第十四話 キミを知りたい日
ーーー1駅分の運賃でどこまで行くんだと言いたくなるくらいトンネルをくぐった。
田舎だ田舎だとは周りのみんなが言っていたし、恭もそう思ってはいたが、思った以上に住んでいるところは山の中にあったらしい。街に着く頃には、流石に関東ほどではないが程よく発展した景色が見えている。
さもない駅のホームに降り立って、セキュリティガバガバにも程がある改札口を切符を置いて抜けて。一番最初の目的地はそこから20分ほど歩いたところにあった。
「こ、ここが………『げぇむせんたー』か!?」
恭の江戸時代からタイムスリップしてきたみたいな大仰なリアクション。本当に今の小学生でゲームセンターを知らない男の子がいるのだと、未来は改めて驚きを隠せなかった。
中に入ってみると聞いたことないくらい馬鹿でかい電子音が鳴り響き、まともに声も届かない。自然、会話するのに距離は近くなり、顔の近さに未来は内心しどろもどろになった。
「うおおっ……な、何で遊んでよくて何がダメなのかさっぱりわからん。うえっ!?一回100円ってことかこれ!コンビニのおにぎり一個買えるじゃねえか!お、お金大丈夫か?」
「ご心配なく!デートの軍資金はママからたーっぷりもらってきたから。まぁ、昼食代とかこの後のお金も入ってるから全部は使えないけど。よっ!5000円!」
「ご、ごせんえん!?」
こちらに着いてからずっと驚きっぱなしである。5千円と言ったらあちらにいた時のお年玉5年分。それを一日で使っていいというのは………喜びより先に謎の罪悪感に襲われる。一方未来の方を見ると興奮はあるものの腰を抜かすほど驚いていないのは流石地元でも名うての名家のご令嬢だと再確認できる。
「そんなにお金持ってて大丈夫か?」
「大丈夫かって?どーいうこと?」
「ゲームセンターって不良の溜まり場で……あの……なんだっけ。ジャンプさせられてお金巻き上げられるんだろ?聞いたことあるぜ。」
「うわぁ……すっごい……」
それを『陰キャ特有の偏見』まで言わなかったのはひとえに未来の優しさと慈悲深さがあってのことだった。
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UFOキャッチャー、メダルゲーム、太鼓のリズムゲーム、シューティングゲーム。午前中のうちにかなりいろんな機種をプレイして回った元気一杯の小学生2人。結論から言えば………それはもうびっくりするくらい恭のゲームセンスはなかった。
ーーーいや、人生で一度もゲームをプレイしたことがないのだから、センス以前の問題のような気もするが。
スポーツができる子は総じてリズム感がいい。その運動に最適な動きをリズムで覚えて身体に落とし込むからだ。だが絢辻恭はあまりにもダメダメだった。想像できるだろうか、太鼓のリズムゲームの一番簡単なモードで、頭が混乱して泡吹いて倒れそうになった人間を。まるで型抜きでもしてるかのように全くゾンビに弾が当たらないシューティングゲーマーを。
それでも、絢辻恭は見ているこっちが眩しいくらいその瞳をキラキラさせて遊んでいた。
「なぁ!?次何やる?何やるんだ!?」
これだけダメダメだと不貞腐れて帰るなんて言い出したらどうしようなどと杞憂していたが、どうやら義兄は未知のものにかなり興味を示すタイプらしい。
「そういえばさ、未来の一番得意なゲームってなんだ?次それやりたい!」
「うぇぇ?きょ………あの、おにいちゃんが好きなゲームで良いんだよ?」
「じゃあ未来の好きなゲームを、俺の1番好きなゲームにする。今は全部下手くそだから………どうせ上手くなるならお前と一緒にできるやつが良い!」
「う、うーーん。じゃあ……アレ……かな?」
未来が教えてくれたのは指定された床を踏むタイプのダンスゲームだった。
「大人がやってるやつほどおっきくないし、若干女の子向けだけど………こ、これです」
「よっくわっかんねえけど身体動かすやつか?運動は得意だからな!」
ご丁寧にこのゲームには『はじめてのかたへ』のコマンドがあり、小学校低学年くらいまでなら理解できるくらいのわかりやすいチュートリアルもあった。怖いものなしでどんどん進めていく恭。今日出会った全てが未知の物すぎて恐れや躊躇といった概念が完全に消え去ってしまっている。
