第5話『異世界で最低のステータス』
森を抜けた瞬間だった。
視界が一気に開ける。
石造りの壁――
高くそびえる城壁が月明かりに浮かび上がっていた。
「見えた……街よ!」
リナが息を切らしながら言う。
その背後。
森の奥から、再び咆哮が響いた。
グォオオオオオッ!!
空気が震える。
「まだ追ってきてる……!」
「急ぎましょう!」
リナに支えられながら、必死に門へ走る。
城門の前には衛兵が立っていた。
「止まれ!何者――」
「魔物に襲われて逃げてきたの!」
リナが叫ぶ。
「森の中!」
衛兵の顔色が変わる。
「なっ……!?」
「門を閉めろ!」
重い音を立てて城門が動く。
その直前。
俺たちは滑り込むように街の中へ入った。
ドォン――!!
背後で門が閉まる。
その向こうから、低い唸り声が響いた。
だが、怪物が街へ入ってくることはなかった。
俺はその場で膝をついた。
「……助かった」
肺が焼けるように熱い。
⸻
しばらくして、リナが言った。
「まずは冒険者ギルドに行きましょう」
「冒険者登録をすれば、宿の斡旋も受けられるわ」
「助かる……」
歩きながら、街を見渡す。
石畳の通り。
木と石でできた建物。
まるで中世ヨーロッパの街並みだ。
だが――
通りを歩く人々の中には、
獣耳のある男や、長い耳の女性の姿もあった。
(……異世界だな)
改めて実感する。
そのとき。
通りのパン屋から、いい匂いが漂ってきた。
リナが足を止める。
「少し待って」
彼女は店に入り、すぐに戻ってきた。
焼き立てのパンをひとつ持っている。
「半分こね」
「……いいのか?」
「いいの」
そう言って、パンを割って渡してくれた。
まだ温かい。
一口かじると、小麦の甘い香りが口に広がった。
空っぽだった胃に、じんわり染みる。
(この人には……頭が上がらないな)
⸻
やがて、大きな建物の前に着いた。
看板には剣と盾の紋章。
「ここが冒険者ギルドよ」
リナが扉を開ける。
その瞬間。
ガヤガヤと騒がしかった室内が、一瞬静まり返った。
視線が、こちらに集まる。
「……誰だあれ」
「リナじゃねえか?」
「また拾い物か?」
「今度は男かよ」
クスクスと笑い声が漏れる。
だが俺は、特に気にしなかった。
(どの世界にもいるよな、こういう連中)
カウンターへ向かう。
受付の女性が丁寧に頭を下げた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ」
「ご用件をお伺いします」
「登録をお願いします」
女性は頷く。
「ではこちらへ」
差し出されたのは、手のひらほどの透明な石だった。
「これに手を置いてください」
言われた通りに触れる。
石が、淡く光った。
すると――
宙に、光の文字が浮かび上がった。
⸻
名前:タクミ
Lv:1
HP:10
MP:1
ATK:1
DEF:1
SPD:1
スキル:ラッキーステップ
⸻
「……え?」
受付の女性が固まった。
後ろで、誰かが吹き出す。
「おいおい、見たか?」
「全部1だぞ」
「赤ん坊より弱いんじゃねぇの?」
「ギャハハハ!」
笑い声が広がる。
俺は静かに目を閉じた。
(なるほど)
(これが、この世界での俺の立ち位置か)
少しだけ、唇が乾く。
だが――怒りはなかった。
日本のブラック企業でも、こういう“無自覚な悪意”は何度も見てきた。
「これが現実ってわけだ」
小さく呟く。
すると背後から声が飛んだ。
「おいリナ」
振り返る。
若い冒険者がニヤニヤ笑っていた。
「お前が連れてきたの、これか?」
「ただの役立たずじゃねぇか」
(……は?)
「こいつと組んでたら、お前今頃死んでただろ」
「むしろ――」
「死んだほうがマシかもな?」
一瞬、空気が凍る。
俺はゆっくり振り向いた。
「悪いですが」
静かに言う。
「そんな価値のある人間じゃないのは、自分が一番分かってます」
「だから」
冒険者を見据える。
「彼女を責めるのはやめてくれませんか」
リナの目が、わずかに見開かれる。
「優しいなあ」
男が笑う。
「ヒーロー気取りか?」
「女に守られて生き延びたくせに――」
その瞬間。
俺の口から、低い声が漏れた。
「口を慎め」
男が眉をひそめる。
「彼女は俺の恩人だ」
「それ以上侮辱するなら」
「俺は本気で怒る」
場の空気が、ぴりっと張り詰めた。
しばらくして――
男は舌打ちした。
「……ちっ」
「なんだよ、雑魚が」
そのまま仲間と席へ戻る。
周囲の笑いも、次第に収まった。
⸻
リナは黙って俺を見ていた。
(普通なら……)
(この状況で怒るか、怯えるか)
(なのにこの人……)
(落ち着いてる)
(心が強い)
⸻
受付の女性が、咳払いをした。
「登録は完了しました」
「宿の紹介や、初心者向けの依頼もあります」
そして、少し声を落とす。
「ただし……」
「普通、このステータスでは冒険者登録はできません」
「ですが」
「あなたのスキルは、私も聞いたことがありませんでした」
「そのため、特例として登録されています」
「依頼を受ける際は、十分ご注意ください」
俺は、ふと思い出した。
(そういえば……)
「すみません」
「ひとつ聞いていいですか」
「はい」
「LUCKってステータス……どこに表示されますか?」
女性は、きょとんとした。
「ラック……?」
首を傾げる。
「申し訳ありません」
「そのようなステータスは存在しません」
俺は固まった。
(存在しない……?)
(じゃあ)
(俺が見てる、あの999は――)
リナにも後で確認した。
だが答えは同じだった。
誰も。
LUCKというステータスを、知らなかった。
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