第三話 また会えるから
私は、あの輪の中に入っていけなかった。
球場の観客通路。落下防止の柵にもたれかかりながら、絢辻未来は小さく息を吐いた。
――お疲れ様。
――かっこよかった。
たった一言、それだけでよかったのに。
あの人に一目会えれば、今日ここへ来た目的の半分は果たせたはずだった。
それなのに、声をかけられる雰囲気ではなくて。
二の足を踏んでいる間に、彩音ちゃんが現れて、胡桃ちゃんが乱入して。
気づけば全部、嵐みたいに過ぎ去っていた。
「なんで私はこんなんなの……」
自分の行動力のなさが、少しだけ情けない。恭くんがこの場所に来るなんて、そう何度もある機会じゃないのに。
想いを伝えられなくても――せめて、言葉を交わしたかった。
「今の未来ちゃんの可愛い容姿を見せて、手でも繋いだらもしかしたら一目惚れしてくれるかもしれない。いや……既に会っているんだから一目惚れという表現は不適格かな?」
「――瑠衣ちゃん。来てたの?」
「今朝、気が変わってね。爺様に連れてきてもらったんだよ」
二階堂瑠衣。
ボーイッシュな口調と、小学五年生とは思えないスターのような雰囲気。チームメイトで、クラスメイトで、そして幼い頃からの親友。
昨日は誘っても首を縦に振らなかったのに――この子の気まぐれは、今に始まったことではない。
「……まあ、私が可愛いのは間違いないけど」
未来は自分の手のひらを見つめる。
素振りでできたマメ。硬くなった皮膚。
女の子の手とは、とても言えない、ごつごつした感触。
「手なんて繋いだら……幻滅されちゃうよ。女の子らしくない、もん」
努力の証だと分かっている。
誇りに思うべきものだとも思う。
それでも――好きな男の子に、積極的に見せたいものではなかった。
「それに……」
「それに?」
未来は小さく笑う。
「彩音ちゃんの言うことじゃないけどさ。このままソフトボール続けてたら、頑張ってたら……また会えるんじゃないかなって」
柵の向こうに広がるグラウンドを見つめる。
「そんな予感がするの」
瑠衣は静かに未来を見つめた。
「……君らしくもないね」
「え?」
「もし二度と会えなかったらどうするの。ボクは君の後悔なんて聞きたくないよ」
本当は、ただ勇気が出ないだけの言い訳なのかもしれない。
それでも。
今の恭の、壊れかけた心にこれ以上負担をかけたくない――そんな気持ちもあった。
未来は小さく息を吸い、そして言った。
「――また会えるから。大丈夫」
何年先でもいい。
もしかしたら、あの人が約束を果たしてくれるその日かもしれない。
それでも――
お互いがこの道を全力で走り続ければ、きっとまた交わる。
そんな確信にも似た想いが、胸の奥に灯っていた。
だから。
この時の未来は、まだ知らなかった。
半月後、自分の運命が大きく動くことになるなんて。




