白猫フェニス
目を開けるとそこは知らない天井だった。後頭部が妙に痛く、手で軽く押さえがこぶはなかった。
「あ、あの、ご気分は大丈夫ですか?」
声のする方を見ると、そこには天使がいた。純白の毛に覆われた猫耳を動かし、くりくりした瞳で俺を見つめている。
白を基調としたコックコートとエプロンを着ており、白髪に白耳と全身真っ白少女だ。
「猫耳を触っても――」
「エーイージ~?」
天使の後ろから現れたのは悪魔だった。黒い羽で威嚇するように釣り上げ、尖った尻尾が鞭のように床を叩いている。口は笑っているのに眼が笑っておらず、完全に怒りで染まっていた。
普段なら俺は臆して逃げるのだが、今は違う。俺の中にある本能が、死んでもあの猫耳と尻尾を触れと吼えているんだ!
「なら死になさいッ!」
「しまった! 声が漏れていたか!」
ブオンっと鈍い風の音を鳴らして、天高く掲げられる拳。黒粒子が渦を巻き金属を擦り付けているような奇怪音をあげる。
あれが振り下ろされたら、俺もベットも宿も無事では済まないだろう。
「待ってください!」
両手を広げて俺を庇うのは純白天使。愛おしい尻尾をこちらに向けて、立ち塞がった。
「あの、触るだけにゃら・・・大丈夫ですから」
メディの拳を凝視し、子羊のようにプルプルと震えて尾を丸めている。
「本当に触っていいの?」
俺がそう聞くと口に手を当て恥じらい頷く。何この可愛い生き物。
「ダメよエージ! 触るなら私のにして!」
「メディには猫耳ないじゃん」
膝から崩れて轟沈するメディは置いといて、俺は純白天使と向き合う。念のためにもう一度確認すると、こくこくと了承してくれた。
ゴクリ。
さわさわ
ピクピク
さすりさすり
ふ、ふにゃ~
なでなで
ゴロゴロ
「辛抱堪らん!!」
「ふぇ!?」
俺はギュッと天使を抱いた。頬を純白の髪と猫耳に擦り付けながら頭も撫でる。サラサラのふわふわで気持ちよく、ほんのりと花の香りもする。なんかもう犯罪行為な気もするけど、自重はしないし後悔もしない。
腕の中でもぞもぞと動きうめき声をあげているが、ヘブン状態の俺は夢中だった。
「・・・調子に乗りました、ごめんなさい」
俺は土下座をして謝る。白猫ちゃんは乱れた髪を手櫛で整えながら、餅のように頬を膨らませている。
「確かに触っても良いと言いましたが、あそこまで激しくされるのは予想外にゃ」
「とても気持ちよかったです」
「にゃんか卑猥に聞こえます」
ふうっと一息を漏らして、白猫ちゃんは扉に向かった。
「昼食の支度があるので失礼しますね。エージさんは嫌いな物とかあるにゃ?」
「特にはないけど、昔から食べさせられた虫はいやだな」
「虫!?」
白猫ちゃんは赤かった顔を青く変え、何か可哀想な人を見るかのような同情あるれる涙目で俺を見る。
俺の病気が酷くなってきた時、母が漢方料理を用意してくれたのだが、その中に虫が使われていたのだ。
治すためだと無理して食べさせられたが半分も食べなかったな。
蜂の幼虫とかイナゴにサナギ、コウロギにゴキブリを食用にする人がいるけど、あれ以来トラウマ気味で食指もわかない。
そんな事を考えていると、白猫ちゃんが両手を強く握りしめて真正面に来る。
「スッッッゴク美味しいもの作るから、絶対の絶対に食べてにゃん!!」
「え? う、うん。ありがと・・・う?」
急にどうしたのだろうか、必死な顔で俺を励ましてくれる。
「白猫ちゃん? あ、エージさんには自己紹介がまだでしたにゃ」
慣れたようにくるっとターンを決めてエプロンを翻すと、にゃんっとあざとい招き猫のポーズをする。
普通に可愛いから文句は無い、むしろもう一回見たい。
「私は料理兼ウエイトレスのバステト族、フェニスです! 以後お見知りおきにゃ」
にぱっと太陽のような笑顔が俺を包み込む。
「アンコール! アンコール!」
「眼がイヤらしいにゃ」
エージ「この宿はとても綺麗だね」
フェニス「ありがとうにゃん」
エージ「ところでバステト族ってみんな言葉に「にゃ」が付つくの?」
フェニス「半々にゃ。私はただのサービスですが」
エージ「まじで?」
フェニス「まじです」