第16話『最終防衛線』
森の空気が凍りつく。
土の匂いに混じる、血と鉄の気配。
タクミは息を整えようとするが、肺が浅い呼吸しか許さなかった。
「タクミ……」
リナの声がかすかに震えている。
普段は決して動じない彼女が、今は肩で息をしていた。
その視線の先に立つのは――赤黒い双眸の化け物。
「オマエハ……ユルサナイ」
ゴブリンキングが低く唸る。
両肩の筋肉が盛り上がり、巨体がわずかに屈んだ。
(来る……!)
次の瞬間――空気が裂けた。
「ッ――!!」
視界が揺れる。
巨体とは思えない速度で、キングが突進してくる。
タクミは咄嗟に身を引く――
だが、その瞬間。
足が、勝手に動いた。
滑るように身体が横へ流れる。
キングの腕が目の前を薙ぎ、地面が砕けた。
破片が頬を掠め、熱い血が一筋流れる。
(……今の動き……)
(ラッキーステップか……!?)
自分の意思ではない。
だが、明らかに“あり得ない回避”だった。
(助かった……!)
⸻
「ハァ……ハァ……」
呼吸が荒い。
だがキングは止まらない。
再び踏み込んでくる。
横薙ぎの爪。
(まずい――ッ!)
その瞬間。
足が滑って身体が勝手に倒れた。
「やばいっ…!」
視界のすぐ上を、爪が通り過ぎる。
紙一重。
(危なかったけどおかげで助かった……)
(今のもラッキーステップ……!)
背筋に冷たい汗が流れる。
(発動すれば避けられる……でも……)
(任意では出せない…運に任せるしかない……!)
短剣を握り直す。
だが刃はすでに欠けていた。
何度斬りつけても、キングの腕には傷一つつかない。
(全然通じない……!)
(ラッキーストライクも……今は出てくれない……!)
「タクミ!もう下がって!」
リナの叫び。
だが、タクミは動かなかった。
(下がったら……リナがやられる)
歯を食いしばる。
(俺しかいない……)
(俺がやるしか……!)
大きく息を吸い、踏み込む。
キングの膝を狙って斬撃。
ガキィィィン!!
またしても弾かれる。
刃が大きく欠けた。
「クソッ……!」
その瞬間。
キングの腕が振り下ろされる。
咄嗟に跳ぶ――
攻撃は紙一重で空を切る。
(助かった……)
だが、足に力が入らない。
⸻
呼吸が荒い。
脚が鉛のように重い。
短剣はもう、刃物とは呼べない。
ほとんど鈍器だ。
(次の一撃が……最後だ)
(これ以上は……もう……)
タクミは覚悟を決めた。
リナとの修行で叩き込まれた動き。
(誘え……)
(隙を見せて、引き出す)
短剣を構える。
そして――わざと足をもつれさせた。
キングの目が光る。
「オワリダ……!」
巨大な腕が振り上げられる。
タクミは寸前で横へ転がる。
(今だ――!)
全力で踏み込み、キングの胸へ飛び込む。
「おおおおおおおおッ!!!」
短剣の残骸を叩きつける。
ガキィィィィィン!!!
嫌な音と共に、刃が砕けた。
柄だけが手に残る。
(……終わった)
(俺は……ここまでか)
キングの腕が振り上がる。
逃げ場はない。
その瞬間――
頭の奥に、澄んだ声が響いた。
【ラッキーストライクが発動しました】
「ッ!?」
タクミの瞳が見開かれる。
折れたはずの刃。
その残骸が――
キングの胸を捉えていた。
「ガァァァアアアアアァァァッ!!」
絶叫。
黒い血が噴き出す。
巨体がぐらりと揺れる。
そして――
ドォォォン……
地面が震える。
ゴブリンキングが崩れ落ちた。
森の鳥たちが一斉に飛び立つ。
⸻
タクミはその場に膝をついた。
呼吸が止まらない。
手の中には――柄だけの短剣。
リナが駆け寄り、震える手でタクミを支える。
「……よくやったよ俺」
静かな声。
タクミは呆然と呟く。
森に、静寂が訪れた。
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