パペットマスター 蛇神の指輪
蛇神。悪を喰らい、喰らった悪を自らの兵として酷使する。喰われた者は、蛇神と同じ肌と鱗に蝕られ続けるという、なんか物騒な御伽噺だ。
メディいわく、御伽噺には七つの呪具と対に七人の魔神が登場するらしい。
「その御伽噺なのですが、お母様から聞いた話では太古にあった出来事を語り部がわかりやすく咀嚼したものと聞いていますわ」
「となると、御伽噺は全て実際にあった出来事になるのか?」
「おそらく。こうして目の前に魔神が現れては、疑いようがありませんがね」
二人して蛇神を観察しては、なるほどと頷いている。俺にはさっぱり何のこたやら分からず、置いてけぼりな気分。
「さて蛇神よ。我の呪といったが、何をする気だ? 事によっては覚悟してもらうぞ」
メディは臆することなく前に出る。蛇神は三つ目を細めてメディを見下ろすと、口角を大きく釣り上げる。なかなかの悪人顔だ。
「魔王級の魔族。なかなか良い力を秘めている。しかし、それほどの者が我の呪を知らぬと? どれだけの時が流れてしまったのか」
「少なくとも、魔神が空想の存在になるほど経っているわね」
「そうか、よい。我が呪は傀儡。相手を呪い操る力。二つの指輪を手にして使う」
「二つの指輪?」
「少年の指輪と、贄が持っていた指輪。我の呪具は二つで一つの呪。傀儡とする呪、操り従わせる呪」
つまり、この指輪だけではパペット化するだけで操れないのか。そして、イズガベルが持っていた方は、パペット化は出来ないが操る事ができると。
ん? でもイズガベルは、その指輪を付けてから呪われ始めたみたいだけど、副作用でもあるのか?
「気付いたか少年。呪具には強力な呪法と引き換えにデメリットが生じる。少年が付けている指輪には、魔法が一切使えなくなると同時に、魔法の干渉を一切受けなくなる。贄の持っていた方は、数多の呪いが体を蝕むと同時に、瞳を見た者に数多の呪いを感染させる」
「魔法の干渉を一切受けつけないだと!? それでは魔力循環が出来ないではないか! エージ、苦しくないか? 辛くないか!?」
メディは、また押し倒さん勢いで迫る。混乱しているのか、体のあちこちを打診するが、俺にとっては張り手を浴びているようで痛い。
ランライトが慌ててメディを抑えてくれたおかげで、打撲程度ですんだと思う。
「銀の短剣が少年を守っているのだろう。魔王娘の魔力は少年へ巡っておる」
その言葉に安堵したメディは、その場に座り込んでしまった。蛇神はメディから俺に視線を移し、品定めするように観察する。
「少年は力があるようだな」
俺は作れもしない力瘤を見せる。その姿を哀れむように蛇神は目を瞑ってしまった。見ていられないほど非力さが伝わったらしい。
「・・・その力ではない。あらゆる魔素との調和性に長けているという事だ。少年は様々な属性の魔法を操れるのではないか? 調和性の高い者は、威力は大きくなくとも、繊細で綺麗な魔法を操るものばかりだった」
「・・・」
蛇神の言う通り、俺は様々な属性の魔法を駆使して、勇者として大活躍していたのかもしれない。小説のようにたくさんの仲間に囲まれて、苦しくも楽しい旅をしながら修行を重ねてたり。数々の難関を乗り越えて、最終的には魔王討伐に励んでいたかもしれない。
そんな事を考えていると、メディはそっと手を握ってくれた。
わかってる。もしそんな未来があったら、俺の隣にはメディがいない。メディとう名前を知らないままだったと思う。そして俺はメディの手を取った事を後悔していない。
「残念ながら、魔力循環に異常があるんだ。調和性とやらの能力が有ろうが無かろうが、俺には魔法が使えない」
「そうか。しかし少年、安心するがいい。魔力循環に異常があっても、我の呪具は扱える」
蛇神は頭を下げると、細く長い舌を伸ばしてきた。その先端には片割れの指輪が光っている。
「その短剣と我の二つの指輪があれば、少年は非力ではなくなる」
「俺にこの呪具を使えと?」