「お、簡単じゃん。これなら俺でもできそうだわ」
「頑張ってぇ、おにいちゃぁぁん!!」
「おうよ。ダンスなら体育の時間でもやってっかんな」
盛大にフラグを立てて本番に突撃していく恭。この時の恭のダンスをもし彩音あたりが見ていたら、それはもう腹を抱えて煽り散らかしていたことだろう。動きのキレはある、流石の運動神経と身体の能力だ。しかしあまりにも音楽方面のスキルにステータスが振られていない。
「ほやっ、はっ!せいっ!」
気の抜けた掛け声と共にものすごいキレのトンチキなダンスが披露されるという謎の状況に未来は笑いが堪えられない。もちろんタイミングはほぼ外しているので全く点数が積み上がっていない。
「に、2点って!?どうしたらこうなんだよ!」
(マイナスじゃないだけこのゲームの優しさじゃないかなぁって思うけど)
しかしこれだけできなくても飽きたり不貞腐れたりしないで本気で悔しがってくれるのは見ていて気持ちがいい。
「なぁ、悪いんだけどさ。お手本見せてほしい。申し訳ないんだけど上手い動きを見たこともないんだわ。」
「え、えぇ!?きょ、今日はおにいちゃんが楽しむ日なんだから、私はいいよぉ。」
「じゃあ俺が楽しむために先生してくれ。つうか、俺1人が突っ走って楽しんでも何も楽しくないだろ。お前も楽しんでこそ、俺も楽しい。」
「今でもものすごく楽しいけど……うん、いいよ。お手本見せるね」
未来はポケットから取り出した髪留めでその美しい髪の毛を縛り、靴紐を結ぶと………どうやらスイッチが入ったようである。
てっきり恭は未来のイメージ的にアイドルの曲みたいなめちゃくちゃラブリーチャーミングな曲を選曲すると思っていたが……始まったのはゴリゴリのEDM。難易度は当然のようにMAXだ。
ーーーそれはダンスというよりも、舞だった。
音楽に合わせて動いているのではなく、音楽そのものが彼女に従っているように見えた。
流れているのは日本舞踊の曲みたいな厳かな感じではないので正確にはダンスで合っているのだろうが、恭の感じ方の問題だ。上品な仕草と背筋や指先までピンと張った動きは、流麗かつ美麗。森の中で妖精さんが踊っているみたい、というのが恭の直感的な感想だった。
「タイミングバッチリ合わせることよりも曲に乗ることの方が大事だよ。ゲームだけど、このダンスゲームはあんまりこのノーツ意識しすぎちゃダメ………ね、聞いてる?」
「お、おお……ごめんごめん」
「もう、またおっぱい見てたんでしょ!朝からやらしい視線ちゃんと感じてるんだからね?おにいちゃんのえっち!」
すごいのはこれほど激しいダンスを踊りながら普通に横の恭と会話をしていることだ。凄まじい運動神経と記憶力。絢辻未来の持つスペックの高さがゲームという遊びの中ではあるが、存分に発揮されている。そして……
(すごい………胸が揺れている。ばるんばるんだ。)
ーーー指摘通りちゃんとおっぱいの揺れもガン見していた恭であったのだが。
「ふぇっふぇっふぇっ、どーよ!ほぼフルコン!」
「すごいすごい!全然ミスらなかったじゃねーか!得点めっちゃ高いぞ!」
「どう?カッコいい?私カッコいい!?」
先ほどまでは妖精さんのような神秘を振り撒いていたと思ったら、今度は人懐っこい大型犬のように褒められたくて駆け寄ってくる。つくづく忙しい妹で、見てて全く飽きない。
「カッコよかった!ダンスとか習ってたのか?」
「ううん、独学。ちっちゃい頃からアイドル好きで……ずっとダンスは練習してたの。あんなにキラキラ踊れたらなぁって」
「すごいキラキラしてた!アイドルかぁ………未来にピッタリだなぁ。可愛いし、なんかよくわかんないけど……美しい!」
お世辞なし、掛け値なしの賞賛だった。対人関係に慣れていない恭は気を抜くとすぐに脳に浮かんだ言葉を口に出してしまう。それが軋轢を生むこともままあったが………今回はその直球すぎる賞賛に、未来は流石に照れてしまった。
ゲームセンターを後にした頃にはもう時計は12時を少しすぎ、夢中で遊んでいた2人してお腹ペコペコ。昼食として連れられてきたのはゲームセンターの近くにある激安のラーメンチェーンだ。
「こ、このラーメンが一杯400円……すげぇ」
