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あの日の約束を、同じグラウンドで。〜最強キャッチャーと少女たちの青春ソフトボール〜  作者: ジャスパー


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第六話 世界が変わる一球

一昨日の夜、この街へ引っ越してきた。

昨日は荷ほどきと部屋作りだけで一日が終わり――今日は、未来の大会の日だ。


 四人乗りの普通車の後部座席に年頃の男女が2人。車が揺られた拍子に肩が寄ってきたり手が当たったり。そんなドキドキシチュエーションで健全な思春期男子が寝られるはずもなかった。


 寝不足に大忙しの引っ越し作業。その皺寄せがきた母親が引っ越し二日目にして寝込む中、恭は絢辻……いや、父親と2人、朝から車を飛ばしていた。

 


「てことは勝ち続けたらマジで1日4試合とかやんのか!大丈夫かよ。ピッチャー潰れるだろ。」


「ソフトボールの投げ方、ウィンドミル投法って言うんだけどね。小学生が1日二百球とか放ってもあまり肩肘の消耗がないのさ。だから1日で大会が終わらせられるし、ある程度遠くから来ても日帰りでいいから主催としてもイベントを開きやすい。だから毎週毎週試合だらけになるわけだ。」


「信じられねえ。野球もソフトボールも同じようなスポーツだと思ってたんだけどな。」


 野球談義、いや……ソフト談義になるのか。家から今日の試合が行われるグラウンドに着くまでおよそ1時間。恭の野球人生の中で聞いたことのない話が盛りだくさんで退屈になることは一切なかった。


 特に現在している話。野球とソフトで最も違う部分。投手の投げ方から派生する競技性の違いには目を見張る。



 英語で風車を意味するウィンドミル。読んで字の如く腕を時計回りに回転させながら下手で放るその投げ方はプレートを蹴る力と風車を回転させた遠心力で投球する。野球で最もオーソドックスなオーバースローとは一線を画すものであると理解してはいたが。




「でもボールは野球とは比べ物にならないくらいデカいだろ?じゃあ打者有利環境になるんじゃねえの?」


「いい質問だねぇ……。答えは否。ソフトボールは投手圧倒的有利な投高打低さ。まあ、百聞は一見にしかず。見ればわかるさ。ほらついたよ。」


 辿り着いたのは福島県営、十六沼公園。大昔に十六ほどの少女が悲恋の末自殺したとかしてないとか。そんなあやふやな伝説が残る沼を取り囲むように複数のグラウンドがこれでもかと配置された、市を代表する施設である。


「でっっっけぇぇぇぇぇ!!!これ!これ全部で試合やってんの!?」


「そうだね。今日の大会は30チーム近く来てるのかな?道路一本挟んだ第二グラウンドも第三グラウンドも全部ソフトの試合をやっているのさ」


 駐車場からグラウンドレベルまで降りていくと……花見の場所取り並みに所狭しと各チームのブルーシートが木陰に引かれて、その上に大量のエナメルバッグが並んでいた。


 (不思議な感じだ……グローブもスパイクも持たずにグラウンドを歩いてる)


 野球はやるものであって見るものではない。少なくともプレーする側の視点しか持ち合わせていなかった恭にとっては全てが新鮮で気分がすこぶる良かった。


「…………?思ったよりって言うか、女の子少ねえんだな。ほとんど男じゃねーか。」


「ソフトボールは女の子のスポーツだと思ったかい?まあそうだね。中学以降は少なくとも男の子のスポーツというイメージはないね。」


「小学生だと違うのか」


「少なくともここ福島は野球ではなくて、ソフトボールが主流だね。本来野球に流れる人材が、ここではソフトボールに集まる。だからソフトをやる男子が多い。わかるかい?」


 父親の言う通り、恭は勝手に女の子ばかりの同好会的なイメージを持っていた。少なくとも小学校の授業でやらされているグダグダなものではないといいな。くらいの期待感であった。


 (オイオイオイ、結構ガチじゃねえか。ピリついてんな)


