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金のランタン

16.花園より

作者: 犬猫夜行
掲載日:2026/07/16


イニッスの村のはずれのウールユーバの森に近いところに、村の子供達が“お化け屋敷”だの、“魔女の家”だのと呼んでいる古い屋敷跡があった。

それは昔、どこかから落ちのびてきた貴族が建てたという、かつては立派な屋敷であったが、建てられてからしばらくの後、火事で全焼してしまったとかで、今となっては屋根も床も抜け落ち、炎に焼かれた跡のある倒れかかった外壁が残されているのみで、屋敷跡の周りにはこれまたおおかたが崩れてしまっている、かっての屋敷の塀の残骸が残されていた。

なぜ屋敷が火事になったのかといえば、屋敷跡が“魔女の家”と呼ばれているとおり、当時そこには悪い魔女が住んでいて、その魔女を退治しようとして誰かが屋敷に火をつけたからだ、などと、子供たちの間では言われていた。

とはいっても、かっては花の咲き乱れる美しい庭園に囲まれていたというその屋敷が、どうして焼失してしまったのか、という真相は今となっては、詳しく知る者ももういなくなってしまっていた。大人たちはもちろん、壁や塀がいつ崩れてくるかわからない様なところで遊んではいけない、と子供たちに言ってはいたが、しかし、村の子供たちはそれぞれ一度は、この屋敷跡に“探検”にやって来るのが常だった。


その、野草と苔に吞み込まれてゆくばかりの廃墟に、ある日、またも“探検”にやって来た二人の子供の姿があった。

それは、イニッスの村の、淡い金髪をした男の子のソールと、これまた淡い銀髪の女の子のマーニだった。

「ねえ、やっぱりやめましょうよ」

なかば崩れている、石造りの塀の割れ目から、塀の向こうをのぞき見ようとしているソールに、少しばかり怖そうにしながら、マーニは言った。

「大丈夫だよ」

それにソールは言った。

「こっちへ来てみなよ」

ソールはマーニに手招きをした。そして二人は、金と銀の小さな頭を仲良く並べ、こわごわと塀の向こうを見つめた。

この前、ここを“探検”してみたというエルたちは、なんて事のない、ただの壊れた家があるだけだった、と言っていたが……しかし、

「……」

ソールとマーニは塀の向こうをながめて少しばかり驚いた。

なぜならそこにあったものは、彼等が他の者から聞いて想像していた様な、雑草に覆われたあばら家ではなく、見事な花園……人の手で丹念に世話をされた、真っ赤なバラの花などが咲きほこっている、なんとも見事な花園だったのだ。

こんな綺麗な花園があるなんて?エルたちはそんな事は言ってなかったけど……?

香りをあたりにただよわせ、風に優しく揺れている花々を見つめながら、ソールとマーニは思った。

「綺麗だね」

「うん……」

マーニはうなずいた。目の前に広がる花園は、たしかにうっとりとなる様な眺めだった。

が、色とりどりの花の波を見つめながら、彼女はその花園が何かおかしい様にも思えた。

具体的には何が、となると、何とも答えられないのだが……

花園を見つめているマーニに、ソールは言った。

「行ってみようよ」

「え、でも……」

「あんなに綺麗なお庭なんだもの、見せてもらおうよ、ね?」

花々をじっと見つめている彼女に、ソールは彼女が花をもっと見たいのだろうと思い、彼は彼女の手を引いて、塀の中へと入って行った。

花園は、およそ廃墟の中のものとは思えない様な手のゆきとどいたもので、きれいに舗装された石畳の道の周りには、これまたきれいに刈り込まれた芝生が青々としていて、その中に、たくさんの花々があふれかえっていた。

ソールはその見事な庭造りに子供ながらも見とれて、黒みがかるほど真っ赤なバラと、その隣の真っ白なユリを見つめた。

が、彼の横で、花々の素晴らしさに見とれながらも、マーニはあたりも見回していた。そして、彼女はあるところにふと目をとめた。

そこには、ヤマハギの花が咲いていた。そしてその下にはタチスミレが。しかし……

「…………」

それに彼女はなんだかおかしい、と思った。ヤマハギは秋の花で、タチスミレは春の花なのに……?と、その時、

「こんにちは」

その二人に、誰かが声をかけた。

二人は、声の主をふり返った。

そこには、彼等と同じくらいの年頃の、まっすぐな黒髪の女の子が立っていた。

「綺麗でしょ、私のお花畑」

少しばかり驚いている二人に、黒髪の女の子はにっこりと微笑んで言った。

「……勝手に入ってごめんよ」

少しばつが悪そうに、ソールは女の子に言った。

「すごいね。ここ、君んちの庭なの?」

「ええ」

女の子は再び微笑んだ。

女の子は仕立てのいい服を着た、裕福な家の子供の様だった。

が、ソールもマーニも、その女の子を今までに一度も見かけた事はなかった。

この子はいったいどこの子なんだろう、と思いながらソールは女の子を見つめ、そしてマーニを見た。

それにマーニも、同じ様な表情をして彼を見返した。もしかして、“魔女の家”の魔女?

