第二話 世界は私を中心に回っている
「申し遅れたなぁ!ウチの名前は美少女関西ガール三橋彩音ちゃんや!どうぞよろしゅ!」
「自分で美少女とか言うんだ……」
「とうっ!」
あまりにも突然すぎる登場だった。
心がぐちゃぐちゃに潰れかけていたところに声をかけられ、初対面で素手の人間に豪速球を投げつけられたのである。
情報量が多すぎて、頭が追いつかない。
割と高めの階段の手すりから軽々と飛び降り、こちらへ歩いてくる少女を見て、恭は思わず息を止めた。
銀色の長い髪を高く結んだポニーテール。
夏の光を弾くようにきらめき、焼けた肌と強い眼差しがやけに印象に残る。
同じ地面に立つと、その背の高さと存在感に圧倒された。
「あんた榊原恭、やろ?見とったで、決勝戦。自分えらいすごいキャッチャーやん。感動したわ」
「ど、どうも……女の子なのに野球わかるのか」
「あん?ソフトボールやっとるんよ。ピッチャーやでピッチャー。ぶいーん、ぎゅーんゆうて」
大げさなジェスチャーで、恭の手にあるソフトボールを指差す。少しばかり状況を確認できてきた恭は目の前の銀髪の少女をキッと睨む。
「あ、そういえば……危ねえだろ!いきなり投げつけてきやがって!当たったらどうすんだ!」
「え?でも自分捕ったやん」
「会話通じねぇんだけど!?」
悪びれた様子は一切ない。
それどころか、当然だろうと言わんばかりの顔だ。
完全に相手のペースに飲まれている。
「……で、俺になんの用だよ」
「バッテリーや!」
「……は?」
「ウチとバッテリー組まんかい!」
ぐいっと両肩を掴まれ、容赦なく揺さぶられる。相手は確かに初対面の相手のはずだが、凄まじい馴れ馴れしさだ。
「今日の試合見てビビッと来たわ。あんたがウチの運命の王子様っちゅうわけやな?」
まっすぐすぎる言葉に、思わず顔が熱くなる。
「あの俺、千葉に住んでるんだけど」
「あん?大阪より東京に近いし、大体一緒やろ」
「ざっくりすぎる!?」
「細かいこと気にしたら人生損やで」
少女は一歩下がり、太陽に向かって指を突き上げた。
「ええか?耳の穴かっぽじってよーく聞くんやで?」
その現実味に欠けた美しさを纏った少女は、まっすぐな瞳で、迷いなく言い放つ。
「この世界はウチを中心に回ってんねん。運命の女神様がウチのこと大好きでなぁ。微笑むどころかドッカンドッカンの大爆笑や」
「…………は?」
「せやから、アンタもウチのもんになる。ーーーウチが望んだから、そうなんねん。」
傲慢。支配的。理屈も根拠もない。
――なのに。
なぜか否定できない迫力があった。
空気ごと支配されているような、妙な凄み。
「ほな、今日はこのへんにしといたる。」
「待て待て待て!言いたいことだけ言って帰る気かよ!」
彩音は振り向く。
先ほどまでの軽さは消え、真剣な目をしていた。
「スポーツってな?」
一拍。
「勝ったり負けたりすんのが、おもろいんやないの?」
恭の胸の中が、わずかに揺れる。
「負けたら悔しい。そら当たり前や。でもな、ずっと勝ち続けるだけやったら、何がおもろいねん。」
太陽を背負った少女は、恭にふっと笑いかける。光を照り返す銀色の髪が眩しい。
「負けて悔しいからこそ、勝った時の喜びは何倍にもなんねんで。ほな、ウチ帰るわ。」
「待って………」
そう声をかけようとした、その瞬間だった。
「この大馬鹿ぁ!!!」
「ひでぶっ!!」
横から飛び込んできた人影が、突如彩音にドロップキックを叩き込んだ。
「まーた他所様にボール投げましたね!?何考えてるんですかこのアホは!」
「あでっ!ええやん胡桃ちゃん、怪我人おらんのやし!」
「それは……たまたまでしょうが!!」
小柄な少女に耳を引っ張られ、彩音は引きずられていく。その光景は滑稽なのに、不思議と安心感があった。
「……ほんとすみません!こっちで叱っておきますので!」
「ああ……うん大丈夫。怪我はなかったから」
「ほんっとこのアホは………ごめんなさい!」
少女は頭を下げたあと、恭の顔を見上げた。
「……決勝戦、見てました」
「え?」
「すごかったです。送球も、リードも……」
一瞬だけ視線が揺れる。
だが次の瞬間、少女は視線で恭を真っ直ぐ射抜いてきた。
「――負けませんから!」
「……はい?」
「今は上かもしれません。でも、貴方なんて視界に入らないくらいのキャッチャーになりますので!」
唐突な宣戦布告……というか強烈な捨て台詞に呆気に取られる恭。小さい方の女の子は彩音の首根っこを掴むとズルズルと引きずっていく。
「胡桃ちゃん、いつから聞いてたんや……」
「バッテリー組まんかいのところからです!」
「めちゃめちゃキレてるやん……」
「キレますって……私というものがありながら」
嵐のような二人は、そのまま去っていった。残された静けさの中、恭は立ち尽くす。
「なんだったんだ……あいつら……」
呆気に取られ、夏空の下茫然とする恭。けれど胸の内を反芻するのは三橋彩音という少女の口に出した言葉達。
「……勝ったり負けたりするのが、楽しい……か」
答えが出たわけではない。
それでも、胸の奥を覆っていた重たい何かが、ほんの少しだけ軽くなっていた。




