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「ようこそいらっしゃいました」
約束の一週間後にエンスタタイト領主 ゼイン・エンスタタイト辺境伯が、我が家にいらっしゃった。
初めて会った血まみれの姿と違って、前髪を上にあげてきちんと整えていた。
父と母、一番上のお兄様と私は応接室でお迎えをした。
私のすぐ上の兄さまはお仕事があって帰って来られなかった。
エンスタタイト辺境伯様は、正装でいらしたようだ。
見ただけで上等な生地と、腕の良い職人が仕立てた服や小物。
腕に抱えているのは真っ赤なバラの花束。
後ろに控えているのは、辺境伯に劣らない立派な体躯の二人のお付きの人。
血まみれの姿が見間違いだったような、素敵な辺境様だった。
「これをあなたに」
真っ赤なバラの花束を渡しに手渡してくれた。……とても良い香りがする。
「ありがとう御座います」
綺麗なバラの花束なんて頂いたことがなかったので嬉しかった。
噂では冷血・血みどろ女嫌いの辺境伯。
メイドや使用人たちが驚いている。中には頬を染めているメイドもいた。
「初めまして。エンスタタイト領主 ゼイン・エンスタタイトと申します」
エンスタタイト辺境伯は、丁寧に頭を下げて挨拶をしてくれた。
父は母や兄の紹介をして、私に挨拶をするように促してきた。
「グラシア・ラズライトで御座います。よろしくお願いいたします」
カーテシーをして、エンスタタイト辺境伯へご挨拶をした。
ソファーへ皆が座ったタイミングで、メイドがお茶を運んできた。
エンスタタイト辺境伯の座った後ろに、お付きの方が後ろで立っていた。
「あの……。お付きの方も、お座りになられてください」
母が、後ろで立っているお付きの方に声をかけた。
「いえ、お構いなく」
「このままで失礼いたします」
ビシッ! とした、真面目な口調で二人は断った。
騎士とは違う、軍の隊員のような感じだった。
「……」
辺境伯は何か、つぶやきながらお茶を飲んだ。
「ゼイン様。お忘れになっていませんか?」
お付きの人に言われて、胸元から小さな革袋を取り出した。
皮袋から手のひらに乗せられたのは、色とりどりの……。
「こちらは我が領土から採掘した、宝石になります」
テーブルの上に革袋を置いて、宝石を乗せた。
「まあ! きれいな宝石ね!」
「うん。質の良い宝石だ」
父と母はすぐに見て質の良い宝石と言った。
「細工をしていませんがよろしければ受け取ってください」
おお――! まあ! と父と母は驚いていた。
「ありがとう御座います」と言って、瞳を輝かせていた。
「これをあなたに」
辺境伯はポケットから箱を取り出して、私に渡してきた。
「……開けてもいいかしら?」
「どうぞ」
赤い高級そうな箱を開けると、赤い宝石に金細工が施されているネックレスが入っていた。
「我が領土では採掘から宝石加工までは出来るが、指輪やネックレスなどへの金や銀の加工技術が無いので王都で作らせた」
これを私に……? 王都で作らせた?
「受け取ってもらえないだろうか……?」
少し心配そうな顔で私に、受け取ってくれないかと話しかけてきた。
この人はあの、血まみれだった辺境伯?
まるで別人のよう……。
コホン! 父が咳払いをした。父の方を見ると『受け取りなさい』の意味の頷きがあった。
「こんな……素敵なネックレスを、ありがとう御座います」
男性からの素敵な宝石のネックレスをいただいた。
戸惑いの方が大きいけれど、嬉しい……。
「ところで辺境伯。宝石の指輪やネックレスへの加工技術がないと聞こえましたが……」
一番上の兄が、辺境伯様の話を聞いて話しかけてきた。
「ええ」
辺境伯様も兄の方へ向いた。
「実は我がアズライト侯爵領では、金銀の加工職人と加工工場がありまして……」
兄が眼鏡を指で直した。商売人の顔になっている。
「……詳しく聞いても、よいだろうか?」
辺境伯も前乗りになって兄を見た。
それから兄と辺境伯のお仕事の話が盛り上がった。
父と母、辺境伯のお付きのお二人は呆気に取られていた。
そしてあっという間に、取引を成立させてしまった。
「良い条件で、取引が出来た。これからもよろしく! 未来の義理弟!」
兄は上機嫌で、秘書に書類を作らせていた。
「こちらこそ、よろしく」
兄と辺境伯はガッチリと握手を交わしていた。
「ゼイン様!」
「っ!」
後ろに控えていた一人の方が、見かねて声をかけたようだ。
後ろを振り返ってみると、お付きの人に叱られていた。
「あ――、グラシア。お庭でもご案内して差し上げなさい」
父が気をきかせて、私に言った。
どうやらいい条件で兄と取引出来たようで良かったけれど……。
一応、婚約の挨拶に来たはず。
なかなか面白そうな方だと思った。兄と気が合いそう。
「はい。よろしければ、お庭を案内いたします」
私は辺境拍様に微笑んだ。
「……すまない」
立ち上がって、私と辺境伯は庭を散策することになった。
自慢のラズライト侯爵家のお庭は、色々な花が咲いていた。
「ふふっ!」
私は先ほどの兄と辺境伯の、盛り上がっていた場面を思い出して笑ってしまった。
「ごめんなさい……! だって兄とお仕事の話とはいえ、私を差し置いて盛り上がるなんて……!」
ふふふふ……! しかもお付きの人に叱られていた。
「申し訳ない……!」
真面目に謝ってきたので、緊張が解けた。
でも笑ってしまって、お気を悪くしたかしら?
お庭を案内したけれど辺境伯様は、ほとんど頷くだけで話さなかった。
女の方が嫌いと噂を聞いていたので、あまり近づかないようにした。
王命で結婚する、政略結婚。
辺境伯様はそんなに悪い方じゃない人だと分かったので、少し安心した。
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