第13話『迫る集落』
「落ち着いて、順番に話して」
ギルドの受付嬢が必死に声をかける。
だが血まみれの青年は、肩で荒い息を繰り返すばかりだった。
タクミは立ち上がり、水の入ったコップを差し出す。
「これ、飲んで」
「……あぁ、すまねぇ」
男はコップを掴み、がぶりと水を飲み干した。
荒かった呼吸が、少しだけ落ち着く。
「仲間が……ゴブリンロードに……」
震える声。
「順番に」
リナが静かに言う。
「何があった?」
男は拳を握りしめた。
「俺たちはゴブリンの巣の駆除依頼で潜った」
「最奥まで掃討して……もう終わったと思ったんだ」
声が震える。
「そしたら奥から出てきた」
「ゴブリンロードだ」
ギルドの空気が凍りつく。
「でかくて……化け物みたいな奴だった」
リナの目が鋭くなる。
「仲間は?」
男は歯を食いしばった。
「アンナが……捕まった」
「ロードに掴まれて……俺たちは逃げるしかなかった」
悔しさで声が掠れる。
「頼む……」
男は顔を上げた。
「アンナを助けてくれ」
「ゴブリンに捕まったら……何されるか分からねぇ……!」
ギルドの中に重苦しい沈黙が落ちた。
冒険者たちは顔をしかめる。
だが、誰もすぐには動かない。
ゴブリンロード。
その名前だけで、躊躇する理由として十分だった。
その沈黙を破ったのは――
「タクミ」
リナだった。
短く言う。
タクミは一瞬だけ言葉を失う。
だが、すぐに頷いた。
「ああ」
(もう……見て見ぬふりはしない)
腰の短剣に手を置く。
(俺は――)
⸻
二人は急ぎ足で森へ向かった。
男から聞いた巣穴へと辿り着く。
そこはすでに荒れ果てていた。
地面には戦闘の痕跡が残っている。
血の匂いが森に広がっていた。
「……ひどいな」
タクミは唾を飲み込んだ。
(アンナさん……無事でいてくれ)
胸がざわつく。
だがリナは冷静に周囲を観察していた。
しゃがみ込み、地面を見る。
「これ」
指差す。
赤黒い血の跡が点々と続いている。
「アンナさんの血だと思う」
さらに少し離れた場所を指す。
「こっちは引きずった跡」
「ゴブリンたちが連れていった」
タクミは短剣を握り直す。
「追おう」
声はわずかに震えていた。
だが、目は真っ直ぐだった。
⸻
足跡を追い、森の奥へ進む。
途中。
木の枝に、女性の服の布が引っかかっていた。
タクミの胸が締めつけられる。
(急がないと……)
嫌な想像が頭をよぎる。
自然と足が速くなる。
「タクミ」
リナの声。
「焦らないで」
「冷静に行きましょう」
タクミははっとする。
「……ああ」
(そうだ)
(俺はもう、あの時の俺じゃない)
⸻
やがて。
森が開けた。
その先にあったのは――
粗末な木造の建物が並ぶ、小さな集落。
ゴブリンの集落だった。
そして。
中央に立つ、巨大な影。
ゴブリンロード。
通常のゴブリンの倍以上ある体格。
不気味に膨れ上がった筋肉。
赤黒い目がこちらを睨んでいる。
「……ッ」
タクミの背筋に冷たいものが走る。
思わず一歩下がりそうになる。
あの日の恐怖。
あの圧倒的な存在。
(また……俺は――)
「タクミ」
リナの声が鋭く響く。
「落ち着いて」
「深呼吸」
タクミは息を吸った。
そしてゆっくり吐く。
「……大丈夫」
短剣を握り直す。
(構え)
(視線)
(足運び)
リナに教わったことを思い出す。
森での修行の日々が頭をよぎる。
(俺はもう――)
自然と体が動いた。
構えが決まる。
「行ける?」
リナが聞く。
タクミは頷いた。
「ああ」
リナがわずかに笑う。
その瞬間。
集落のゴブリンたちがこちらに気づいた。
ギャアアアア!!
甲高い咆哮が響く。
次々と武器を持ったゴブリンが飛び出してきた。
「来るよ!」
リナが叫ぶ。
タクミは短剣を構えた。
「ああ!」
二人は同時に地面を蹴った。
読んでいただきありがとうございます。
初投稿ですので、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
毎日更新予定です。
時間は不定期とさせていただきます。