いや、自分たちと同じくらいの歳の、こんな子が魔女なわけ……?

「こっちにも、まだたくさん咲いてるのよ」

だが、その二人にはおかまいなく、女の子は笑顔のまま、二人に手招きをした。

「もっと見せてあげるわ。こっちで遊びましょ?」

彼女は花園の奥へと歩きだした。

「……」

二人は少しとまどったが、互いに顔を見合わせると、女の子の後について行った。

そしてその日は一日、二人は花園の中で、黒髪の女の子と遊んでいた。が、そろそろ陽が暮れだした頃、ソールたちが帰ろうとすると、女の子はとても寂しそうな、残念そうな顔をしたため、ソールはまた明日遊びに来ると約束した。

「きっと来てね。待ってるから」

彼の言葉に女の子は嬉しそうに笑い、崩れた塀のところまで、二人を送った。

「じゃあね」

女の子は二人に手を振り、ソールとマーニも手を振りかえした。

そして少しばかり歩いてから、再びソールたちが後ろをふり返ってみると――そこにはすでに女の子の姿はなく、夕暮れのなか、塀の向こうに花の波が揺れているだけだった。


次の日、あの女の子のところへ行こうとソールがマーニを誘いにゆくと、マーニはあの屋敷跡へ行くのは嫌だと言った。

それにソールがどうしてかとたずねると、彼女は、あの庭はなんだかへンだから、と言った。

「ヘン?」

彼女の言葉に、ソールは小首をかしげた。

「へンって……どこが?」

「よくわからないんだけど……でも、何だかへンに思えるの。いろんな季節のお花がごちゃまぜに咲いてるし……空気もへンだし」

「空気が?」

「うん」

マーニはうなずいた。

「ものすごーく静かだし。何だか……何だか、だぁれもいない、どこか遠いところで、三人だけで遊んでるみたい。ソールはなんとも思わなかったの?それに……ほら、しおれちゃったお花にあの子が手をかざしたら、また綺麗にお花が咲きだしたり……あと、ポケットからどんどんお菓子を出して、私たちにくれたでしょう?でもあんなにたくさんのお菓子、ポケットに入るわけないわよ?」

「…………」

そういえば――と、彼は思った。女の子のポケットから次々と、たくさんのお菓子が出てきた事はその時は別にへンだとは思わず、あの女の子がしおれた花をまた綺麗に咲かせた事は、不思議だと思ったものの、ヘンだとまでは思わなかったが……

あの広い庭の中で、自分たち以外の姿は誰も見かけない、とても静かなところだなとは、遊んでいる時、ふと思いはした。

そしてあの女の子の後をついて走っている時、花と緑の向こうに、立派な白い大きな家が見えた事もあった。あのあたりには、そんな家はたしかなかったはずなのだが。でも……

「ねえ、ソール」

その、マーニの家の玄関先で話している二人に、マーニの母親が台所から出てきて言った。

「あのお屋敷跡に、そんなに綺麗なお庭があったの?」

「うん……」

それにソールは、やや上目使いで答えた。

マーニったら、あそこへ行ったって、話しちゃったんだな。

ソールはそう思い、叱られるのかもしれない、と思った。が、

「そう……」

ソールの言葉に、マーニの母親は彼等を叱るでもなく、不思議そうな顔で、頰に手をあてて何かを考えこんだ。そして、

「知らないあいだに、またどこかのお金持ちがあのあたりに家を建てたのかもしれないし……見に行ってみましょうか?」

と、なかば独り言の様に言い、エプロンをはずした。

それでソールは、その日はマーニの母親とマーニと共に、あの花園のあった塀の前へとやって来たのだが、しかし――

三人の立った塀の向こうには、花園など、ありはしなかった。

ただ、崩れた屋敷と塀の残骸が野草に覆われ、散らばっているだけだった。

「…………」

それに、ソールとマーニは顔を見合わせた。

そんな……ばかな??

