誰も並ばない窓口
「お婆さん、はいどうぞ! ルビーアップルです!」
「おやまぁ、ありがとうねぇ。本当に助かったよ」
お婆さんからギルドの完了書にしっかりサインを貰ったひよりは、一仕事を終えた充実感で胸をいっぱいにしながら、再び冒険者ギルドの重厚な扉を押し開けた。
「ふぅ……!」
一歩中に入ると、夕方に差し掛かったギルド内は、依頼を終えて戻ってきた冒険者たちで昼間以上の熱気に包まれていた。
受付カウンターには、完了処理を待つごつい男たちや強そうな魔法使いが長い列を作っている。
ひよりは自分の番を待とうと最後尾を探したが、ふと不思議な光景に気がついた。
並び立つ5つの受付窓口のうち、左端の1つだけ、なぜか誰も並んでおらず完全にぽっかりと空いているのだ。
ひよりは小首を傾げ、心の中で相棒に尋ねた。
(ねえキュア、なんであの受付だけ誰も並んでないんだろ? あそこにいけば、すぐ終わるのにね)
頭の中でキュアも腕を組むように唸る。
『うーん、僕にもわからないな。何か特別な手続き専用の窓口か、それとも……』
「うーん……。まぁ、行ってみよ!」
考えるのが面倒になったひよりは、10歳児らしい素直さと明るさで、その誰もいない窓口に向かってズンズンと進み始めた。
その瞬間、周囲の空気が凍りついた。
並んでいたベテランの冒険者たちが、ひよりの行動を見て一斉にギョッと目を見開く。
「おい、嘘だろ……あのお姉ちゃん、あそこに行く気か!?」
「誰か止めろ! ……いや、下手に声を出したらこっちまで巻き添えを食らう!」
冒険者たちは窓口に聞こえないよう必死に声を殺しながら、ひよりに向かって顔を歪め、
「戻れ! そっちはダメだ!」
と激しく目配せを送ってきた。
けれど、ひよりは周囲の必死のサインを完全にスルー。
(うわぁ、みんななんだか変な顔をしてこっちを見てるなぁ……。やっぱりわたしのこの胸、おっきすぎて目立っちゃうのかな?)
相変わらず大人の男たちの畏怖と下心の区別がつかないひよりは、歩くたびに胸を揺らしながら、迷いなく窓口の前に立った。
【強面の受付係】
「あのっ、すみません! 依頼の完了書を貰ってきました!」
ひよりが元気よく声をかけると、窓口の奥から、ゆっくりと信じられないほど大きな体が起き上がった。ずっと俯いて書類を処理していたようだ。
そこに座っていたのは、他の窓口にいる綺麗なお姉さんたちとは真逆の、顔じゅうに無数の傷跡刻まれた、筋骨隆々の超ごつい怖そうなおっさんだった。
おっさんは、新入りのひよりを威圧するように、鋭い眼光でじろりと見下ろしてくる。
ひよりは内心で
(うわぁ……! 他のところはお姉さんなのに、ここだけ凄く強そうなおっちゃんだ。みんなお姉さんが良くて並んでなかったのかな? それとも、このおっちゃんが怖かったから?)