 目の前で行われている試合前のシートノックを見ていても、その予想はとんだ勘違いだ。割と緩い雰囲気を想像していた自分を恥じたくなるほどには、プレーのクオリティも自分のやってきた野球と遜色ない。



「なぁなぁ、絢辻さん!早く未来達のチーム見に行こう!どこでやってんだ!?」


「はっはっは。まぁそう焦らないで。確かもらってきたトーナメント表に……ああ。第一試合はすぐそこみたい。あの木の影……見えるかい?」


「あそこで休んでる奴らか!ちょっと行ってくるわ!」


 自分でもびっくりするくらい、この時の恭は行動力の塊だった。全部が新鮮で見たことないものだったから、年相応の好奇心に身体を動かされていた。


「あっ!おにいちゃんっ!おにいちゃんだ!来てくれたのっ?」


「声でっけえよ。おう、妹のかっこいいとこ見にきた」


 一番最初に出迎えてくれたのはまあ、当然のことながら未来だった。こちらを見つけた瞬間に頬張っていたおにぎりをバッグに詰めてこちらに駆け寄ってきた。ほっぺにお米をつけて、キラキラした目でこちらを見てくる。


 なんだろうか。犬なんて飼ったこともないが、動画で良く見るご主人様にわしゃわしゃ撫でてほしい大型犬みたいな……そんな印象を自分の義妹に受ける。


「こいつら………じゃなくて、この人たちが?」


「そう!紹介するねおにいちゃん。こちら我らが金川スポーツ少年団!みんなっ!この人が昨日言ってた人!」


 未来がチームメイトに向けて恭を紹介する形になる。いつの間にか大量の視線がこちらに向いていることに気づく。


「わ、わざわざ試合前のピリピリした時に紹介すんな!」


「だーいじょーぶだって。まだ開始まで20分くらいあるし。ほらほら、座って座って」


「ほあっ!ちょちょっちょ……押すなって!」

 

背中にむにょんという柔らかい感覚が押し付けられ、一気に恭の顔が赤くなる。言われるがままにブルーシートに座らされ、周りには知らない奴らだらけ。後ろからは義妹のバックハグ。背中に押し当てられた柔らかさと体温に、思考が一瞬停止する。


「あっはは……早速未来ちゃんに振り回されてるみたいだね。」


「もうこの通りだよ……君は?」


「一応、未来ちゃんの幼馴染やらせてもらってる、二階堂瑠衣だよ。ボクとは学校も同じになるはずだがら、仲良くしてくれると嬉しいな。」


 (…………男?いや、絶対違うな)



 一人称で一瞬男かと勘違いしたが、瑠衣の女の子らしい身体付きを見てその考えを一蹴する。未来がカワイイ系の女の子とするなら瑠衣は綺麗系の美人さん。その端正な顔立ちにちょっぴりボーイッシュなショートカットがよく似合う。別嬪さんの卵、というのが恭の第一印象であった。

 


 その後も次々と挨拶の嵐になるかと思ったが……流石に試合直前の出来事だからか。ブルーシートから履けて行って皆思い思いにキャッチボールやらスイングやらで調整を行なっていた。


 正直言ってこちらとしては自分たちのペースで動いてくれた方が助かる。あまり気を遣われてもこちらとしても恐縮するだけである。それはコミュニケーションに難ありと自覚し、気を遣っている恭にとっては尚更のことであったから、ほっと胸を撫で下ろした。