子供ながらに、二人は呆然となった。

が、マーニの母親は、二人ほどには驚いた顔もせず、何かを考えている様な表情で、二人を家に連れて帰って行った。


それから。

ソールは時々屋敷跡に行ってはみたが、もうあの花園を見る事はなかった。

後でマーニのおばあさんから聞いた話によれば、あの屋敷に住んでいた者を焼死させようとして屋敷に火が放たれたという話はどうやら本当の事らしかったが、しかし、当時屋敷にいたのは“悪い魔女”などではなく、魔女と噂された為に、生まれ育ったところにいられなくなってしまった、ある貴族の小さな女の子であるらしかった。

しかし、屋敷が燃えてしまったというのは、マーニのおばあさんもまだ生まれていなかった様な昔の事だったため、その女の子が本当の“魔女”だったのか、そしてその時に女の子は死んでしまったのか、という事は、おばあさんも知らなかった。

『今までにもお前たちの様に、あのお屋敷跡で何かを見たって者は時々いたけどねえ』

マーニのお婆さんは言っていた。

『でもお前たちはその子と仲良く遊んだんだろう?その子も喜んでいたんだろう?だったら良かったじゃないの。きっとその子はとても寂しかったんだろうから』

ソールはそれから時が経ってしまってからでも、その屋敷跡の近くを通りかかるたびに、あの女の子が今でも崩れた塀の向こうで、自分たちを待っている様な気がした。

(だって、約束したもんなあ)

ソールはいつもそう思った。

しかしソールのそういった思いは、子供の頃の記憶とともに次第に彼の中から薄れていってしまい、今や立派な青年となった彼には、もっと別な事が彼の中を占める様になっていた。


「おお美しいマーニ、あなたが私のものになってくれるのなら、何千本もの花々をあなたに捧げるのに」

そろそろ冬になろうとしていたある日の早朝、イニッスの村の水車小屋に、ソールがマーニの家の分の、粉挽きをする小麦の大袋を担いで持って行くと、ソールと一緒に来ていたマーニに、水車小屋の息子のディンが田舎芝居の大根役者よろしく、大仰な身振りでそう言った。

そしてそれに周りにいた者たちは、げらげらと大笑いしてはやしたてた。

ソールとマーニは今でも仲が良く、よく一緒にいたが、二人とも“恋人気取り”なつもりはなく、ましてや婚約したような仲でもなかった。

しかし、今や“村一番の銀髪美人”と呼ばれるようになったマーニに、ディンが言ったその様な言葉は、ソールにはやはり面白いものではなかった。

「ソール、どうする?取られちまうぜ、お前の大事なマーニをよ!」

他の誰かがいらぬ事を言った。

しかしソールは何も言わず、ジロリと相手を睨みつけると、やはり笑っているディンの父親に小麦袋を渡し、さっさと水車小屋から出て行った。

その彼等にマーニは何も言わず、困った様な苦笑を浮かべ、ソールの後をついて行った。

そして、

「ソール」

足早に先をゆくソールに追いつき、マーニは言った。

「私……私」

彼女はソールの腕をとり、彼を見つめた。

「お花なんかいらないのよ」

それにソールは真一文字に引き結んでいた口元を少しばかりゆるめ、マーニを見つめた。


その日、陽が暮れてしばらくしてから、ソールの家にマーニの母親が青い顔をしてやって来て、マーニが昼過ぎにウールユーバの森にクルの木の実を取りに行ったきり、まだ帰らない、とソールたちに言った。

ソールはその日、水車小屋から一緒に帰ってきた後、いつもの様にやはりウールユーバの森に仕事に行ったが(ソールは今や、彼の父親と共に木こりとして働いていた)、マーニの姿は朝以来見かけてはいなかった。

そこでソールは父親と共にウールユーバの森へとマーニを探しに出た。

その日は昼間はよく晴れていたのに、夕方頃からは雲が出てきていた。その空を見上げて、ひと雨来るかもしれない、いや、もう雪かもしれないな、と彼等は思い、マーニがまだ森にいるのなら、そうなる前に早く見つけないと、と二人はそれぞれランタンを手に、ウールユーバの森の前で分かれた。

