前編 (6/14日 改訂)
旅の途中に、俺がこの町へと立ち寄ったのは、ほんとにただの偶然だった。
手近な店に入り遅めの昼食を終えた俺は、この国の特産とか言う触れ込みの、妙なフルーツをつついていた。
「あんたが新しく登録された戦士ね」
やはりこの季節のフルーツは瑞々しさが命だな。甘みが乾いた喉に染み渡るってもんだ。
「あんたよ、あんた! 返事くらいしたらどうなの?」
しかし、変わったフルーツだな、真っ赤な果肉というのは初めて見た。しかもこの切り方、元のサイズは結構大きいな、後で店のおやじに見せてもらおうか。
「きー! どうしても無視するつもりなのね!」
ん? さっきからどうも後ろが賑やかだと思ったら、俺が話しかけられていたのか。
それにしても、色んな国で冒険者やら傭兵の真似事やら命を張ってきて、ちっとは名の売れた戦士である俺に、名乗りもせずにいきなり「あんた」呼ばわりとは、なかなか失礼なやつだな。
「なんだってんだうるさいな、俺は今、優雅な午後のティータイムというやつをだな……」
「こっちは急いでるのよ、つべこべ言わずにさっさと来なさい」
こっちの話なんぞ、聞きやしない。嫌々ながら振り向いた俺の前に一人の女が立っていた。
顔はまあ、並以上といって良いだろう。ちっときつめだが、黙ってれば美人の範疇には十分入る。
しかし、その恰好は何とかならなかったんだろうか? 胸だけの金属鎧に盾を背負って、ご丁寧に兜までかぶってるが、これが何と全部うすいピンク! 女の子の好きそうな色という意味では同意もできるが、これでは目立って仕方ない。
背中に流した金髪も、さらさらで綺麗なのは良いが、剣を振るとき邪魔だろうから、切れとまでは言わないから、せめて結ったらどうだろうか。
ついでに、こんな街中のしかも酒場の中でがっちり鎧を着込むとか、暑苦しくて仕方ない。
これが無骨な野郎だったりしたら、速攻蹴り倒して店を出てるところだ。
「だいたい俺は登録の書類なんぞ書いてないぞ」
「なに言ってんのよ、ここに居るってことは登録されたってことでしょ?」
取り付く島も無い。何を話しかけても「ようこそ」しか言わない町の門番と言い、ここの連中は人の話を聞かないのが美徳か何かだとでも思ってんのか?
とにかく向こうの言い分を聞いてやらないと、話が進みそうも無い。
「わかったわかった、で、お嬢ちゃんは俺に一体なんの用なのかな?」
「勇者さまを掴まえて、お嬢ちゃんとは失礼ね! 魔王を倒すのにあんたも連れて行ってあげるからついてきなさいって言ってんの!」
「ゆ、ゆーしゃさまだぁ……?」
俺は咥えていたフルーツを危うく落としかけた。自分で勇者とか名乗っちゃう奴も初めて見たが、この辺りで魔王とやらが暴れてるなんて話も聞いたことないんだが、この目の前のピンク色は一体どこの世界に生きてるんだ?