と、場違いな納得をしていた。
おっちゃんは無言のまま、ひよりが差し出した完了書を大きな手でひったくるように受け取った。
怒鳴られるかと思いきや、男は意外なほど手際よく、太い指先で書類を確認し、スタンプをドンと突いて処理を進めていく。そして、カウンターの上にチャリン、チャリン、チャリンと、輝く銅貨を3枚滑らせた。
「……おい、魔法使いの姉ちゃん」
地響きのような低い声でおっちゃんが呟く。
「はい?」
「あんた、その立派な魔力と佇まいをしておきながら、なんで魔法を使う依頼をやらねえんだ? 『街中のおつかい』なんてのは、ガキの小遣い稼ぎだぞ。ギルドを舐めてんのか?」
凄むような言葉だったが、ひよりは怯むことなく、10歳の純粋な目でまっすぐおっちゃんを見つめて返事をした。
「だって、わたし今日初めてギルドに来たばかりの初心者なんだもん。だから、まずは絶対に危なくないことから選んだの!」
「……ほう」
おっちゃんは一瞬、面食らったように目を見張った。この窓口の担当者はギルドの元・鬼教官であり、荒くれ者たちすら恐れる存在だったのだ。
それを、20歳の美女の姿をしたひよりが、一切の恐怖も見せずに堂々と(中身が子供なだけだが)言い返したのである。
おっちゃんはふっと鼻で笑うと、さっきまでの威圧感を消して、ぶっきらぼうに言った。
「初めてか。なら堅実な判断だ、悪かねえ。だがな、外に行くなら初めに『防具』を買いな。魔法使いだからって、裸同然の布切れ一枚じゃ、いざって時に一発で死ぬぞ」
それだけ言うと、おっちゃんはひよりに関心を失ったように、さっきまでしていた手元の事務作業を再開した。
これ以上話しかけちゃいけない雰囲気を感じ取ったひよりは、銅貨3枚を大事に握りしめ、ニコッと笑った。
「うん、わかった! ありがとう、おっちゃん!」
【謎の「度胸」】
ひよりが受付を離れると、固唾をのんで見守っていた周囲の冒険者たちから、一斉にホッとしたような長い溜息が漏れた。
その中の一人が、遠ざかるひよりの後ろ姿を見つめながら、ポツリと呟く。
「……おいおい、あの魔法使いのねえちゃん、すっげえ度胸だな……。あの『鬼のゴルド』を前にして、一歩も引かずに笑顔でおっちゃん呼ばわりかよ……」
「新人のフリをした、とんでもない大物なんじゃないか……?」
ざわざわと静かにどよめくギルドのホール。
ひよりは「ん?」と不思議に思って周りを見回した。みんなが自分の方を見てヒソヒソと話しているので、どうやら自分のことを言っているらしいことだけは分かった。
(すっごい度胸……? わたしのことかなぁ?)
ひよりは、おつかいで道に迷いかけ、借金に怯えて泣きそうになっていた自分を思い出し、首を傾げた。
(わたし、ただおつかいをして、受付のおっちゃんとお話ししただけなのに。何がそんなに度胸があったんだろ?)
自分の初めての稼ぎである銅貨3枚の重みを感じながら、ひよりは「まぁいっか!」と小さく笑った。
その弾みで、豊かな胸が心地よく揺れる。
頭の中でキュアが
『……うん、結果オーライ。ひより、早くあの魔道具屋さんに戻ろう。あそこなら安心だ』
と安堵の声をあげるのを聞きながら、ひよりは一晩の宿と新しい仕事が待つ、あの妖艶な店主の店へと再び歩き出すのだった。
【魅惑の裏路地と、キュアの葛藤】
「ねえキュア、こっちから行ったら、さっきの門番さんのところを通らないで、まっすぐ魔道具屋さんに行けそうじゃない?」
ギルドを出たひよりの目に飛び込んできたのは、建物の隙間にひっそりと伸びる、薄暗く細い裏路地だった。
正規のルートだと、一度正門まで戻ってV字型に大きく回り込まなければならない。けれど、この裏道を使えばダイレクトに突っ切れる気がしたのだ。
頭の中で、キュアが慌ててストップをかける。
『ちょっとひより、裏路地は治安が悪いかもしれないから危ないよ! 大通りを行きなさいって!』
「えぇ〜、近道なんだもん。ダメぇ〜? お願いっ……」
ひよりは誰も見ていないのをいいことに、藍色のローブの下で、はち切れんばかりの爆乳を
「ぷるんっ」
と甘えるように揺らしながら、上目遣いで心の中の相棒におねだりした。
その破壊力抜群の姿(中身は10歳)に、キュアはそれ以上強く言い返せなくなってしまう。さっきの寄り道が結果的に門番の魔の手からひよりを救ったこともあったし、何より自分で『自由にしていいからね』と言ってしまった手前、すぐに前言撤回するのも気が引けたのだ。
『はぁ……わかったよ。その代わり、少しでも変な人が出たり、危ないって思ったりしたら、すぐにその大人の脚で走って逃げるんだよ? わかった?』
「はーい!」
本当に分かっているのか怪しい、けれど最高に元気な良い返事をして、ひよりは一歩、薄暗い路地裏へと踏み出した。
キュアが周囲の物陰をピリピリと警戒する中、ひよりは少しだけ緊張しながら狭い石畳を歩いていく。
しかし、いざ進んでみると、そこは恐ろしい無法地帯などではなく、地元の人々が生活するディープな裏街だった。
ひっそりと佇む小さな隠れ家風の料理屋や、勢いよく水が湧き出る共同の水飲み場があり、どことなく冒険心をくすぐる空間が広がっている。




