プロローグ 初恋は迷子の日に
なろうは初投稿です。よろしくお願いします。
私は、王子様が迎えに来てくれると本気で信じていた。
寝る前にお母さんが読んでくれた絵本。そこに出てくる王子様は、強くて、優しくて、頼りがいがあって――幼い私は、そんな“運命の人”に出会う日を夢見ていた。
けれど、田舎の幼稚園にいる男の子たちは、可愛い私の気を引こうとして泥団子を投げてくるような鼻水まみれのガキばかり。
私の夢みたいな幻想が崩れかけていた、そんなとき。
おにいちゃん――
正確には、少し未来でお兄ちゃんになるあなたと、私は出会った。
「見つけられて本当良かった………ぼーっとしやがって。知らない土地で一人でフラフラすんじゃねぇよ」
ぶっきらぼうで、ちょっぴりトゲのある喋り方。私より一回り大きい体に、少しだけ、ほんの少しだけ怖いと感じる。
「ーーーふぇ?」
「………手、繋いでないとまた迷子になんだろ」
思い描いていた、私の王子様では確かになかった。けど ーーーその手はあったかくて、ちっちゃい私の手が痛くならないように、優しく握ってるのがわかって。
お母さんに連れられて都会に遊びにきて、1日だけの交流だったけど、その男の子のことがすっごく大好きになっちゃって。別れ際なんてそれはもう悲しくて悲しくてどうしようもなかったのを覚えてる。
「………泣き虫だな」
「ご、ごべん……ごべんで……」
「謝んじゃねえよ。謝ってほしいわけじゃ……そうだ」
そう言って、その少年は自分の被っていたキャップを私の頭にひょいと載せる。数秒後、自分の行動に流石に気恥ずかしくなったのか、目線を逸らす。
「それ、やる。俺二つ持ってるし、お揃いな」
「おそ……ろい……」
「だから……泣き止んでくれ。とびきり可愛い顔がとんでもねえことになってんぞ」
年齢の割に年季の入った野球帽。今思えば女の子へのプレゼントとしては赤点も良いところだけど、私にはそれがテレビで見るどんな宝石よりも輝いて見えた。
「俺、野球やってんだ。プロ野球選手目指しててさ………も、もしプロになったらさ。真っ先に俺がその帽子にサイン書いてやるよ。約束、する。大事にしろよな」
「うん……大事に、大事にするねっ……」
そこからは住んでる所も遠くて会うこともなく。
もう顔も、声も朧げ。でも優しくて ーーー甘酸っぱい記憶。
そんな私たちの運命がまさかこんな形で交わるなんて、当時の私は考えもつかなかった。
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「まっでぇ……あやねちゃん……おいでがないでぇ……」
「マジではよ漕がんと、試合終わってまうよ?ただでさえ途中で寄り道してアイス買うたりしてんのに」
「朝からぶっ続けで漕いでるから……もうむりぃ……」
「もうちょいやから気張ってな」
その日はまさに夏真っ盛りを体現したみたいなカンカン照りの1日。夏休み始まってすぐにチームからオフがもらえたテンションそのままにこんな山奥まで自転車を漕いできてしまった。
その目的は全国小学生野球選手権大会、いわゆるリトルリーグの全国大会の決勝戦。世代の野球少年の頂を決める戦いが、なんと地元福島の山奥、吾妻球場で開催されるとなればこれはもう行くしかないと決まったのが昨日である。
(それに……)
まだ彩音ちゃんにも話していない秘密、とある『ご用事』もある。昨晩お父さんから伝え聞いた、すっごく極秘で、とんでもなく重大な情報。もしかしたら人生の分岐点にすらなるかもしれないとすら思っている。こんな坂道如きにへこたれる訳にはいかない。
「あづまなんてウチらもソフトの試合でよう来とるけども。野球の全国大会なんてやれるとこあったかなぁ?」
「私たちがよく来てるのは手前の第三グラウンド。もっと奥にプロもやるような球場あるんだよね」
いかにも土地代が安そうな山奥を切り崩したとびきり大きなスポーツ施設。球場周辺にようやく辿り着いたのはもうすでにお昼をとっくに回った頃。会場は外から音を聞くだけでもお客さんの熱気と物理的な熱気に溢れている。
