のうちに、捕らわれたのも納得がいく。厄介なことに人間の装備品には、魔具と思われる宝石が光っている。
「テメェら大人しくしてろ! 少しでも動けば、この子猫ちゃんの首と体がバイバイしちゃうぜ」
客の一人であった同族の女の子を人質に、人間達はみんなを一箇所に集める。おそらく空間魔法でどこかに転移させるのだろう。
人間が狙うのは間違いなく私達亜人を奴隷にして売りさばくこと。この港町では過去にも同じ被害が続いている。海が近いせいか、少人数を拉致しては船で逃走するのだ。
(監視役は何をやってるにゃ!)
普段なら闇に紛れてやるのに、こんな白昼堂々とするなんて余程の自信があるのかしら。人間め、あまり私達亜人の実力を舐めないことね。
どちらにせよ人数が多すぎる、まずはウルクさん達に助けを求めないと。
――カチャン
「誰だ!?」
「しまったにゃ!」
相手の方ばかり気を取られて、足元を疎かにしちゃったわ。でも後悔は後、今は逃げて助けを呼ばないと!
私は七・八メートルを跳躍し、一気に廊下に出て窓を突き破る。四つん這いに着地し、地を抉る勢いで踏み込み走る。あとは大声を上げながら走り逃げるだけ。
ふふ、人間はこの動きに着いて来るなんて出来やしない。体のつくりが違うのよ!
「誰か――んグッ!?」
「あぶねぇあぶねぇ。やっぱりバステト族は足が速くて敵わんぜ」
そんな、私とあいつらの間はかなり離れていたはず。ましてや人間の足で私に追いつけるはずないのに。
「ほぉ、こいつは上玉だ」
私の二倍はある男は、太くてごつい手で私の顔全体を覆い掴む。異常な握力でギリギリと頭を締め付けられる。
何とか抜け出そうと牙や爪を立てるが、男の肌には傷一つつかなかった。
「へっ、無駄無駄。今の俺は魔人並みの硬さと力を持っているからな。小娘程度の抵抗なんぞ赤子同然だ」
身体強化の魔具ね。でも効果が強すぎる。通常のものなら大人の力二倍程度なのに、魔人クラスなんて禁止魔具じゃない!
「お頭! これ以上長居せずに一度撤退する事を提案するぜ」
ごつい男は食堂の方に向かって叫ぶと、中で一人で残飯を平らげていた無精髭男が振り向いた。
髭男は眠たそうな瞼をあげて男を睨む。その瞳を見た瞬間、重たい空気の壁をぶつけられたような圧が襲いかかる。
それを迂闊に直視した私は、息が苦しくなり呼吸を荒げる。
「奴隷魔法は時間と魔力を大きく使うんだよ、一度に多くを運んでも追いつけねーぜ」
「・・・チッ、仕方がねぇな。おい、ボサッとするなテメェら」
髭男の威圧にも全く動じないこの男は、やはり相当の手練れなのね。
失敗した。私はすぐに助けを呼ばずに、まずは賊が去るのを待つべきだった。
この男の言った通り奴隷魔法は時間がかかる。その間に確実な戦力を用意してから、みんなで助けに行くべきだった。
悔しさと苦しさであふれ出る涙。その歪む視界にある者が見えた。
「ゴホ、ケホッ!」
「あぁん? まだいやがったのかよ・・・って男のガキか」
男の指の隙間から見えたのは、さっきまで寝込んでいたエージさんだった。
「き、来ちゃ・・・ダメ・・・」
私が必死に逃げてと訴えるが、聞く耳持たずに朧げな足取りで近づいてくる。顔は青白く息も途切れ途切れ。とても戦える状態じゃない。それなのに真っ直ぐに来る。
蛇のような瞳を向けて真っ直ぐに。
ラン「あらあらメディどうしましたの?」
メディ「ラ~ン~ッ! エージがエージがあぁぁ!」
ラン「あらあっら。よしよしお姉さんに話してみなさい」
メディ「うう、ぐすん」
ウルマ「仲がよろしいようで、微笑ましいにゃ」
スフレ「です・・・にゃ」