シエルお姉ちゃん
テクテクと俺の前を歩くのは小さな少女。印象的なとんがり帽子は、よく見ると顔面を潰したような顔が描かれていた。
恐ろしいんだけど悪い奴じゃない、そんな不思議な顔に見える。
少女と俺は紫の石レンガに囲まれた廊下を進んでいる。いつも側にいたメディはいない。寄るところがあるとか何とか言って、この子に案内を任せて行ってしまった。普段離れることがないからか、ここが見知らぬ所だからなのか、はたまたこの少女が何者か知らないからか、不安で仕方がない。
「おや~、エージちゃんはお嬢がいなくて寂しいのかなー?」
「えーと、シエルちゃんだっけ。ここってどこなのかな?」
軽く腰を下げて目線を合わせようとした瞬間に、シエルの目が鋭くなった。え? っと変化に気付いた時には、足が何かに払われて後ろへ体が倒れていた。
しかし床に尻餅を着く前に、シエルにお姫様抱っこでキャッチされ、ゆっくりと床に降ろされた。と思ったら胸ぐらを掴まれて目と鼻の先まで顔を寄せられた。
「エージちゃ~ん。もしかしなくても私のこと年下のガキンチョとでも思っていたでしょ~? 確かに私は他の魔人に比べたら若輩者で~す~がー。エージちゃんよりは立派なお姉ちゃんなんですよー。お姉ちゃん、お姉ちゃんなんですよー」
最後のお姉ちゃんをハッキリと強調するシエル。この子もメディと同じで、見た目で年を判断してはいけなかった。
ズイズイと迫る顔。その顔には明らかな怒りが見られる。その怒りを静めるために言うべきことは一つだった。
「シエル・・・お姉ちゃん」
「いい子ね~さすが私の弟のエージちゃん。いいこいいこ~」
いつ弟になったのかは置いといて、シエルは俺の頭を程よい力加減で撫でる。しばらくぐりぐりとして満足したのか、俺の手をとり起こしてくれた。桜模様のある頬をにんまりと動かし、そのまま俺の手を引いて先導する。
「さぁこっちよ~エージちゃん。タイミング悪くて皆はいないけーど、私一人でも大丈夫だから安心してね~」
先に見えるのは白い光がこぼれる出口。今まで歩いていた廊下が暗かったせいか、外の光が眩しくて良く見えない。シエルに引かれるままについて行き、俺はその光へと足を踏み込んだ。
――眩しい。ゆっくりと眼を慣らしながら視認していく。そして、漸く見えた景色に俺は圧倒された。
一番初めに抱いた感想は、異世界。今俺は異世界に転生したのだから当たり前なのだが、それを踏まえても異世界という感想が正しいと思う。
「ど~う? 私達はもう見慣れ飽きた景色だけど、初めて見る人にとーっては圧巻でしょ~?」
結晶世界とでも言えばいいのだろうか。草も木も花も建物も全部が様々に煌く結晶だった。所々にみられる水溜りは澄み切っており、煌く結晶を反射している。大地は紫がかった岩盤のような見た目だが、周りの結晶により華やかに彩られている。
「このラグナエリオン大陸、えっとー世界い地図の右側の魔族の大陸のことね~。この大陸はね~、大地を除くあらゆるものがこの結晶もとい、魔晶を含んで出来ているんだよ~」
「魔晶?」
魔晶とは魔素の結晶の総称名。魔素が留まり溜まることで自然発生し、結晶のように輝く鉱石になるそうだ。また、この大陸の植物達は自ら魔素を取り込み、体内で魔晶を生成しているそうだ。
純粋な魔素で作られた魔晶には魔力が存在し、武器や装飾に付けることで魔法による魔力消費を補ってくれるそうだ。
ただし、この景色にある全ての魔晶が使えるわけではない。魔晶にもランクがあり、より密度の高く魔力を保持している結晶は虹色に輝くが、大半は薄色濁りがあって輝いてはいるが魔力は少ない。
「ま~、少ないといっても人間から見れば~十分に使える魔晶ばかりだよねー。そのせいで人間による盗採・盗鉱者が後を絶たないしー、手に入れようと武器を手に攻めてくるんだよね~。私が生まれるずっと、ず~っと前からね」
「・・・それが戦争の理由?」
「うん、バカだよね~。こんな力を人間が手にしたら、やりたい放題暴走して世界を壊しちゃうだけなのに~ね。考えてみてー。世界の約三分の一も占める大陸のほとんどが魔力の塊なのよ~。そんな莫大な魔力を好き勝手に使っていったらー、残りの三分の二の大陸が耐えられると思うー?」
大陸全体が魔力。俺のいた世界に置き換えるなら火薬だろうか。つまり北アメリカと南アメリカ全部が火薬で出来ていると? 地球が一瞬で消し飛ぶわ!
そして人間が正しく扱えるか? 無理だ、即答できる。元の世界ですら戦争が絶えないんだ。全員が手をとり助け合う世界が想像できない。
「傲慢・物欲・嫉妬・貪食・色欲・怠惰、七つの大罪が~、人を狂わしては人を形作っている。罪がないと人は進化しないし~、欲がないと生きていけない~。人間は生きているだけで罪深き貪欲者なのだ~」
そう言い終ると、シエルは上目使いの熱い視線を俺に向ける。
「ど~う? お姉ちゃんなかなか知的な事いったでしょう~。褒めても惚れてもいいのよ~」
「・・・さすがシエルお姉ちゃんです。尊敬します」
「ふふ~。っと話が反れたね。魔晶や戦争の事なんてどうでもいいの~。今はエージちゃんの知りたがっていた、ここはどこ? なのかの説明ね」
その後のシエルの話をまとめると、ここは魔族の大陸ラグナエリオンであり、世界地図から見て下方の、南側に位置するところだった。そして今いるこの都市は、ランスリー魔王城である。いわずもがなメディの城だった。
この城はメディを頂点に魔人六人将が仕えており、格魔人の配下に魔族が数百から数千いるそうだ。そして驚いたことに、このシエルは魔人六人将のうちの一人だった。
また、ラグナエリオン大陸にはメディを除く魔王があと二人いるそうだ。大陸を三分割して管理しているらしい。少し前まで人間と戦争をしていたのは、中央を管理している魔王軍だそうだ。メディは下部の南を管理しているから、特に気にせず自由に動けていたのかな。
「ところでメディはどこにいったのかな?」
「お嬢ですか~? お嬢はお部屋のお片付けをしていると思いますよー。たぶん今日一杯かかるので~、お姉ちゃんがお城と外を案内してあげるのですよ~」
シエルはどこか楽しそうに足を大きく振って歩き出した。もちろん俺の手はずっと繋いだままで離さない。妙に暖かくて安心できるからいいんだけどね。
エージ「ねぇシエルお姉ちゃん」
シエル「な~にエージちゃん」
エージ「それなりに城の中歩いたと思うんだけど、他の魔族を一人も見ないんだけど、いないの?」
シエル「(お嬢がエージを怖らせないために、一時的に無理やり追い出したなんて言えねぇ・・・)お、お出かけかしらね~。ふふふ」
エージ「?」