パペットマスター 勇者復活
メディside
日が昇り始めた街に、ちらほらと人の影が目立ち始めた。朝の早い商人は、今日出す品をチェックしたり客を招くため掃除をしたりと、あの活気を迎い入れる準備をしている。
綺麗な朝焼けも、街中を覆っていた靄を鎮め、今日の商売を祝福するように晴天の準備をしている。
普段と変わらない、平凡ながらも活気な一日を始めようとする都市をよそに、逸早く旺盛な朝を迎えているのは、言うまでもなく私達だ。
「ほらほら、足運びがなってないわよ!」
目の前に迫っきた兵士三人の足を払い、倒れる拍子に壁へと吹き飛ばす。頭から壁を貫き、下半身だけが力なくぶら下がっている。
その壁も含め、謁見の間にある左右前後の壁には、同じ状態の兵士やメイドが刺さっている。
「あら、危ない」
口ではああ言っているが、実際には微塵も危なげなく槍を躱している。まるで本当に舞うように、ターンを決めては結界を曲げて吹き飛ばしている。
十分程度だろうか、思ったよりも楽しんでしまったため時間は掛かったが、私の掌底打で最後の兵士を壁に刺して終了。
「朝から良い運動をしたわ」
「私も同感です」
「さて、王座の下にあるという魔具を頂いて、とんずらしましょうか」
「サハ姫に届けるのでは?」
「必要があれば、ね」
脚を大きく振り回して王座を蹴り飛ばすと、バキャっと安物のような音を立てて粉砕された。すると、粗末な王座とは違った大理石で作られた床下収納庫が顔を出す。鍵のようなものがあるけど、関係なしに無理やり壊し開ける。
「強力な呪具を抑えられる魔具なら、エージのパペット化なんてすぐに治るでしょ。治らなかったら、持って行って魔法薬を貰うだけよ」
ランも納得したようで、あらあらと笑い出す。収納庫の中にあったのは、魔具の装飾がある短剣だった。素材は魔を払うと言われている純銀のもので、不純物のない鉱石類は相当な価値がある。エージが治ったら、これを売って旅の資金にしても良いわね。そんなことを思いつつ、エージを下ろして短剣を握らせる。
ポゥっと短剣が静かに光る。その光はエージを覆い尽くし、ドロドロとした紫の何かを吸い出して短剣自らに取り込んだ。
エージside
どれくらい眠っていたのだろうか。そんな風に勘違いしてしまうほど、身体が気だるい。病気のダルさとは別の、怠け者の重たさだ。
「・・・メ、ディ」
「エージッ!!」
突進するように飛びついてきたメディ。受け止めてあげたかったけど、体がまだうまく動かない。そのため、メディの勢いを抑えることなく後ろに倒れる形になった。俺を押し倒したまま離れないメディ。少し抱き付く力が強くて苦しいけど、我慢して頭を撫でることにした。
「心配かけてごめん」
「私はそんな言葉は聞きたくない」
「うん、そうだったね。・・・ありがとう」
「ええ、感謝しなさい」
どれくらいこのままだったのだろうか、痺れを切らしたランライトが聞こえるようにため息をつく。
「エージ様、快復したことは心より喜びますが、そろそろ離れませんか? おいていかれているような気分で遣る瀬無いですわ」
「残念ながら、メディの力に対抗する筋力も思考も持ってないんだよ」
「ラン、待って。あとちょっとだけ。あと1時間だけ」
「あなた、性格変わっていませんか? いえ、そんな事より、早く街から出ないと厄介ごとに巻き込まれますよ?」
ランライトの懸念を無視して、俺の体にぐりぐりと顔を押し付けてるメディ。
「厄介ごとか、サハ姫の事だよな?」
俺がそう言うと、二人とも口を開いて驚く。いったい何を驚いたのかは分からないが、鳩が豆鉄砲をくらったような顔ってこういうときに言うんだろうな。
「あのサハ姫なんだけどさ、あれは本当にこの国のお姫様なのか?」
「おそらく違う。だが、今はそれどころじゃない。・・・エージ、なぜサハ姫の事を知っている?」
可笑しな事を言うメディだな。もしかしたら、俺が迷惑かけちゃったから疲れているのかもな。
「何故も何も、一緒に居たし聞いたじゃないか」
「・・・え? ぇ、その、エージは、パペット化している間の、記憶が・・・あるの?」
「あるけど、それがどうしたの?」
金魚のように口をパクパクと動かし、みるみるに顔を赤くしていくメディ。両手を頬に当てて、ゆっくりと顔を覆っていく。ふるふると小刻みにも震えだし、瞳も潤んできた。
「い、ぃや。・・・じゃ、あ。私が、今まで、エージに、してきたことも・・・?」
あー、なるほど。あれは俺が覚えていない事を前提にやりたい放題していたのか。ふーん。
俺はニヤリと、不気味な笑みを浮かべていたであろう顔でメディの耳元に囁く。
「今晩はしてくれないの?」
ボン! っと頭から煙を噴火させたメディは、茹でタコのように真っ赤になり硬直してしまった。
「とりあえず宿に戻ろうか」
