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私宛ではない手紙

作者: 有梨束
掲載日:2026/06/28

『元気にしているだろうか?

こちらは順調に仕事を終わらせているよ。

あと、ひと月もあったら帰れそうだ。


これも君の協力のおかげだ、本当にありがとう。


ところで、そちらの様子はどうだろうか?


前回の君の報告を見る限り、何も問題なさそうだけれど、もし何か困っていることがあったらすぐに知らせてほしい。


君はひとりでも解決できてしまうのだろうけど、少しは頼られたいな。


今回は仕事で家を空けていて、家のことは君に頼っている僕では、説得力がないかもしれないけれど。



それと、僕は君に会えなくて、とても寂しい。

早く会いたい気持ちだけで、仕事を捌いているよ。


君が恋しいよ。




昨日、夢の中で君に会ったんだ。


僕の贈ったドレスを身に纏って、星空の下でくるくる回っている君は、星より美しかった。


僕はどんなに近づこうとしても近づけてなくて、手を伸ばしても君に触れられなかった。


まるで、今の状況みたいだ。

もうふた月も君のそばにいられていない。

寂しさが募るばかりだ。


夢の中で君の名を呼んだけど、君は僕に向かって微笑むだけだった。


それだって、とても素敵な笑みだったけれど、切なくてたまらなかったよ。



目が覚めた時に、君に会えた喜びもあったのだけれど、焦がれる気持ちと絶望に似た感情に襲われて、ますます苦しくなってしまった。


本音を言うなら、今すぐにでも仕事を投げ出して君の元へ帰りたいくらいだ。

そんなことをしたら、きっと君に幻滅されてしまうだろうから、僕は急いで仕事を終わらせることに努めるとするよ。


帰ったら一番に抱きしめさせてくれ。



君がいるから僕はここまでやってこられたのだなと、日々痛感している。


君に会いたいよ、それからありがとうと伝えたい。


いつもありがとう。


帰れる目処がたったら、また手紙を書きます。



君も僕に会いたいと思ってくれているといいな。




愛しい僕だけのマリルーシカへ


愛を込めて』




私は手紙を読み終えて、「ああ、そういうことだったのね…」と腑に落ちた。



それにしても、このインク綺麗だわ。

この国では見ないから、向こうの国のものなのかしら。


素敵ね、私も欲しいわ。


手紙の文字をさらっと指先で撫でて、思わず肩を竦めてしまう。



でも、これ、残念ながら私宛ではないのよね。


最後に宛名が書かれていたから、気にせずに読み進めてしまったわ。


そりゃあ、変だなぁ…とは思っていたわよ?


う〜ん、なんだか罪悪感を覚えるわね。



「お姉様、どうかしたのですか?」

私が一人難しい顔をしていると、妹が顔を出した。


「その手紙は、お姉様の婚約者様から?」

「ううん、どうやら私宛じゃなかったみたいで」

「どういうこと?まさか、浮気…!?」

「違うわよ。あなた、小説の読みすぎよ」


勝手に話を膨らまそうとする妹の額を軽く小突いて、嗜める。


妹はかわいく舌を出すだけだった、もう調子がいいんだから。



「今朝、外国にいるお父様から家族全員に手紙が届いたじゃない?」

「そうね、私もさっき読みましたよ」

「どうやら、これ中身はお母様宛だったみたいで」

「え?」


妹がきょとんとするので、私は手紙とそれが入っていた封筒を見せた。


見てもらった方が早い。


「本当だ。封筒はお姉様宛だけど、中は違いますね」

「そうなの。てっきり私宛かと思ったのだけれど。封をするときに中身を入れ間違えたみたいね」


私がもう一度肩を竦めると、妹も困ったように笑った。


どうやらお母様宛のラブレターだったみたいだ。



「それにしても…、なんですかこの甘酸っぱい内容は」

「お父様って、熱烈だったのね」

「今時、小説でもこんな甘々じゃありませんよ」

「あなたが好んで読んでいるのは、浮気略奪ものばかりじゃない」

「失礼な!純愛だって読みますよ、今ハマっているのが、浮気逃避行ものってだけです!」

「そうですか」


私は、妹の手から手紙を取ると、それを丁寧に封筒に戻した。


「といっても、お母様も今日は朝からお出かけしているから、渡すのは先になりそうね」


私は、今朝早く家を出て行ったお母様の背中を思い出す。


手紙が来る前に出かけたから、おそらく私宛の手紙が入っている方はまだ開けられてもいないだろう。


私の手元に来るのも、まだまだ先のようだ。

私には結局なんて手紙をくれたのかしらね。



「お父様の留守の間、領地の仕事を代理でしているんですもの。忙しいのに悪いですよ」

「そうね、お父様はガッカリでしょうけど」

「項垂れるお父様、想像がつきませんね」

「お母様はきっとたくさん見ていそうね、この手紙の感じだと」

「デレデレのお父様、見てみたいような怖いような…」


そう言う妹と目が合って、同時に吹き出してしまった。


「早くお2人とも帰ってくるといいですね」

「ええ、無事に帰ってくるといいわね」



数日したあと、お母様と顔を合わす機会があったので、手紙のことを話しておいた。

すぐに開封して中身だけを手渡してくれたので、私も渡して交換した。


ようやく本来の場所に辿り着いた手紙を見て、ほっとしたような気持ちになった。



お母様には「勝手に読んでしまってすみませんでした」とお伝えしたけれど、大丈夫だったかしらねぇ。



ちなみに、本当の私に向けての手紙には『こちらの国のインクで手紙を書いてみたのだけれど、どうだろうか?お前が好きそうだと思って、お土産にいくつか買ってある。楽しみにしておいてくれ』と書かれていた。


さすが、お父様。


とっても楽しみになりましたわ。



ご無事のお帰りを、家族みんなで待っていますね。






お読みくださりありがとうございました!

毎日投稿179日目。

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― 新着の感想 ―
ほぼ皆様と同じ感想。 婚約者の浮気か?! → 相手は妹か? → 妹はフェイントだった! → 父から母への手紙だった!! → ほっこり(*´∀`*) こんな手紙を読んだ娘達は自分達もこういう…
こういうほっこりした笑えるお話は良いですね。 タイトルからすると『浮気か?』みたいな印象があったので良い意味で裏切ってくれました。 最近のなろうは同じペーストの小説(しかもAI臭のする淡々としたモノ)…
普段のお父様の言動によってはこれまで築いてきた「当主でもある父親像」も粉々になりかねない、ポエマーな手紙かぁ。 これ、お父様が帰ってきて(さすがに帰る前に手紙で伝えたら仕事でミスしそう)、「そう言え…
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