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悪役令嬢になりたい彼女とヒロインにされた私

作者: 春日野 梛
掲載日:2026/06/12

5000文字程度の短編です。

楽しんで頂けると幸いです。


それは学院の食堂で昼食を取っていた時の事でした。


この国の筆頭公爵家のご令嬢、キャロライナ・ビーツ様が私を指差して言うんです。


「貴女!男爵家の庶子で男爵夫人が亡くなったから、男爵の愛人であった母親と共にクリミナ男爵家に引き取られたレイファ嬢ね!」


何なんでしょう?私の経歴を大きな声で知らしめてくれちゃいまして、周りの皆さんキョトン?ですよ。


「そうですが何か?」

「ふふっ貴女、ヒロインにおなりなさい!」


「はぁ?」


「貴女はヒロインとなって、家では義姉に虐げられ学院では、わたくしに虐められ、それを助けた殿下と恋に落ち、わたくしはざまぁされるのですわ!」


あの〜この人、馬鹿なんでしょうか?確かに男爵家に引き取られて義姉が出来ましたよ?でも、お義姉様との関係は良好で今も横で一緒にご飯食べてますが。


「あの〜ビーツ公爵令嬢、私はお義姉様に虐げられていませんが?むしろ、可愛がって貰ってますよ」


今度はお義姉様に向かって指差し言うんです。


「貴女がレイファ嬢の義姉ね!レイファ嬢を使用人扱いしなくては駄目よ!」

「どうしてでしょう?何故私が可愛い義妹を虐げなくてはならないのでしょうか?」


「そう決まってるの!」


この人、本当に大丈夫なんだろうか?確か王太子殿下の婚約者だったよね。


「分かったわね。明日から貴女をヒロインにする為に画策するから覚悟なさい!」


「???」


そう言い捨てて、ビーツ公爵令嬢は立ち去った。


「お義姉様、どうしましょう?」

「そうね、我が弱小男爵家では、ビーツ公爵家に逆らえないわ。仕方ないから従いましょう」

「じゃあ、家で使用人やれば良いですが?」

「そんな事しなくて良いわよ。服だけはメイドの物にしましょう。レイファに前から着せてみたかったの。きっと可愛いわ」

「…お義姉様…」



実は現男爵はお義姉様なのだ。


私たちの父の男爵が私と母を連れて男爵家に来た時、娘の私には罪は無いが男爵は不貞を働いていたのだからと、お義姉様は爵位を譲るように迫ったのだ。


その時のお義姉様はカッコよかった…。 


そして、男爵は元男爵となり母と共に王都の隅で暮らしている。母は『貴族なんて堅苦しくて嫌だったのよね。あの人さえ居てくれるのなら、何でもいいのよ』と。

 