ソールはいつも彼女がどのあたりで木の実などを採っているのか、だいたい知っていた。

だがその日はいつもの場所には、マーニの姿はなかった。ソールは彼女の名を大声で呼びながら、さらに森の奥へと入って行った。

と、しばらく行くと、木々の影が暗く静まり返っている行く手に、ぽつんと、小さな金色の光が見えだした。

「……?」

光は、彼が見つめているなか、合図でもしているかの様に、時々くるくると回った。

それにソールは、自分の父親か、やはりマーニを探しに森へと入ったマーニの家族がマーニを見つけて、ランタンを振って合図をしているのかと思った。

「父さん?」

ソールは光に向かって声をあげた。だが耳をすませてみても、彼に応える返事らしき声は聞こえてこなかった。

しかし、暗闇の中で、金の光は依然として彼を導く様にまたたいていた。と、その光の元へ向かおうとしている彼の上に、白いものがふうわりと舞った。

雪だった。

そしてそれはすぐに、冷たい風とともにあたりを乱舞しはじめた。

ソールは光の元へと急いだ。だが光を見つめながら、少しばかり森が開けた所へと来ると、急にその光は見えなくなってしまった。

「?」

ソールはあたりを見回した。しかし、先程まで輝いていた金の光は、もうどこにも見えなかった。

「……」

と、ふと木々の根元に目をやると、そこにはマーニがいた。

マーニは木の根元にすわり込み、目を閉じて、彼女の頭や肩は、すでに雪で覆われはじめていた。

「マーニ!」

ソールはマーニに駆け寄り、彼女の肩を揺すった。見れば、彼女はあちこちにかすり傷を負っていて、しかもどういったわけか、彼女の木綿のブラウスの左袖は無かった。

「マーニ!!」

「…………」

彼の声にマーニは目を開き、ぼんやりとした表情でソールを見上げた。

「まあ、ソール……?」

「どうしたんだよ、こんなところで。どこか具合でも――」

その彼女に、ソールはマーニの顔色をながめた。しかし、ランタンの明かりでは、顔色まではわからなかった。

「足……怪我しちゃって」

マーニは言った。

「ソール、クルの実のパンが好きでしょう?だから、クルの実を取ろうとして木に登ったら落っこちて、足に怪我しちゃって……家に帰ろうとしたんだけど、歩いたら血がいっぱい出てきて、頭までくらくらしてきて……」

「どこだよ?」

ソールはマーニの足元をランタンで照らした。見れば、彼女の長いスカートの裾のあちこちには血がついていて、右足のふくらはぎには彼女のブラウスの左袖が巻き付けてあり、血染めとなっていたが、幸い、もう血は止まっているようだった。

「この跳ねっかえり」

怪我をしているものの、なんとか無事な彼女を見つける事が出来て、ソールは半分安心した。だが怪我はそこそこに深そうだったため、彼は今度はそれが心配になりはじめた。

「さ、こんなところにいたら、二人とも雪だるまになっちまう。早く帰ろうぜ」

ソールはマーニを背負い、歩きだした。

しかし――

ウールユーバの森を出ると、風と雪はますます吹きすさびだし、目さえまともに開けていられなくなってしまった。

森から村までの間は、風を遮るものがひとつもない野原が続いているだけのため、これならいっそ、森の木立の影へとマーニをおいて、自分一人で助けを呼びにいったほうが彼女のためにいいのかもしれない、とソールは思いはじめた。

「マーニ、大丈夫か?」

彼はマーニに声をかけた。

「……ええ」

それにマーニは、半分眠りかけているかの様な、ぼんやりとした声で応えた。

「寒くないか?」

ソールは自分の上着を彼女に着せてやろうかと思った。と、その彼に、

「ねえ、ソール」

彼女は言った。

「私……私、お花なんかいらないのよ」

「え?」

彼はその言葉に、一瞬何の事かと思ったが、すぐに今朝の事を思い出した。

「お花なんか……」

「ああ」

こんな時に何を、と思いながらソールはうなずいた。

「もう何とも思ってないよ。気にするなよ」

「私はね、ソールの、ソールの……」

が、彼の言葉はもう聞こえていない様子で、マーニはつぶやく様に言った。そしてそのまま――彼女の声は途切れてしまった。

「マーニ?」

その彼女に、ソールは呼びかけた。しかし、マーニは彼の背にぐったりともたれたまま、もう何も応えなかった。

「マーニ?!」

ソールはあわててマーニを背から下ろし、肩を揺すった。だが、マーニは依然として目を閉じたままだった。

村までにはまだ距離があった。しかしもうそんな事など言っていられない。

ソールは再び彼女を背負うと、雪の中を走りだした。と、その彼等の行く手に――

再び、あの金色の光がまたたきはじめた。

「?」

ソールは今度こそ、それは父親か他の誰かだろうと思った。

「おーい!」

彼はその明かりを目指して走った。が、やがて彼の前に姿を現したのは――


屋敷跡の崩れた塀の向こうの、あの花園だった。


「……!」

彼はその目の前のものに、思わず立ち止まった。

そして見れば、あたりにはこれだけの雪と風が唸りをあげているというのに、その花園の中にはひとひらの雪も舞ってはおらず、夜の暗闇の中で、花園全体が、ぼうっとしたやわらかく青白い光につつまれていた。

