4 結婚式と誓いのキス
準備で忙しく過ごしているうち、あっという間に結婚式の日が近くなってしまった。
何回か家に訪ねて来てくれたけれど、どちらかと言うと兄と仕事の話をしている方が多かった。
「グラシア様! 辺境伯様は、男色……なのでは?」
「えっ?」
嫁ぎ先までついてきてくれることになったメイドのネネが、コッソリ私に言った。
私は休憩をして、お庭でお茶を楽しんでいた。
「……まさか」
辺境伯は女性嫌い。でも……と思いながら、そうなの? と考えた。
だとしたら、それを隠すために私との結婚を了承したのかしら?
「そのようなことを、他の方に話さないようにね」
念のために、ネネには口止めをしておいた。
「はい……」
それならば。
私は辺境伯様の秘密を、理解してあげなくてはならない。
騎士団に居たときも、そのような話は聞いたことがあった。
それに……。
私のような剣の稽古でマメだらけの硬い手と、傷だらけの体の女性はどの男性でも好みではないだろう。
それでも形だけでも娶ってくれるのならば、もうすぐ結婚する一番上の兄のお荷物にならなくて済むだろう。
兄のお嫁さんがいくら良い人でも、小姑はいない方がいい。
「グラシア様……」
「ネネ、心配しないで。私はうまく辺境伯様とやっていくつもりだから」
ネネのぎゅっと強く握っていた手を、手のひらで包んであげた。
「ね?」
私は微笑んでみせた。
不安がないわけじゃない。
でも王命に従わないといけない。
私は魔物を討伐する前のような覚悟で、辺境へ行く準備を進めた。
クリスタ王国 王都で、先にエンスタタイト辺境伯と結婚式を挙げた。
両親はもちろん、近衛騎士の部下たちやお友達、国王様や王族関係者たちまでも結婚式へ参列することになった。
辺境伯の親族も参列していたが、辺境を守るために少人数だけの参列だった。
「グラシア様……、お綺麗です!」
近衛騎士の仲間達にそう言われて安心した。
永遠の愛を誓う神様の像の前で、エンスタタイト辺境伯は白い正装で私の隣に立っていた。
じっと私を見つめて何か言いたそうだったけれど、私語禁止の神様の像の前だったから何も言えなかった。
「ゼイン・エンスタタイト。妻となるグラシア・ラズライトを、永遠に愛すると誓いますか?」
神父さんが辺境伯様へ問う。
「はい」
辺境伯の迷いのない返事。
「グラシア・ラズライト。ゼイン・エンスタタイトに永遠の愛を誓うか?」
「……はい」
「これにて二人は夫婦となり……「大変です――! ゼイン様!!」」
神父さんの言葉を遮って中へ入って来たのは、服装から見てエンスタタイト辺境の者らしい。
教会に参列していた者達は、驚いてざわついた。
「神の前で無礼な!」
そんな声を上げる者もいた。
中へ入ってきたエンスタタイト辺境の者は、だいぶ急いで来たらしい。
緊急の知らせだろうか?
「エンスタタイト辺境の方ですか? 緊急のお知らせなら、こちらまでいらして下さい!」
私は顔を隠していたベールを上げて、急いでいるようなエンスタタイト辺境の者に声をかけた。
ざわざわと参列者に動揺が走ったが、緊急のお知らせなのようなのでそちらを優先する。
「式の途中なのに、申し訳ございません!」
ひざまつき、頭を下げた。
立ち上がり、真っ直ぐに私達のいる近くまで駆け寄ってきた。
「何があった?」
辺境伯も知らせに来た使者の焦りと急いでいる様子から、ただ事ではないと察した。
「はっ! 申し上げます! 国境を越えてきた賊と、魔物が北側と東から襲撃してきました!」
「なんだと!?」
二方向から!?
私は辺境伯を見た。辺境伯は私を見て一瞬、判断に迷ったようだ。
「エンスタタイト辺境伯! 私にかまわず、行ってください!」
驚いていた顔をしていたが頷いて、引き締まった顔になった。
「陛下! ご判断を!」
オロオロとした参列者の中に居た、陛下へ声をかけた。
「う、うむ! ……直ちに騎士団を呼び出して状況を整理し、辺境伯とともに向かえ!」
「はいっ!」
「直ちに式を中止にし、それぞれの持ち場に戻れ!」
王太子の大きな声にそれぞれが教会を後にした。
「では、行ってくる」
辺境伯は死者の話を聞いて状況をまとめていた。
「はい。お気をつけて下さいませ」
私は頷いて返事をした。
まさか式の途中で、辺境伯様を送ることになるなんて。
「誓いの……、だ」
「え……? ん!」
顎に優しく指を添えられて、唇に少し硬い何かが触れた。
するりと親指で目尻を触れられた。
名残惜しいかのように私をみつめて、使者の方と行ってしまった。
「え」
私は突然のことで、呆然と立ち尽くしてしまった。
今のは……。
『誓いの……、キスだ』
そう私の耳元に残していった。
口元を両手で隠して叫びそうになった。
『わ、私の……。ファーストキス……!』
ずっと剣を上手になりたくて、一生懸命に訓練していた。
付き合った男性などいなくて……。
「まあ! グラシア様、お顔が真っ赤ですよ? どうしました?」
ネネが、立ち尽くしていた私の側へ来てくれた。
「な、何でもないわ」
まさかこの年齢になって、初キスなんて知られたくなかった。
「そうですか? お式が中止になって残念でしたが、着替えに帰りましょう」
ネネは優しくそう言ってくれた。
「ええ」
私も急いで着替えなければ。
夫となったエンスタタイト辺境伯の後を追うつもり。
両親に知られると止められるので、内密に進めなければならない。
「急ぎましょう!」
私はウエディングドレスの裾を持って、速足で教会から出た。




