第7話『運命のステップ、血塗られた森で』
朝。
タクミは小さく息を吐き、ギルドの扉を押した。
重たい木の扉がきしむ。
中ではすでに多くの冒険者が集まり、朝から酒を飲む者、装備を整える者、依頼を吟味する者で賑わっていた。
(ギルドって……想像よりずっと騒がしいな)
そんな中、リナは迷いなく掲示板へ向かう。
1枚の依頼書を剥がし、振り返った。
「タクミ、今日の依頼はこれにしようと思う」
紙を差し出す。
【近郊の森でウルフの群れを討伐】
「ウルフは数も多いし、初心者が腕試しするにはちょうどいい相手よ。何匹か狩れば素材にもなるし」
「……初心者って言葉がちょっと怖いですね」
リナが笑う。
「昨日あなたが倒したウルフだけど、もしかしたらたまたまだったかもしれない」
「でも、運も実力のうちよ」
「集団じゃなければ私がフォローするから」
(運も実力、か……)
タクミは苦笑する。
(今の俺には、皮肉に聞こえるな)
⸻
街を出てしばらく歩くと、森の入り口が見えてきた。
リナは腰のベルトから短剣を外す。
「これ貸してあげる」
「私の護身用の予備だけど」
「いいんですか?」
「失くしたら弁償ね」
「……気をつけます」
⸻
森に入ると空気が変わった。
湿った土の匂い。
木々が光を遮り、昼間なのに薄暗い。
鳥の声が急に止んだ。
「……来るわ」
リナが小さく呟いた。
次の瞬間。
茂みから現れたのは――
3体のウルフ。
灰色の毛並み。
鋭い牙。
赤く光る瞳。
「くっ……3体同時か」
リナの声が低くなる。
「タクミ、最初は無理に前に出ないで」
「私が引きつける」
「わかりました」
タクミは短剣を握り直す。
(心臓うるさすぎだろ……)
⸻
1体のウルフが飛びかかる。
(来た!!)
その瞬間だった。
足が無意識に動いた。
(…っ、ラッキーステップか?)
ほんのわずか。
半歩だけ後ろへ下がる。
ウルフの爪が、髪をかすめて空を切った。
「……え?」
タクミ自身が一番驚いていた。
今の動きは、明らかに偶然だ。
だが――
(今だっ…!)
その偶然が、致命的な隙を生む。
タクミは咄嗟に短剣を振るった。
刃がウルフの首元に入る。
「ギャウッ!」
ウルフはその場に崩れ落ちた。
(……倒した?)
リナの目がわずかに見開く。
⸻
だが戦いは終わらない。
別のウルフが横から牙を向ける。
「危ない!」
リナがとっさに投げた短剣が目の前のウルフに刺さり倒れる。
「油断しないで!」
「まだ素人の動きなんだから!」
「……ですよね」
タクミは苦笑する。
(俺、剣なんて触ったことないしな)
だが不思議と、致命傷だけは避けられる。
転びそうになっても、偶然木に手が届く。
噛まれそうになっても、たまたま石につまずき距離がずれる。
ラッキーステップは出なかったものの、奇跡のような偶然が重なり――
やがて。
最後のウルフも倒すことができた。
⸻
倒れたウルフの体が光の粒子になり、空へ溶けていく。
その瞬間だった。
タクミの体に、熱が走る。
「っ……!」
筋肉が引き締まり、呼吸が深くなる。
視界が、少しだけ遠くまで見える。
(これ……)
(レベルアップか?)
「タクミ!」
リナが駆け寄る。
「大丈夫?」
「はい……」
タクミは自分の手を握る。
「なんか……体が軽いです」
「ごめんね」
リナが苦笑する。
「もう少し簡単な依頼にするべきだったかも」
「いや」
タクミは首を振る。
「……もう1度戦ってみたいです」
「自分の力を確かめたい」
リナは少し考え、頷いた。
「わかった」
「じゃあ次を探そう」
⸻
しばらく歩くと今度はウルフが2体。
リナが短剣を構える。
「1体は私がやる」
リナが駆け出す。
ウルフ側も1体だけがリナに向かって飛びかかってきたが、リナは躱した隙に首元に刃を向けて、ウルフから勢いよく血が噴き出した。
一瞬で倒れるウルフ。
(すごい……)
リナは振り返る。
「残り1体、やってみて」
「何かあったら助けるから」
タクミは頷く。
ウルフと向き合う。
(俺も……)
(この世界で生きるなら)
(強くならないと)
ウルフが飛びかかる。
タクミは体をひねる。
さっきより、体が動く。
躱す。
そして――
短剣を振り下ろす。
刃が首に入る。
ウルフは光の粒子になって消えた。
地面に、1本の牙が落ちる。
(……勝った)
(今のは……運じゃない)
リナが笑顔で駆け寄ってきた。
「すごいじゃない!」
「ちゃんと倒せたね!」
タクミは少し照れくさく笑った。
⸻
夕日が森を赤く染めていた。
「帰ろう」
リナが言う。
二人は街へ向かって歩き出した。




