重病の勇者
鋭利な刃物に刺されたような寒気が背中を襲った。危険信号MAXで振り返ると、何もない空間に波紋が広がっていた。
景色を歪ませる波紋のからは、砂時計のように黒粒子が流れ落ちており、段々と砂山のように積もる。
黒粒子は人の形を成していき、俺とほぼ同じぐらい背丈になった。
「その声は魔王か!? ありえん、我が城には何重にも結界魔法が施されているのだぞ!」
取り乱す国王の声に控えていた兵士達が前に出る。その内の一人が俺の側に駆け寄ってきた。
「勇者様、これをお受け取りください。丸腰よりは安全かと思います」
体格の良い老兵士が一本の剣を差し出ししてきた。ロングソードと思われる剣は、見た目に反して軽かった。
「ありがとうございます」
一応お礼を言うが、剣なんて持ったことも使ったことがない。下手をすれば丸腰の方が動きやすいかもしれない。
そんなことを考えていると老兵士は王の下へ戻ってしまい、前線に俺独りの状態になった。
黒粒子は色染め上げるように一人の少女を形作った。
整った顔立ちが姿を現し、ガーネットのような瞳が開かれる。足元まである真紅のツインテールは先端がパーマのように丸まっている。
そして柔らかそうな小さな口には悪戯な笑みが描かれている。
「ククク、貴様が勇者か。随分と弱そうな奴だな」
漆黒のワンピースドレスになびかせ、靴底の厚そうなブーツをカツっと鳴らす。悪魔のような黒翼と先端が矢印のように尖った細い尻尾を動かし、こちらに歩み寄る。
「この世界に着たばかりでな、実際に色々と弱いんだよ。ゴホン! それよりもいきなり魔王が登場するなんて、非常識な展開じゃないか?」
「非常識? 人間の常識など適用されるわけがなかろう。そもそも召喚されたばかりなのを狙ってきたのだぞ」
口角を異常なまであげて嘲笑うと、魔王は何かの印の描かれた細い腕を伸ばした。
殺気。
肌をチリチリと焼き付けるように伝わる。魔王の腕にある印が淡く煌いていており、本能が勝てないっと何度も繰り返す叫んでいる。
あぁ、早くも終わるのか俺の異世界ライフ。
諦めるように目を閉じると、突然、持っていた剣が超重量級に変わる。
俺はそれに引っ張られる形で倒れ、カランっと剣を床に落としてしまった。起き上がろうとしても体が言うことを聞かどころか、鍋で煮込まれるように熱い。
「は? ちょっと、いきなりどうしたのよ勇者」
受身も取らずに倒れた俺に、魔王は戸惑いの様子を見せる。しばらく経っても起き上がらない俺に、恐る恐る近づいてきた魔王は近くで腰を低くした。
そして俺は呟くように驚愕を口にした。
魔王の顔が目と鼻の先まで近付き、さらに額と額を合わせてきたのだ。
「ッ! 何よこれ、すごい熱じゃない!」
しっかりしなさいっと魔王が容赦なく俺を揺さぶる。脳を掻き乱す追撃を与えているだけなので、今すぐ止めてほしい。
「大変! 皆さん、もう一度勇者様にリフレッシュを!」
リアン王女と白フード達が近くに駆け寄ろうとするが、黒粒子が床を抉って進行を妨げる。魔王は額に青筋を立て、噛み付きそうなほど強く睨んだ。
「バカじゃないの!? リフレッシュは一薬で無理やりテンションをあげるようなものなのよ! それにもう一度って、既にリフレッシュを使ったあとなの!?」
魔王の咎めるような視線にリアンはたじろき、その場で呟くように答えた。
「そ召喚した時にひどい眩暈を起こしていたから、リフレッシュで体調改善を促したのよ」
「召喚された直後はどれだけ体力と魔力を奪われているのか知らないの!? 知識のない光魔法はただの毒と同じよ!」
リアン王女に喝を入れると、魔王は俺の頭を小さな腿に乗せ、呼吸のしやすいように寝かせてくれた。
いわゆる膝枕なのだか体勢を変えただけなのにかなり楽になった。だけど勇者が魔王に気遣われるって、勇者としてどうなんだろうな。
魔王は眉を八の字にし、自分の子供を心配するように俺の顔に触れた。その手は冷んやりとしてとても気持ちよかった。
「魔王の手、冷たくて・・・気持ちいいな」
「っ!?」
俺は自然と緩んだ笑みで魔王を見つめる。一方の魔王は、俺の病気が移ったかのように顔と耳を赤くした。
本当に移してたら申し訳ないなと思いながら、重たい瞼が閉じられた。
魔王side
勇者が突然倒れた。私が無意識に魔法を放ってしまったのかと焦ったけど、詳しい話を聞いて唖然とした。
「全く、本当に信じられないわ!」
私は今すぐバカ女を殴りたくて仕方がなかった。光魔法の中でも、基本中の基本であるリフレッシュすら使いこなしてないなんて。全く嘆かわしい。
「こんなんじゃ、勇者の成長も期待できないわね」
私は誰にも聞こえない呟きを漏らして、辛そうな勇者の顔を覗き込む。
熱がかなり酷い。
私は氷魔法で自分の手を程よく冷やす。人間なら凍傷するかもしれないが、魔王たる私には痛くも痒くも無い。
そっと顔に添えてやると、勇者はとても緩んだ笑みを溢した。
「魔王の手、冷たくて・・・気持ちいいな」
「っ!?」
身体中に電撃が走った。昔に対峙した事のある、雷神の聖雷よりも痺れた。それと同時に舞踊りたくなる高揚感と激しい鼓動が起こる。
チラッと勇者の顔を盗み見る。よほど冷たい手が気持ちいいのか、穏やかに目を閉じていた。
しかし、呼吸はまだ荒く汗も止まっていない。このままでは体力を失い続けて危険ね。
「・・・仕方が無いわね」
私は周りに気づかれないように、魔力を勇者へと流し込む。流した魔力を操り、好き勝手に暴れる魔力循環の流れを正しす。
これだけでも随分と勇者の症状は改善された。さすがに生命力を分け与えてしまうと、完全回復してしまい、私が治したことに勘付かれてしまう。
魔王が勇者を助けるなど、配下達に示しがつかないからな。
それと、個人的で曖昧で理解し難くて納得が出来ない理由として、勇者の苦しい顔が苦しい。胸を締め付けられるようで嫌だった。
魔力循環を終えると、身体が安定したのか寝息を立てている。私は勇者の頬を突いては頬を撫で、髪を弄りながら頭を撫でる。
「魔王? あなた、何してるの?」
「ぴゃい!?」
声が裏返ってしまった。いつの間にか近くまで来ていたリアン王女が片眉を上げて、怪訝そうな顔を向けていた。
「何と言うか、随分と幸せそうな顔して勇者様に触れているわね」
「う、うるさい! そんなわけないでしょ!」
「膝枕している状態で言われても、説得力に欠けるわよ」
「なっ!? ~~ッこの!」
私は勇者を投げ飛ばすように転がした。膝から落とした時に、ゴンッと音がしたが今はそれどころではない。この空気が非常に嫌だ。私はこの場から逃げ出すように宙へ飛ぶ。
「ふんっ! 重病な勇者の所為で興が削がれたわ。今この瞬間も生きていられる事に感謝するのね。次はないわ」
私は空間魔法を使い、来た時と同じように亜空間へと入っていった。
今後とも、誤字脱字をちょくちょく修正するかもしれませんが、ご了承ください。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。