「ね、安いよね。小学生はお金無いから、みんな遊びに行く時はここに来てご飯食べるの。コンビニは高くなっちゃったからなぁ」
「『会津坊』、だっけか?会津って福島のどっかだろ?天気予報で見た気がする。」
「そうなの!福島から全国チェーンしてるお店なんだよ?珍しいよね。」
スタンダードかつまぁまぁなクオリティの醤油ラーメン。それでも熱々の麺とスープ、そして向かいに居る美少女の笑顔で美味しそうに麺を頬張る姿。それだけで遥かに400円という対価の価値を大きく超えている。ラーメンは高いのでほとんど安い袋麺以外では食べられなかったのもあるが……恭はこのラーメンが11年の人生で一番美味いと思った。
「ラー油にラーメンコショウだぁ!」
「…………しょっぱくない?」
「おにいちゃんもやってみてよ!味が全然違くなって美味しいの」
あまりにしょっぱいのは苦手なので躊躇していると、やり方がわからないと思ったのだろう。向かいの席から隣に移動してきた未来は恭の肩に触れるくらいの距離まで近づいてラーメンの味変をしていく。
(ち、近すぎ………やべぇ)
彼女と接していていつも思うことだが……基本的になんの動作をする時にでも距離が近い。気安く天真爛漫で、自然なボディタッチも多い未来。こんな距離感でこのレベルの美少女が話しかけてきたら、誰でもコロッと落ちてしまう。妹がモテモテなだけなら誇らしいが、男はケダモノである。何か恋愛トラブルでも巻き込まれたらお兄ちゃんとしては由々しき自体だ。
「なぁ、俺思うんだけど……その……」
「しないよ。」
「え?」
「おにいちゃん……恭くん以外に、こんなことしない」
それはまるで心を見透かしているかのように。テーブルに乗っていた恭の手に未来の手が重なり、安心してとばかりに恭の目を見て妖しく微笑む。
「おにいちゃん、私がぐいぐい行くもんだから他の男にもやってるんじゃないかって嫉妬しちゃったんじゃない?勘違い?」
「いや、まぁ………合ってるかも」
「私結構警戒心強いよ?誰彼見境なくこんなことしないし……恭くんだから………特別、なんだし」
顔を真っ赤にしながらの、上目遣い。角度から言葉遣いまで全てが絢辻恭にぶっ刺さる可愛さ。天真爛漫で天然。そしてそれと相反するように計算高い強かさと頭の良さを併せ持つ。その矛盾した二つの未来のどちらが本当の姿なのか、それとも両方か。そのミステリアスさに、心惹かれる。彼女のことを、もっと知りたい。
「ねえ次はどうする?カラオケでも行く?それともデザート食べに行こうか。あっ、この辺りに美味しいジェラート屋さんが……」
「未来のことを、知りたい。」
「…………え?」
「未来の行きたいところに、行こう。俺を楽しませようとか、そういうの考えなくていい」
「いや、あのね?私も無理やり行きたくないところに行ってるわけじゃなくて……」
「でもそれは、俺が楽しむことありきだろ。違うよ。未来のことがもっと知りたい。未来の好みとか、何を見て嬉しかったり、悲しかったりするのかとか、その……言葉にできないけど………俺はお前のことが知りたい。知りたいんだ。」
絢辻恭は不器用な人間だ。不器用で口下手で……要らぬ誤解や勘違いで軋轢を生んできた人生だった。自分の下手くそな話し方で妹を不快にさせてしまわないか不安ではあったが……出来るだけ直球で、自分の思いを伝えた。
少しストレート過ぎたか。まるで機関車のように頭の上からぽぉっと蒸気でも出てきそうなくらい顔が真っ赤に蒸し上がり、言葉も態度もしどろもどろになる。ここまでペースを握り続けられた恭だが、暫くぶりに未来に対して主導権を取れた気がする。
「ちょっとだけ……考えさせて」
「おう。いつまでも待つからな。」
「ラーメンは伸びちゃうから食べてて。」
未来は目を瞑り、腕を組んでうーんうーんと唸りながら深く思考する。未来の味付けした塩辛いラーメンを啜り、それを平らげたその辺りでようやく目を開いた。
「あった。行きたいところ……というか、おにいちゃんに来てほしいところ。」
「…………なんでもいいぜ。」
未来の表情から、さっきまでの明るさがスッと消えた。
「ーーーお母さんのところ。ママじゃないよ。私の……お母さん。4年前に死んじゃった、お母さんのところに。まだ一回も恭くんの顔、見せてなかったでしょ?」