「むぅ………ノリわるいなぁ。これだから根暗の田舎っぺは」


「未来ちゃん。あまり男の子にくっつくのは感心しないよ?ほら、彼も顔真っ赤にして困ってるじゃないか。」


「ええんっ?だってぇ……おにいちゃんは私のものだってみんなに見せつけなきゃじゃん。」


どうやらこのバックハグは誘惑とかではなく未来なりのマーキングだったらしい。


「…………それで。未来ちゃんの熱烈なラブコールを受けたのだろ?君はこのチームに入るの?」


「どーだろうな。まだ決めてねえけど………ま、今日の試合見てまた考えてみる気ではいる。」


「ほぉ、今日の試合は責任重大だね。今日の試合結果如何でチームの命運を左右しちゃいそうだ。」


「…………そういや瑠衣ちゃんは俺のことを知ってんのか?」


「生でも見たし、よく未来ちゃんから自慢されているからね。さ、未来ちゃん。ボク達も行くとしようか。」



 後ろからむふーーっと満足げな未来の鼻息が聞こえる。たったったと軽い足取りで瑠衣ちゃんの元に駆け出す未来だったが、急ブレーキを踏んだかと思うと、またこちらに戻るように駆け寄ってきた。


「んっ」


「な、なんだ……?」


「んっ!」


 帽子をとって恭の胸の前くらいに頭を突き出してくる未来。


「………撫でろってこと?」


「行ってらっしゃいのちゅーにする?」


「…………撫でます」


「きゃうっ♡」


 撫でるというか3秒くらいモフった後、満足げに試合前のベンチに今度こそ駆け出していく我が妹。恭としてはただでさえ女の子とコミュニケーションなんてど素人そのものなのに、無理やりグイグイ詰めてくる妹の存在に少し困惑気味である。


「アレだね。兄妹というよりかは、ペットと飼い主みたいな関係だね君達。」


「………父親としてはその感想で良いのかよ」


「まあ未来が楽しそうならそれで良いさ……うん。それじゃ私達も応援席の方に行こうか。お母さん方がお茶でも出してくれるぞ。」


「………いや、まだ寄るところがある。もうちょい待っててくれる?」


 今日この大会を見にきた理由は割と多くある。未来の応援、チームの見極め。そのどれも重要なことではあるが、まだ一番重点を置くミッションを達成してはいない。


「………まあ、試合前にこんなところでだべってるわけにはいかねえか。ブルペンかな。」


 まだ恭はこのチームのエースピッチャー、三橋彩音と顔を合わせられていないのだから。



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


 ーーーよく考えてみれば自明の理ではあった。


 ソフトボール、同い年、そして未来も見に来てくれていたあの決勝戦で出会った女の子。これだけの共通点がありながら、恭は昨日まで三橋彩音が未来の……このチームの関係者であるという発想にすら至っていなかった。


「よっ。半月ぶりってところか?」


「…………未来の王子様やん。その感じやと、未来からもうウチのことは聞いとる?」


「知ったのは昨日の夜だ。」


「なんやねん、おもんないわぁ。運命に導かれた2人……みたいな感じの特大サプライズ用意しててんのになぁ」

 

 その残念そうな言葉とは裏腹に前会った時と同じ飄々とした態度は変わらない。未来からネタバレを食らうのは想定の範囲内ではあったようだ。


「なーにが運命だ。俺の母さんと絢辻さんが結婚するのお前知ってたんだろ。」


「かっかっか。未来は勉強できるのに恋愛に関してはどーしよーもなくクソボケやからな。色々聞いてる奴なら誰でも気が付くわ。こっちに来ることも知っとったからあの日唾つけにきたわけやね。実際、作戦成功やん。」


 こうやってまんまと釣られて来るあたり彩音の掌の上で踊らされているようで癪ではある。


「今日はまあ……一番はお前の。彩音のピッチングを見にきた。バッテリー組むやつがどんくらいの実力あるのか、見ておきたい。」


「わぁはっ!ソフトボールやる気になったんか!?なったんか!?」


「そ、そりゃ彩音次第だろ……」


「おうおうおう!じゃあもう早速見せたるわ!ウチの球捕ってくれん?」


「グローブ持ってねえけど!?」


「借りればええ!ちょうどおとん相手にすんのも飽きてきたところやねん。」


「全部聞こえてんねんけどなぁ、彩音。」


 後ろからユニフォーム姿の大人、おそらくコーチの1人なのだろう。彩音のピッチングの相手をしていた大人がこちらに寄ってきていた。彩音の言動とイントネーションから察するに父親のようだが。