と、その彼に、

「こんばんは、ソール」

と誰かが声をかけ、花影から姿を現した。それはまっすぐな黒い髪の、若い女性であった。

「私が誰だか、わかるかしら?」

女性はソールに微笑みながら言った。

ソールは女性を見つめた。そして、

「君は……あの時の――?」

彼はあの花園で会った女の子の事を、ふと思い出した。

「ええ、そうよ。覚えていてくれたのね」

それに女性は嬉しそうに再び微笑んだ。が、次にはその笑みを消して、彼の背中のマー二を見つめて言った。

「マーニが大変な事になっちゃったわね」

「ああ、早くなんとかしてやらないと」

彼女がどうしてマーニが怪我をしている事を知っているのか、などという事を思う余裕もなく、ソールはうなずいた。

「あなたたちはここで休んでいなさいな。ここなら凍えることはないから。代わりに私が知らせに行ってあげるわ」

「君一人でかい?駄目だよ、こんな吹雪の中を……」

「私なら大丈夫よ」

女性は静かな笑みを浮かべたまま言った。

「……」

その彼女を見つめ、雪の中でも常春の様に暖かな花園を見回し、そして子供の頃のあの時の事も重ねて思いながら、ソールはたずねた。

「ここの花園は……君は――君はやっぱり魔女で……それで、この家ごと……?」

「……いいえ」

彼の言葉に、彼女はゆっくりと首をふった。

「私は魔女なんかじゃなかったわ。周りの人達がそう言っていただけ。そりゃあ、私のいる部屋では、お皿や花瓶が時々飛んだり跳ねたりはしたけど。それで、よく人を驚かせてしまって。でも……」

彼女は何かを思っているかの様に、少しばかり言葉を詰まらせて言った。

「私は、魔女なんて言われるような、人から恐れられる様な、悪い事や恐ろしい事なんて、しなかったわ。私は、どこにでもいる、普通の子供だったのよ。だから普通の子供と同じ様に、お父様やお母様のそばにいたかったのに……」

「じゃあ……」

彼女の言葉に、ソールは言った。

「ずいぶんひどい目に遇ったんだな」

彼は気の毒そうに彼女を見つめた。

その彼に、彼女は少しばかり意外そうな表情をして、それから再び微笑んだ。

「ソール、あなたはいい人ね」

「?」

「あなたたちに会えてよかったわ。私がここに来た頃、あなたたちに会えてお友達になれたら、もっとよかったのに。……ここで待っててね。じゃあね。さよなら」

彼女は、寂しさと悲しさと嬉しさが入り混じった様な笑みを浮かべたまま、くるりと彼等に背を向けると、花園の外へと――崩れた塀の外へと、出て行った。

「おい?この中を、一人でなんて……!」

その彼女を、ソールは止めようとした。

が、彼女の姿は、すぐに暗闇に吹き荒れている雪風の中に消えてしまった。


暖かな花園でソールが何度もマーニに呼びかけていると、彼女はようやく目を覚まし、それからしばらくして彼等の元へと、家族たちが迎えに来てくれた。

そして人々が彼等を見つけた時には、気がつけば、ソールたちのいたところはすでに花園などではなく、ただの雪が降り積もっている、あの屋敷跡でしかなかった。

ソールはそれにしばし呆然となってしまったが、その彼に、彼等が屋敷跡にいると知らせに来たのは、このあたりでは見かけた事のない黒髪の娘だったと、彼等の親たちは言った。

それからソールとマーニが無事に家へとたどりつくや……家人の留守の間に、ソールの家の中にも、マーニの家の中にも、

部屋中に色とりどりの花々が敷きつめられ、あふれかえっていた。

「……」

それを見つめ、両親ともども、ソールはまたも驚いた。

と、その時、


『ありがとう。二人とも、どうかお幸せに』


と、あの女の子の声が聞こえてきたような気が、ソールにはした。





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