「わかったら、つべこべ言わずにさっさと来なさい! あと、あたしの事は『勇者さま』と呼ぶように!」
「わかったよ、お嬢ちゃん」
「勇者さま!!!」
「へいへい、それで勇者さまは一体どこに向かうおつもりで?」
俺はこの自称勇者さまの酔狂に、しばらく付き合ってやることにした。
気圧されたわけでも心酔したわけでも無い、むしろあまりお近づきになってはいけない人種のような気がひしひしとするのだが、何故か断れない。
理由は自分でも良くわからない。
「こっから西の洞窟に、悪い魔法使いが住み着いたらしいの。そいつを退治に行くわ」
こりゃまた定番というか、お約束というか……。
「わかったよ、とりあえず荷物の確認をするから、ちょっと時間をくれ」
そう言って、俺は傍らのナップザックを引き寄せると、中身をざっと確認する。
まずは洞窟に入るなら、まず必須なのが、たいまつとランタン。
ランタンは誰かに見つかりそうになったらすぐ火が消せるし、たいまつは灯り以外にも投げたり殴ったりと、これでなかなか役に立つ、両方あると心強い。
それに、罠を探るために必要な10フィートの棒、水深なんかを測るのにも便利だ。
後は、長めロープ、そして忘れちゃいけないのが、携帯食料と水……。
「なぁにちんたらやってんのよ! あんたの荷物はこれで良いの!」
荷物の確認をしていた俺の腕をぐいっと引っ張ると、勇者さまは何か小袋のようなものを押し付ける。
「ひい、ふう、みい……なんだこれ?」
「あんた戦士のくせに、『やくそう』も知らないの?」
小袋の中を開けてみると、何かの草を乾燥させて砕いたような粉が入っている。それが全部で八袋だ。
傷の手当にでも使うんだろうか、とりあえずナップザックに放り込んでおこう、さほど邪魔になる大きさでも無いしな。
しかし、俺の手はナップザックの前で、まるで壁があるかのように止まる。おかしい、さっきまでは普通に手を伸ばせたはずなのに。
「なに、へんな恰好で固まってんのよ」
「いや、こいつが何でか持てないんだ」
渾身の力を込めてみるが、俺の手はどうしてもナップザックに届かない。
「当たり前じゃない、『どうぐ』は、八つしか持てないのよ。『やくそう』だろうが『コテージ』だろうが一緒」
いや、その理屈はおかしいだろ。
「いつまでも固まってないで、行くわよ」
「いやでも、この荷物が無いと色々と困るぞ」
「そんな回復にも武器にも使えない物なんて要らないわよ」
「ちょ、待て! そんなに引っ張るなって! 俺の荷物がぁ~!」
こうして俺は勇者さまのお供として冒険に出発することになった。
……もう、どうなっても知らんぞ。俺が戻ってくるまで荷物が無事でありますように。
「……で、俺たちはここで何やってんだ?」
俺が拉致同然に連れてこられたのが昼をちょっと過ぎた辺り、で今は太陽が西の空に沈みかかってるんだが、そのあいだ俺たちが、何をしてたのかというと……延々と森の中を歩き続けていた。しかも闇雲にだ。
こんな所で無駄に時間を潰しているなど、例え神が許しても、この俺と、見捨てさせられた俺の荷物が許さん!
「見てわかんないの? レベル上げよレベル上げ」
「れべるあげ?」
「洞窟なんかに行く前にはレベルを上げておく。基本よ?」
「……基本……なのか?」
相変わらず、このお嬢ちゃんの言うことは良くわからない。
「来たわよ!」
勇者さまの声に、俺は気を引き締めて剣の柄に手をかけた。
「スライムね、ちょっと物足りないけど、まあいいわ」
「へ?」
確かに、丸っこくて目のついた妙に可愛い物体が、ぽよんぽよんと音を立てて近づいてくる。え? これ、スライム?
どっちでも良いので胸ぐら掴まえて小一時間問いただしたいところではあるが、あいにくと勇者さまと謎の物体は、すでに戦闘状態に入ってしまっている。
スライム……不定形生物で主に洞窟などに住む。天井などの暗がりに貼り付き、下を通る冒険者などに襲い掛かる。剣などで斬っても分裂するだけで全くダメージを受けず、顔に貼り付かれでもしようものなら火傷覚悟で焼き焦がすしか方法の無い、手慣れの冒険者にとっても恐るべき……
「おわったわよ」
「あ? へ?」
目の前のぽよぽよ跳ねているものとは全く一致しない知識が俺の頭の中を駆け巡っているうちに、戦闘は終了してしまったようだ。
結構グロいので、細かい描写は避けるが、勇者さまの周りには、スライムだったものが、叩き潰されて散乱している。
「まったく、せめて剣くらいは抜いたらどうなの? 役に立たないわね」
そういえば、剣の柄に手をかけたまま固まっていたようだ。
「あ、いや、すまん」
さすがにちょっと気まずくなった俺は素直に謝った。
「商人じゃないんだから、あんまり妙な行動はしないでよね。わかったら、さっさと行くわよ」
……この辺りでは商人も戦うのか、すると護衛の仕事なんてのも無いんだろうか。路銀に困ったときに移動と小銭稼ぎを兼ねられる便利な仕事なんだが。
「さあ、それじゃあ洞窟へと向かうわよ」
商人がやる妙な行動ってやつに興味は尽きないが、聞くと、また話が横道に逸れそうな予感がする。
意気揚々と進む勇者さまを追って、俺たちは森の中の行軍を再開した。