「おとんっ!コイツや!前言ってたの。」


「おおっ!婿さん候補筆頭か!ほぉ……ええ男やんか」


「待て……親父さんにどんな紹介の仕方してんだ」


「まぁまぁ………彼氏を親に紹介すんのが遅いか早いかの違いやんか。」


「まだ会うの二回目だよね!?」


 かつて会ったことのないレベルの爆速の距離の詰め方に思わずリアクション大きめのツッコミ。未来もそうだがここ三日ほど会う女の子が距離感を間違いすぎだ。そもそもクラスの女の子とすらまともに話したことのない生粋の日陰者であった恭の心労は溜まる一方である。

 

「…………俺完全に部外者だけど、ブルペンとか入って良いんですか。」


「かまへんかまへん。そんなことでめくじら立てて来る奴なんておらん。それともアレか?おっちゃんのグローブやと臭くてイヤか?」


「加齢臭や加齢臭」


「ち、違う!借ります!借りさせていただきます!」


 受け取ったキャッチャーミットはボールポケットの部分がすり減って薄くなったかなりの年代物である。柔らかく手に馴染むが、意外と形は保ってある。オイルの匂いは普段から手入れを欠かしていない証拠である。


「じゃあ投げんでっ!立ってても座っててもどっちでもええよぉ!」


「待て待て待て!!!」


「なんやねん。ノッてきたところやのに。途中で止めんなや。」


「近くね!?」


 先ほどまでは投手の真後ろから見ていたからそこまで気にならなかったが……こうしてホームベースの前に立ってみるとあまりにも投手との距離が近い。足元にあるピッチャーズプレートを見なければまた彩音が関西人特有のボケをかましてきたのかと疑いたくなるくらいだ。


「普通の野球の18.44、少年野球の16メートル。そのどれよりも小学生ソフトボールは投手とホームベースの距離が近い、11メートルや。」


「じゅ、じゅういち……」


「ほな、気ぃ取り直していくでぇ!」


 彩音はグラブと共に上半身を沈ませるとそのパワーを一気に爆発させるように足元のプレートをものすごい力で蹴り出す。


「さらにウインドミルっちゅうのはプレートをおもっくそ蹴り上げて前にジャンプしながら下半身の力をボールに伝える投げ方や。ボールをリリースする位置はピッチャーズサークルの一番前……つまり。」


 読んで字の如く、彩音の長い左腕が風車の如く回転し一番頂点に上がったところで一気に加速する。


「ーーーざっと10メーターは切るな。」


 リリースポイントで爆発した力。野球のボールよりも一回り大きいソフトボール2号球が糸を引くように恭の構えた胸元ど真ん中に吸い込まれていく。


 ーーーパァァァァァンッ!!!!!


 まるで銃弾でも放たれたかのようなミットの捕球音。もはや着弾音というのが正しいほどの、尋常ではない球の勢い。先程までガヤガヤとしていた世界が、一瞬で静まり返った。


(み、見えない………嘘だろ……)


 ミットの中でボールが震えている。その振動だけが、恭にここは現実だと教えてくる。


「あはっ!ええ音っ!おとんっ!今日ウチめっちゃ調子ええみたいやわ!」


 これまでの野球人生で、ボールが怖い、なんてことは一度たりとも無かった。球が速い奴なんてリトルにもいくらでもいたし、恐怖心などカケラも感じたことは無かった。


 初めてこの距離で投手の球を受けてみて……まず小学生の女の子が下手投げでこれほどのスピードボールを投げることができるというのが驚きである。そして……


 ーーースパァァァァァンッ!!!!


