第3話『始まりの森、そして初めての血』
「っ……冷た……!」
頬を打つ冷たい風で、意識が覚醒した。
目を開けると、鬱蒼とした木々が空を覆っている。
ほとんど陽の差さない、薄暗い森だった。
「……マジかよ。本当に異世界転生……?」
ゆっくりと体を起こす。
身体は妙に軽い。
だが、周囲を見渡しても武器らしいものは何もない。
身につけているのは、電車に轢かれる前に着ていた一張羅のスーツだけだ。
ポケットを探る。
スマホ。財布。鍵。
――どれもない。
(剣も杖も地図もなし)
(これ、普通に詰むやつじゃん)
とりあえず状況を確認しようと、意識を集中する。
すると、目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がった。
【ステータス】
名前:タクミ
Lv:1
HP:10
MP:1
ATK:1
DEF:1
SPD:1
LUCK:999
「……おい、冗談だろこれ」
ゲームなら、チュートリアルで即死するレベルの貧弱さだ。
唯一の取り柄は“LUCK”999。
だが、それがどこまで役に立つのかは分からない。
「はぁ……やっぱ剣術とかにしときゃよかったか?」
頭を抱えた、そのときだった。
カサッ。
「……ッ!」
茂みが揺れる。
振り向いた瞬間、目が合った。
濁った黄色い瞳。
灰色の小型ウルフが、低く唸りながらこちらを睨んでいる。
(やばい)
(逃げろ、逃げるしかない!)
恐怖に突き動かされ、反射的に走り出す。
だが――
背後から、地面を蹴る音。
次の瞬間。
ウルフが飛びかかってきた。
迫る牙。
(終わった――!)
その瞬間。
──ズルッ!
「うわっ!?」
タクミの足が滑り、派手に転げた。
「……え?」
視界が、スローモーションのように流れる。
自分の頭上を――
灰色の影が通り過ぎた。
そして。
──グシャッ!
鈍い音が森に響く。
振り返ると、ウルフは地面を転がり、
その喉元は――鋭く折れた枝に深く突き刺さっていた。
「な、なんだこれ……」
血が、黒ずんだ土へゆっくりと広がっていく。
ウルフは数度痙攣し、
やがて完全に動かなくなった。
すると――
ウルフの体が、ふっと崩れた。
まるで砂のように形を失い、風に溶けていく。
その場に残ったのは、ひとつだけ。
鈍く光る、鋭い牙だった。
「……は?」
呆然と呟く。
タクミは恐る恐るそれを拾い上げた。
掌に収まるほどの牙。
だが、刃物のように鋭く輝いている。
(いやいや……)
(俺、何もしてないぞ……)
ウルフの死も。
この牙が残ったことも。
全部、ただの“偶然”。
だが――
その偶然は、あまりにも都合が良すぎた。
すると牙が突然消えた。
「どこいった?」
慌てて探すとアイテム欄のようなものが突然現れた。
「インベントリ…?」
どうやらアイテムとして収納されたらしい。
念じると何もない目の前からウルフの牙を取り出すことができた。
(これは便利だな…覚えておこう)
タクミはもう一度、ステータス画面を見る。
LUCK:999
「……こういうことなのか?」
冷たい汗が背中を伝う。
そのとき。
森の奥から――
グルルル……
複数の唸り声が聞こえた。
(クソ……このままじゃまた……)
だが。
さっきと同じように“幸運”が味方するなら。
タクミはゆっくり立ち上がる。
血と泥に汚れた顔で、小さく笑った。
「……生きるしかねぇか」