母はあんな男でも父を愛しているらしい。


そして、私はお義姉様に引き取られ男爵家で生活している。お義姉様は私を虐げるどころか、義妹として大切にしてくれているのだ。


いくら公爵令嬢の命令とはいえ、お義姉様に虐げられているなんて言う噂が流れるのは不本意だ。


明日から私はヒロインにされるらしい。どうしたものか…。


ー ◆ ー


放課後、帰り支度をしていると教室にビーツ公爵令嬢がやって来て、私を連れ出した。


「良いこと、間も無く王太子殿下がここを通られます。貴女は殿下の前で転びなさい」

「どうしてですか?」


「貴女と殿下の出会いの機会を作るのです」

「はぁ…」


曖昧な相槌をうつ。


「殿下が来ましたわ!ほら転びなさい!」

「あわわわわわわ!」


ドンッと、いきなり突き飛ばされて、王太子殿下の前に転がり出てしまう。


「…痛ったぁ…」


倒れた際に手を擦りむいた。何するんだ、この人は。ビーツ公爵令嬢はさっと柱の陰に隠れた。


「大丈夫かい?」


王太子殿下に手を差し伸べられる。おそれ多いが、手を取らないと駄目なんだろうな…。仕方無く殿下の手を取り、立たせて貰う。


「ありかとうございます」


「次からは気を付けて転ばないようにね。では僕は行くから」


「はい、失礼しました」


殿下が校舎の中に消えていった直後、ビーツ公爵令嬢が私の側に戻って来た。


「どう?殿下は素敵な方だったでしょう?好きになりました?」


なるわけ無いじゃない。男爵令嬢には雲の上の方だ。


「まぁ…、素敵な方でしたね」

「そうでしょう!殿下は素晴らしい方なのです。殿下に恋しない令嬢はいませんわ!」


そんな事ないわ!と突っ込みたい。


「劇的な出会いは出来ましたわね。殿下もきっと今頃は貴女が気になっているはず。明日は第二段階に進みますわよ。よろしくて?」


「はぁ…」


「ではご機嫌よう」

「ご機嫌よう」


ビーツ公爵令嬢は校舎の中に戻って行った。明日は第二段階って何の?まったく意味が分からない。


「帰ろう…」



屋敷に戻るとお義姉様は私の手の怪我を見つけ、お義姉様自ら手当して下さった。


「我が男爵家に力が無いせいで貴女に苦労を掛けるわね」

「良いんです。下町にいた頃の生活に比べたらここは天国です。お義姉様はお優しいですし」


お義姉様に頭を撫でられた。この優しいお義姉様の為なら、ビーツ公爵令嬢に従うのも吝かではない。 


ー ◆ ー


「レイファ嬢!お待ちなさい」


あ〜待ちたくない。


「ご機嫌よう、ビーツ公爵令嬢」

「ご機嫌よう。今日はこれを持って生徒会室にいる殿下に会いに行きなさい」

「なんですかこれ?」

「わたくしが焼いた殿下のお好きなナッツ入りのクッキーですわ。それを渡して『昨日は助けて頂きありがとうございます。これ私が焼いたんです。お礼にどうぞ』って言うのよ!」


…殿下が私みたいな見ず知らずの女から渡されたクッキーを食べる訳ないじゃない。


「…分かりました」



「さあ、ドアをノックするのです」


生徒会室の前まで引きずって来られてしまった。仕方無くノックする。生徒会の役員の一人が扉を開けてくれた。


「えっと…君は?」

「レイファ・クリミナです。殿下にお会いしたいんです」


役員の人は殿下に目配せをして、私に部屋の中に入るよう示した。普通は知りもしない女生徒を生徒会室に入れたりしないよね。


「失礼します」


殿下の前まで進み、ビーツ公爵令嬢から指図されたセリフを棒読みする。


「『昨日は助けて頂きありがとうございます。これ私が焼いたんです。お礼にどうぞ』」


クッキーの包みを差し出す。


「ありかとう。頂くよ」


殿下は何の躊躇も無く受け取って、挙句に一枚食べた。


「殿下、どうして食べたんですか?」

「だって、これは僕にくれたんでしょう?」

「でも知り合いでもない、私の差し出した物を食べるなんて不用心すぎませんか?」


無礼を承知で言ってみる。


「これ焼いたのキャロでしょ?僕の好きなナッツ入りのクッキーだもの」

「殿下は分かってて…。説明して頂けませんか。ビーツ公爵令嬢がこんな事をする理由を」


「いいよ。君は関係者だものね」




先日、殿下とビーツ公爵令嬢は観劇に出かけたらしい。


その劇と言うのが、王子が学院で出会った庶子で男爵家に引き取られたばかりの、天真爛漫な令嬢に興味を持つ。


それを面白く思わなかった王子の婚約者の公爵令嬢が男爵令嬢に酷い虐めを行う。王子に虐めから助けられた男爵令嬢はだんだんと彼に惹かれていく。


王子も虐めにも挫けず頑張る男爵令嬢に惹かれていく。


そして、卒業パーティーで公爵令嬢は断罪され、王子と男爵令嬢は真実の愛で結ばれると言うものだった。


「これを観た後につい言っちゃったんだよね。僕も真実の愛を手にしてみたいって」


…元凶は貴方ですか殿下。


「キャロは頭良いのに僕の事になると馬鹿になるんだよね。妙な事を始めたせいで、僕との婚約を考え直した方が良いんじゃないかって周りが言うんだ。僕はキャロを手放す気は無いのにさ」


