8 宴 ~うたげ~
奥様……そう呼ばれたのは私だと気づくのに、しばらくかかった。
正直、実感はない。
ここエンスタタイトで私は、冷遇されるかもしれない。
侯爵令嬢という肩書きに、私自身を見てもらえないことが多かった。
はっきりものを言う性格は、社交界では生意気だと言われた。
家族と侯爵家の皆と、第三王女のリシア様、近衛騎士の皆がいてくれたからやっていけた。
仲の良い夫婦までとは望まないけれど、せめて辺境伯と『良き友人』ぐらいまでなりたい。
私はお腹の辺りで両手を強く握った。
少し微笑んで宴の会場へ進んだ。
会場は長机と長椅子が縦に並んでいて、広い岩井の会場は人であふれていた。
ガヤガヤと皆がお酒を飲んでいて、まるで城下町の居酒屋のようだった。
長机の上には、たくさんの美味しそうな料理が大盛りで並べられていた。
呆気に取られていると、一段高い上座に居た辺境伯がこちらにやってきた。
「もう体調は大丈夫か?」
辺境伯が私の体調を心配して聞いてきた。
「はい。ご心配おかけいたしました。もう大丈夫です」
ニコッと笑いかけると、辺境伯が黙ってしまった。
「辺境伯様?」
首を傾げると、ハッ……! としたように体が動いて咳払いをした。
「それは良かった。……こちらへ」
私の手を取って、上座へエスコートしてくれた。
「お前たち、よく聞け!」
ドンッ!
席の側に立てかけてあった大剣の先を、床にたたきつけて大きな音を立てた。
ガヤガヤと騒がしかった会場が、シン……と静かになった。
私の手はまだ離されていない。
大勢の人が上座に注目して、辺境伯の言葉を待っていた。
「俺の妻になる者だ。俺と同等に接するように」
広い会場の後ろまで大きな声で、妻と言って私を紹介してくれた。
辺境伯様は私の顔を見た。自己紹介しろということだろう。
「グラシア・エンスタタイトと申します」
会場を見渡しながら、皆の顔を見て挨拶をした。
ほとんどが男性だけど、少ないが女性の騎士もいた。
王都とまるで感じが違うことに驚いたけれど、楽しそうだ。
「よろしくお願いいたします」
微笑むと、会場中から拍手と歓声が上がった。
「辺境伯夫人が応援に来て下さって、助かりました!」
「お強いですね! 我がエンスタタイト辺境に、ふさわしい方だ!」
「美しい上にお強いとは! ゼイン様、良かったですね!」
思ってたより……、歓迎されている?
戸惑ったけれど、辺境伯は上座の私の席までエスコードをしてくれた。
「皆! ジョッキを持って!」
前の方に座っていた騎士が、ガタン! と立ち上がって取っ手のついた大型のコップを掲げた。
「では! ゼイン様と辺境伯夫人のお幸せを願って!」
辺境伯もジョッキを掲げた。私も慌ててジョッキを持って掲げた。
「「「「「「乾杯!」」」」」」
ガコン!
あちこちでジョッキを合わせる音が聞こえて、一斉に中のお酒を一気に飲んだのが見えた。
辺境伯も一気に中のお酒をカラにした。
私は成人しているけれど、お酒が苦手なので一口だけ飲んでみた。
えっ……!? ものすごくアルコール度数が高い!
これを全部飲むのは無理……!
でも、これがこちらの習わしならば、全部飲まなくてはならない。
「……」
覚悟を決めて飲もうと、ジョッキを両手で持った。
気合いを入れれば……! 口元まで持ってきた。
口をつけようとしたら「かしてみろ」と辺境伯がジョッキを私から奪った。
「え」
横を見ると辺境伯はジョッキの中のお酒を、ゴクゴクゴクゴク……と飲み干してしまった。
アルコール度数が高いけど、大丈夫なのかしら。
辺境伯が私の代わりに飲んでくれた?
「あり、がとうございます……。辺境伯様」
トン! と空になったジョッキをテーブルの上へ置いた。
口元を大きな手で拭って私を見た。
「ゼイン」
え? ゼインって辺境伯様の名前……。
「ゼインと呼べ」
そう言って私を、ジッ……と見ている。
目つきは鋭いけれど、怖くはない。
もしかして。
呼ばれるのを待ってたりする……?
頬杖をついて黙って私を見ていた。
「ゼイン様……?」
私が名前を呼ぶと一瞬目を大きく開いた。
「そうだ。そのように呼べ」
フイ、と私から顔を反らしてしまった。
不機嫌……ではないわよね?
下働きの者が、ゼイン様のジョッキへお酒をなみなみと注いだ。
ガッ! とジョッキを持ってまた一気に飲んだ。
お酒に強いのね……。
会場を見渡すと、皆が水のようにお酒を飲んでいた。
このエンスタタイト領の人達は、お酒に強いらしい。
こんなにガバガバお酒を飲んでいるのは見たことがなかった。
でも嫌ではなかった。
皆、お酒を飲んでお料理を食べて会話をして、楽しんでいる。
お行儀は良くないけれど、気取ってなくて好感が持てた。
それに思っていたほど嫌われてないらしいと感じた。
ただ……。
チラッと横を向くと辺境伯……、ではなくてゼイン様が私をジッと睨んでいる。
なにか、……やらかしてしまったのかしら。
いつもネネに、もっとお淑やかに! と言われているから気をつけていたのだけれど。
でも魔物を食い止めるために、剣を振ってしまっていた。
ゼイン様の意見も聞かずに行動してしまった。
謝らなくてはいけない……。
「グラシア様。そろそろ下がりましょうか」
ネネがゼイン様に頭を下げてから私の方へ来た。
「え? いいのかしら?」
ゼイン様の方へ振り返ると、コクンと頷いた。
「では……。お先に失礼いたしますね」
ネネに連れられて、宴の会場から先に失礼した。




