第9話『運命を切り開く一振り』
翌朝。
タクミとリナは、昨日訪れた鍛冶屋の扉を押した。
ガラン、と鈴が鳴る。
「よぉ、来たな」
奥から響く低く太い声。
ヴォルドが腕を組んで立っていた。
「おはようございます」
「おはよう、ヴォルドさん」
二人が頭を下げると、ヴォルドは無骨な手で布に包まれた物をカウンターに置く。
「できてるぜ」
「嬢ちゃんの弟子……いや」
ヴォルドはタクミを見てニヤリと笑う。
「もう立派な冒険者か」
「いえ、まだまだです」
そう言いながらも、タクミの視線は自然と布に吸い寄せられていた。
「さぁ、開けてみな」
タクミはそっと布をめくる。
そこにあったのは――
黒鉄のような深い光沢を放つ短剣だった。
柄にはウルフの牙が巧みに埋め込まれている。
飾り気は少ない。
だが、無骨で洗練された美しさがあった。
「これが……」
「お前が一人で仕留めたウルフの牙だ」
ヴォルドが腕を組む。
「初陣の証ってやつだな」
「持ってみろ」
タクミは短剣の柄を握った。
冷たい金属。
だが、すぐに体温に馴染んでいく。
(……なんだこれ)
握った瞬間、違和感が消えた。
重さも、長さも、まるで最初から自分のために作られたみたいだ。
(異様にしっくりくる)
思わず目を見開く。
「どうだ?」
「……すごく手に馴染みます」
「ははっ」
ヴォルドが豪快に笑った。
「やっぱりな」
⸻
「正直に言えばな」
ヴォルドは少し肩をすくめた。
「最初はただの思いつきだった」
「新米に特注武器なんて、普通はやらねぇ」
「じゃあ、どうして……?」
タクミが尋ねると、ヴォルドは鍛冶場の奥に視線を向けた。
そこには古びた大きなハンマーが立てかけられている。
「職人ってのはな」
ヴォルドはゆっくり言った。
「作りたいと思った瞬間が仕事の時なんだ」
「え?」
「お前が持ってきた牙を見たとき、思ったんだ」
ヴォルドは牙を軽く指で叩く。
「この牙は、このガキの刃になりたがってるってな」
リナが目を丸くする。
「牙が……?」
「馬鹿馬鹿しいだろ?」
ヴォルドは笑った。
「だがな、長年鉄と火に向き合ってると、不思議と分かるもんだ」
そして真っ直ぐタクミを見る。
「この短剣に特別な魔法はねぇ」
「だが、お前の手には誰よりもしっくりくる」
「元はお前が仕留めた獲物だ」
「お前と共に戦った証だからな」
タクミは短剣を見つめる。
黒銀の刃が、静かに光っていた。
(特別な力はない……か)
だが、不思議と満足感があった。
(それで十分だ)
(これが俺の……最初の相棒だ)
タクミは深く頭を下げる。
「ありがとうございます」
「大切に使わせていただきます」
ヴォルドは鼻を鳴らした。
「ふん」
「いい目してやがる」
「壊すなよ」
どこか嬉しそうだった。
タクミは短剣を鞘に収める。
腰に下げると、不思議な安心感があった。
ヴォルドが言う。
「だがな」
「気を抜くな」
「この世界じゃ武器の出来より使い手の腕がモノを言う」
「……はい」
タクミはしっかり頷いた。
⸻
二人は鍛冶屋を後にする。
街道を歩きながら、リナが横をちらりと見る。
「タクミ」
「いい顔してる」
「そうですか?」
「ええ」
リナは微笑んだ。
「その短剣、きっとあなたを強くしてくれる」
(強く……か)
タクミは腰の短剣に手を添える。
(本当に強くなれるのか)
まだ分からない。
だが――
昨日より確実に前に進んでいる。
そんな気がした。