「で、私はどうしたら良いんですか?」

「もう少しキャロに付き合ってあげてよ」

「でも、男爵家に迷惑が掛かるような事は困るんです」 

「大丈夫、男爵家の名誉は傷付けないし、褒賞金も出すよ」

「本当ですね?」

「誓約書でも書こうか?」


ここまで殿下に言われたら従うしかないじゃない。


「分かりました」

「では、明日から劇の様に君と僕の距離を詰めて行こうじゃないか」



まったく、とんでも無い事になったもんだ。


ー ◆ ー


翌日から私と殿下はなるべく行動を共にする事になった。けれど、劇の様に殿下に恋心を持つ事はない。


時折、私と殿下を切なそうな顔で見ているビーツ公爵令嬢を見かけるようになった。


それでも劇をやり切るつもりなのか、私の前ではいつも通りのビーツ公爵令嬢で現れる。


「おーほほほほ、レイファ嬢見つけましたわ。さあ、これを持ってゴミ捨て場にお行きなさい。そして、途方に暮れた顔をするのです!」


渡されたのはビリビリに破られた教科書。私の物ではない。


「あの…これは?」

「破られた教科書ですわ」


そんな事は分かってるって、聞きたいのはそんな事じゃない。


「これで何をすれば…」


「ゴミ捨て場にいれば殿下が来て下さるわ。そうしたら、教科書を誰かに破られたと言いなさい。殿下は必ず助けて下さるでしょう」


「はあ…」


「分かりましたね。必ず行くのですよ」


何故そんな辛そうな顔をしてまで、こんな事をするの?殿下の事、好きなんだよね?ビーツ公爵令嬢。


殿下、信用してますからね。ビーツ公爵令嬢を断罪なんてしないで下さいよ。


ー ◆ ー


今日はこれか。校舎脇を歩いていると上から水が降ってきた。制服はボトボトだ。二階から下を覗くビーツ公爵令嬢がいる。


「まあ、何て見窄らしい事。殿下に近付く泥棒猫にはお似合いよ!」


おーほほほほほほ!と高笑いしながら彼女は窓際から離れた。


「すまないね。さあこれで拭きなさい」


背後から現れた殿下にタオルと着替えを渡される。見てたなら彼女を止めて下さいよ、と思わなくも無い。


「殿下、良いんですか?ビーツ公爵令嬢が私を虐めてるって噂になってますよ」

「そうだね。そろそろ最後の見せ場になるだろうしね」


ー ◆ ー


「今日で虐めは最後です。さあ悲鳴をあげて、ここに寝転びなさい」


そして、ビーツ公爵令嬢は階段の上に上がった。


私に階段下に寝転べと?これではまるで、彼女が私を突き落とした様に見えてしまうではないか。


「ビーツ公爵令嬢!これは出来ません」

「良いから、おやりなさい!最後の命令よ!」


多分、何を行っても聞いてくれ無いだろうな。仕方無く悲鳴をあげて寝転ぶ。 


ここに駆け付ける誰かの足音が聞こえた。


「大丈夫か?レイファ嬢!」


殿下の声が聞こえる。


「ビーツ公爵令嬢!君がレイファ嬢を突き落としたのか!」

「ええ、殿下に近付く虫を退治しただけですわ」

「公爵令嬢とて許される物ではない!ビーツ公爵令嬢、君の罪は重い。覚悟しておくんだな」


そう言って、殿下は私を抱き上げ医務室に運んだ。怪我なんてしてないのに…。


ー ◆ ー


とうとう今日は劇の中ならば公爵令嬢が断罪される卒業パーティーだ。


「ビーツ公爵令嬢、君は僕と親しいと言う理由だけでクリミナ男爵令嬢に虐めと言う卑劣な行為を行った。そんな心卑しき女とは結婚できない!」


殿下は劇さながらにビーツ公爵令嬢に罪を突きつける。


「故に僕は君との婚約を破棄し、ここにいる真実の愛、クリミナ男爵令嬢レイファと婚約を結ぶ。そしてビーツ公爵令嬢、お前は国外追放だ!」


「婚約破棄並びに国外追放、承りました。今までありがとうございました」  


見事なカーテシーをして、ビーツ公爵令嬢は広間を去ろうとする。



「さて諸君!劇は楽しんで頂けただろうか?今回、僕の悪ふざけに乗って見事な悪役令嬢を演じてくれたビーツ公爵令嬢に拍手を!」


殿下の言葉に広間から割れんばかりの拍手がおこる。


「えっ?えっ?えっ?」


目を白黒させているビーツ公爵令嬢が面白い。そんな彼女を殿下は迎えに行き壇上に引き上げた。


「ごめんねキャロ。僕が劇の様な『真実の愛』を体験したいと言ったから、何ヶ月も掛けて、こんな大きな舞台を作ってくれたんだね」

「殿下、劇などではなく真実の愛を…」


殿下は彼女の口を指で押さえる。


「そう君の献身の中に僕は真実の愛を見付けた。愛しているよキャロ」


「おめでとうございます。ビーツ公爵令嬢!」

「レイファ嬢、貴女は殿下と恋仲では?」

「劇の中で、ですよね?」


「わたくし、殿下の為に悪役令嬢になりたかったんですのに…」

「僕の真実の愛、悪役令嬢」


そう言って殿下はビーツ公爵令嬢の額に口付けをした。


そうして再び大きな拍手に包まれる。


盛況のうちに卒業パーティーは無事終了した。


ー ◆ ー


殿下とビーツ公爵令嬢の婚約は破棄される事も無く、数カ月後には結婚式を挙げるそうだ。


あの後、ビーツ公爵令嬢から謝罪された。


「わたくし、本当に殿下の為に悪役令嬢になって『真実の愛』を差し上げたかったんですの。でも殿下はそんな事は望んでいなかった。レイファ嬢、貴女には迷惑を掛けました。ごめんなさい」


「良いんですよ。殿下から沢山褒賞金を頂きましたし」


クリミナ男爵家は殿下から褒賞金を貰って、すご〜く潤った。私はお義姉様から褒められたし。


「これからはお友達になって下さる?」

「私で良いんですか?」

「勿論よ!」

「でしたら是非」


私の答えにビーツ公爵令嬢は優しく微笑んでくれた。


公爵令嬢…いずれ王太子妃、最後には王妃になる人の友達が男爵令嬢…ま、いっか。



殿下のヒロインは私ではなく貴女ですよ。キャロライナ様。




Fin

最後まで読んで頂きありがとうございます。



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