「ていうか胡桃ちゃんは?あんなに熱っぽく語ってたのに来なかったじゃん」
「くるみちゃん?なんかお父さんが休み取れたからひと足先に車で行ってますって」
「ずるいずるいずるいぃ!帰りはっ!帰りは乗っけてってもらおう!」
「チャリは?」
「積んでもらう」
「チャリ2台分なんてどこに積むスペースあんねん。◯次元ポケットか」
元々クラスメイトでチームメイトの三橋彩音ちゃん、一個下の一ノ瀬胡桃ちゃんと三人で繰り出す予定だった今回の旅。前日からめぼしい選手をリサーチしてテンションを上げていた胡桃ちゃんである。チケットを買って階段を登って上まで辿り着くと、やはりと言ってはなんだが、結構な前の列で観戦しているのが見えた。
「あ、未来さんに彩音さん………おっそいじゃないですか」
「なんやねん。えらいテンション低いやん。昨日のキャピキャピはどこいった」
「低くもなりますって、この点差じゃ」
今年小学四年生の胡桃ちゃんは私達より一回り小さなその手をスコアボードの方に向ける。 ーーー最終回、七回にして11ー0。一方的というのも烏滸がましい、もはや笑うしかない虐殺劇だ。
今年の全国大会決勝戦。優勝候補の歴代最強メンバーを揃えた関西代表の枚方リトルに対して、ややフロック気味に勢いで勝ち進んできた関東代表蓬田西リトル。ある程度予想もできた展開でもあるが……。
「ランナー出たで。まーた足速そうなやつ来よったなぁ」
「ここまで点取ってもまだ攻めの手が緩まないなんて……」
「決勝戦ですから、コールドもありませんしね」
外から見ていても感じる、フィールドの重い空気。圧倒的な実力差が重力のようにナインに襲いかかる。体が重くなって、動かなくて、膝に手をつく選手もちらほら見え始めた。
ーーーその時だった。
「ーーー諦めてんじゃねえよ!!!」
その怒号に、叫びに、ドンちゃん騒ぎだった相手応援団までがシンと静まり返る。
「膝つくんじゃねぇ!肩落とすんじゃねえ!
俺達には……まだ攻撃が残ってんだろうが!」
その少年は重そうな防具をつけながら、グラウンドの、ダイヤモンドの原点で吠えていた。その瞳に怒りを宿しながら、大きく手を広げ、目に見えるもの全てを鼓舞するように。
「何点差つこうが……野球ってのは最後のスリーアウトまで分かんねえスポーツだろ!こんなつまらねえ所で試合終わったなんて思ってんじゃねえ!」
ーーー効果は、絶大だった。
観客席から見ていても、それはわかった。へし折られかけたプライドが、気力が、ギリギリで踏みとどまった。下を向いていた投手が、再び戦う顔になる。エラーを連発していた野手陣がもう一度歯を食いしばる。
(ーーー頑張って……キョウくん……)
周りでもまばらながら拍手が起こる。このままで終わってほしくない……小学生の戦いとはいえ全国大会決勝戦を見に来た観客の総意でもあった。次第に拍手は一体となり、会場のペースが守り側に追い風になったのがわかった。
「………胡桃ちゃん、昨日色々選手のこと調べ取ったよな?こっち側の選手のことはわかる?」
「榊原恭。五年生ですが、すでにプロのスカウトが来てる怪物キャッチャーです。月刊ベースボールで特集されてました………今日もすでに4刺殺。枚方はあの人機動力を完全に封じられています」
「キョウ……くん」
「ーーー未来さん、大丈夫ですか?ぼっーっとしてますけど。無理せず日陰の方に……」
「だ、大丈夫。大丈夫だから」
再びダイヤモンドから歓声が上がり、はっと我に帰る。
どうやら飛び出た一塁ランナーが件のキャッチャーに刺された様子である。
「これで5刺殺目……有言実行ってやつですか」
「今の送球エグいやろ。ほんまにウチらと同じ小5か?」
「…………恭くん」
どんなに劣勢でも折れない、ダイヤモンドの扇の要。鉄の柱。そのワンプレーで流れを、反撃の機運を手繰り寄せる、その天性の才能。
振り向いてマスクをとったその顔を見て、あどけない、あの頃の面影を感じて……心がきゅっと締め付けられて。
ーーーけれど。
「なんて……悲しい目をしてるの?」
まだやれると、懸命に味方を鼓舞し続けるその瞳の奥の暗闇に、未来は気がついてしまった。