まだ赤いメディだが、とりあえず動けるようになったので、宿に戻って一度落ち着こうと提案した。
謁見の間を出ようと歩みだす矢先に、扉の前で真白な人物が立ち塞がっていた。
「どこに行こうというのかしら」
行く手を阻むのはサハ姫であった。あれだけ天蓋を出たがらなかった彼女が出てきたということは、それだけ切羽詰まっているのだろう。
ボロ布をマントのような羽織り、その間からは盗賊服のような身軽な服装が見え隠れしている。肩から手まで、鱗のある肌を露出させ、拳は硬く閉じられている。
「はじめまして、でいいのかな? サハ姫、俺はエージと申します」
「御託はいらん。その短剣を私によこせ小僧」
小僧と言うが、本人も似たような容姿だ。大人と子供のちょうど中間という印象を受ける。それと、先ほどから顔を真下に向けており、顔はよく見えない。もしかしたら、手の鱗のように顔が余程ひどく呪われているのかもしれない。それとも別な理由か。
「おや、姫らしくも無い発言ですね。リアン王女とは比べ物になりません」
「御託はいらないと言ったはずだ。大人しく渡すのなら今回は見逃してやる」
「子供らしく暴れたら?」
「・・・呪い殺すだけだ!」
サハ姫は顔を上げる。その顔にはアメジストのような瞳が三つ。両目と額にも一つ目があったのだ。俺とメディにランライトもその瞳に魅了されるように見つめる。
「私の瞳を見たな! これできさまらも呪法に犯された。そのまま私の仲間達のように苦しみ悶えて、人の形を保てないまま死ぬんだ! アハハハハハハ!!」
「仲間達か、やっぱりお前はサハ姫ではないんだな?」
「へぇ、まだ自我が残っているのか。そうさ、私は姫なんかじゃないよ! この王城を占拠した強盗集団のリーダー、イズガベルさ! リーダーとはいっても、今の私は一人っきりの寂しい盗賊。仲間はみんな私の呪いに巻き込まれてしまったさ!」
イズガベルの瞳から圧し掛かってくるプレッシャー。きっとひどい呪いがかけられているのだろうが、今の俺には何にも起こらなかった。たぶん、この短剣のおかげだろう。さっきからイズガベルの瞳と同じ色の靄を吸い取っている。
「どういうことだ、なぜきさま等は変化が起きない!?」
なぜと言われても俺も確証はないし、メディやランライトについては見当もつかない。よって答えられずに沈黙する。その沈黙が気に食わなかったのか、イズガベルはギザギザに尖った歯を食いしばりながら指輪のある右手を見つめる。
「くそ、くそが! あいつらの裏切りから何もかもうまくいかない! これも全部この呪われた指輪のせいか!? フザケルナ! 外れろ、この、外れろおおぉぉぉ!!」
錯乱し始めたイズガベルは指輪を握り締めて無理やりはずそうとする。ぎちぎちと嫌な音を気に止める気配は無い。三つの目の焦点も怪しくなり、口からは笑いも混じった嘆きが吐かれる。
一人芝居をしているようにも見えるが、その動きは錯乱よりも狂喜を感じる。
「まずいわね。あの女呪法に飲まれ始めたみたい。きっと、付け焼刃の魔法薬が切れたのでしょうね」
「どうするんだ?」
「勝手に自滅してくれることを祈るわ。ただ、あの白い体に鱗ってどこかで見たことがあるような気がするのよね」
「あら、偶然ね。私も見覚えがありますけど、思い出せないのよ」
う~んっと呑気に考え込む二人をよそに、狂喜乱舞するイズガベルにさらに異変が起きた。全身から血を噴き出し、白い肌を紅く染めていく。白目は赤く、瞳は爬虫類のように縦長に変死している。裂けていく口からは長い舌がブラブラと揺れる。髪の毛一本一本が蛇のように太さを増し、ゴルゴンを連想させる蛇の髪になった。
半人半蛇のような姿に変化したところで、俺の隣にいる二人は何かを閃いたように手をポンっと叩く。
「思い出した。蛇神の生贄だ」
それに答えるようにイズガベルの指輪から一匹の蛇が飛び出した。その体は半透明であり、イズガベルの肌と同じ真っ白な蛇。瞳も三つあり、その目全てでイズガベルを睨んでいる。
蛇に睨まれた蛙のように、狂喜していたイズガベルは硬直しそこだけ時間が止まっているようだ。
白蛇はイズガベルを丸呑みにし、腹に包まれたイズガベルは胃酸に溶かされるようにドロドロに形を失っていく。俺は気持ち悪くて吐きそうになった。
イズガベルだった者はそのまま赤い液体となり、白蛇の血肉に変わった。半透明だった体は立派な固体として具現し、大人三人分はある巨体な白蛇へと変わった。
「贄は受け取った。対価として我の呪を求めるのは、誰か?」
エージ「次から次へと厄介ごとが増えるんだけど!?」
メディ「知るか! きっとあの賊の持っていた呪具の呪いよ!」
エージ「あの蛇の眼がさっきから俺に向いてるんだけど!?」
メディ「知らないわよ! きっとエージに気があるんでしょ! 気がある? ククク、許さん」
ランライト「二人とも落ち着きなさい」