 出所が全く見えない。ギリギリまで身体が開かない三橋彩音のフォームは腕を一番高く上げたところから巧妙に身体で隠し、リリースの一瞬だけボールが見える。

 

 ボール自体を視認した時にはもう既に自らのミットの中に収まっている。正直に言って、自分でも何故捕球できているのかさっぱりわからない。


「ぜっ……こうちょーーーー!!!!」

 

「彩音、流石にやかましい。ほらみてみぃ、あっこの試合びっくり仰天で止まってもーてるわ」


 (なんだ……なんなんだこれ……)


  漠然とだが、自分は野球というスポーツの全てを見てきたような気になっていたのかもしれない。そんな意識はなくても、そう受け取れてしまう驕りが、確かにあった。この競技を知り尽くした自分に、今更目新しいものなど無いのだと。

  その驕りを、平手打ちで頬を叩かれて正された気分だ。それも女の子、心のどこかで自分と対等にプレーできるわけがないと侮っていた同学年の女の子に。


 (怖い………怖い………)


 3球目が、今彩音の手から放たれる。今度は胸の辺りから少し外れて、自分の頭上少し高くに着弾。それでもミットに収まっているのは腐ってもキャッチャーとしての意地なのか。反射神経よりも先に本能がそこにミットを置いているような、そんな奇妙な感覚。こんな感覚は、今までの人生でもちろん遭遇したこともない。


「なぁ、どない?どない!?ウチのボール!」


「……………どうもなにも。ビビり散らかしてるよ。自分の目で見た今でも、信じられねえ。」


「おっちゃんは彩音のボール初めて見て捕ってんのが信じられんわ。アレやな、全国レベルはやっぱモノがちゃうな」


「そういえばそうやん……じゃあ……本気だすか」


 彩音の満点の笑顔がスイッチが切り替わったように冷めていく。先程までの朗らかな雰囲気から急に一変し、見ているこちらを今にも突き刺さんとする冷たいオーラを感じる。


「今日来てくれたお土産や、よう見とき。これ初見で捕れたら大したもんや」


「ま、待て。1人で話進め……」


「……………軌道は左バッターの背中から曲がる。リリースの瞬間指でスライドスピン、ボールゾーンからのフロントドア………」


 ギリギリ聞き取れる程度の声量でぶつぶつ呟きながら投球動作に入る。

 ーーー先程までのストレートと全く同じフォームで、同じ腕の振りで、前に飛び込んで放たれたボールは、明らかなボールゾーンへ…………いや。


 (…………っ、曲がるっ!)


 そこから意思を持ったように左斜めからミットに吸い込まれる。まるで刃物を思わせるような鋭い弧を描きながらまるで手元で消えたかのような錯覚を起こす。


「ほんまに捕るやん」

 

 獲物を狩るような獰猛な瞳が一旦鳴りを潜め彩音のいつもの柔和な雰囲気が戻って来る。感心したように口笛を鳴らすと足取り軽く恭の返球を受け取った。


 


 (違うっ……捕ったんじゃねえ………ミットに、入った、吸い込まれた……まるで彩音の指とミットが糸で繋がってるみたいに)


  あまりの衝撃に、言葉が出ない。先程のスピードへの驚きとは比べ物にならない、いや、そもそも先程までの驚きは、言ってみればカルチャーショックでしかない。だがこのスライダーは違う。こんな生き物みたいな変化をする球がこの世に存在していいのか。驚嘆や称賛を超えた未知への恐怖が、恭の足を竦ませる。


  その昔、日本プロ野球のある伝説の選手の変化球が、その異名を取ったことがある。


 ーーー死神の鎌。そんな大袈裟なネーミングが、恐ろしいことに小学五年生の、自分と同い年の女の子が投げる球にピッタリと当てはまってしまう。恭が彩音のスライダーを初めて捕球した時に感じたものは、命の危険をすら感じるレベルの恐怖そのものであった。


「ほな、試合行って来る。ええ最終調整になったわ」


「ま、待て!俺は置いてけぼりかよ!お前どんだけマイペースなんだよ!」


「よう実力もわかったわ。やっぱ名誉あるウチの相棒の称号はアンタに相応しい。ただ……」


「ただ………?」


「もう少し慣れんと、試合で怪我すんで」


 振り返ったその美しく、獰猛で可憐な姿を、恭は一生忘れることができなかった。


 

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