「そうだ。だが理解してほしい。その呪具を使う時は、必ず我の呪を受ける。その短剣でも防げない強力な呪を」
「・・・呪い死ぬのは嫌だぞ」
蛇神は一度、自らの腹に視線を向けてから俺に向き直す。気付けば、体はまた半透明になり始めていた。
「贄と同じように容姿が変わる。過度に使い続ければ元に戻れなくなるだろう」
「つまり、使えば使うほど俺は人間でなくなるのか?」
俺の疑問には答えることなく、蛇神はただ見据えて空気に溶けるように姿を消していく。そして、完全に消える前に言葉を残していった。
「勇者エージなら、扱えると信じている」
朝日だった太陽は夕焼けに変わっていた。今日も変わらず賑わっていた街は、日が沈むと同時に落ち着きを見せている。そして、この王城も色々と落ち着きを取り戻し始めていた。
「エージ殿、メディ殿、ランライト殿。表をあげよ」
渋く力強い声に応えるように俺とメディ、ランライトが顔を上げる。
目の前にいるのは壊れた王座に凛と座るカーリライト国王。その隣には、少し汚れたドレスを着るサハ姫。そして、その姿を目に焼き付けながら歯をくいしばるのは、ボロボロの兵士とメイド達。松葉杖をついている者もいれば肩を借りている者、守れなかったと悔し涙を流す者もいた。
「エージ殿、心より感謝する。あのまま賊を許せば、この国は滅んでいた。いや、滅ぶよりも恐ろしい、パペット軍団として罪のないものを無慈悲に殺めていたかもしれない。考えるだけでも震えが止まらぬ。今一度、ここに感謝する」
国王自らが俺の前まで歩み寄り、銀の短剣を渡した。国王の金髪は乱れて疲れ切った顔をしているが、緑瞳にはしっかりと生気を取り戻しており、逞しくも暖かい微笑みを見せている。手や指は太く、まだ小さな傷が残っていたが心配するほどではない。
俺もぎこちない笑みを返すと、父親のように笑みを返してくれた。
蛇神が姿を消した以降、俺達は魔法薬と短剣とフルに使い、パペット化した人達を元に戻していった。正気を取り戻した者の殆どが、イズガベルに襲撃された以降の記憶がない。唯一、サハ姫と国王のみ断片的だが、パペット化してからも記憶が残っていた。
国王や兵士は精神的にも重たい傷を負い、折れそうになるところをサハ姫が支えた。幸いにも、国民への被害は皆無に等しく、時間さえあれば城内も立ち直れる状態だった。
サハ姫は、今を悔やむよりも先にするべきことがあると国王と兵士を一喝し、姫としての威厳と根性を見せた。
そして、まずやるべきは国を守った英雄に感謝をすることだと言い、今の表彰に至る。
国王から短剣を受けるとると、今度はサハ姫が前に出る。黄昏のロングウェーブに、大きくハッキリとした朱瞳を向ける。健康的な顔立ちには優しい笑みが絵描かれている。夕焼けのように染められたドレスを揺らし、小さな体で凛と立つ。
「エージ様、今はこの様なものしか送れませんが、復興が終わりましたら是非、またお立ち寄りください。その時に改めて、私からも感謝を送りたいた思います。今はあなた方の旅の無事を祈らせて頂きます」
そう言い終わると、サハ姫はそっと俺の頬に小さな唇をあてた。柔らかい感触と花のような甘い香りにつられるようにサハ姫と見つめ合った。
俺の前で頬を赤らめながら少し俯くサハ姫。俺の後ろで青筋を浮かべて赤くなるメディ。その光景を殴りたくなるとうな、イヤらしい顔の国王とランライトが見守る。
「ねぇ、エージ。ちょ~っと大切なお話をしないかしら。大丈夫、痛くしないから」
「メディさん、お話しするだけのになんで痛覚が関係するのでしょうか」
「大丈夫。その頬を消毒するだけよ」
消毒という言葉に片眉だけピクリと動かすサハ姫と怒りで震えるメディは、お互い最後まで笑顔は崩さず睨みあっていた。
サハ姫「消毒ならこれをお使いください」
メディ「ほぉ、気が利くな・・・って熱っ!!」
エージ「メディ!?」
メディ「この女狐め! 聖水じゃないか!!」
サハ姫「ふーん」