16 お姫様抱っこ
「私のことを、ゼイン様の妻として認めないと……」
「何だと!?」
急にゼイン様は、立ち上がった。
驚いたようだったけれど、私はゼイン様に驚いた。
「もし……。ナターシャ様は秘密の恋人でしたら、私は影でゼイン様を支えていこうと思います」
下を向いて、膝の上で握った両手を見た。
なぜか胸が、チクン! と痛んだ。
「……グラシアは、日陰者で、いいと?」
低く、怒気をはらんだ声。
いつも優しく話をしてくれる声とは、全く違う。
「……っ!」
顔を上げると、聞かなくとも物凄く怒った顔をしていた。
魔獣と対峙した時より、怖い……!
「ナターシャと俺が、秘密の恋人? ……本気で言っているのか?」
ゼイン様は全身から、す黒いオーラを出して私へ質問してきた。
これは……。
間違った答えを言うと恐ろしいことが、起こるような気がする……!
ソファーの端に後ずさりをして、本能的にゼイン様から少しでも遠ざかろうとした。
ガシッ!
ソファーの背もたれにゼイン様の両手が。私の顔の左右、両側に逃げられないように置かれた。
顔と顔が近い。
大きな体が覆いかぶさるようだ。
「君と結婚したのに。秘密の恋人を持つような、不誠実な男だと思っているのか」
「い、いえっ! ……このお屋敷を仕切ってらっしゃると聞いたものですから、そうなのかと」
お屋敷を仕切る女主人とは、このお屋敷の女性の中で一番地位のある者。
いまだにナターシャ様が仕切るのなら、そう思ってもおかしくない。
は――っ、とゼイン様はため息をついた。
「あいつが勝手に許可なく、やっただけだ」
勝手にやった?
「俺は魔物や魔獣退治に忙しくて、お屋敷の中まで意識が届かない」
「両親同士が親しかったので、よくナターシャは遊びに来ていた」
ゼイン様はまぶたを閉じて話をしてくれた。
「両親が亡くなって俺は、無我夢中で魔物や魔獣を倒しまくっていた」
無口なゼイン様が、一生懸命に話して下さっている。
「屋敷のことなど、考えられなかった。今この時まで、放置してしまったことは詫びよう」
「だが、グラシア」
まぶたを開けて、私をジッと見つめた。
「は、はい!」
「もう君は、俺の奥さんだ。婚姻も認められた」
ますますゼイン様は、私に腕立て伏せみたいな体勢で近づいてきた。
私はソファーから座っている状態からズルズルと滑り落ちて、かろうじてお尻がソファーの端に乗っている状態になってしまった。
密着状態。
体には触れていないが、捕らえられているよう。
「グラシア。俺は話すのが苦手だ。だが、君とはもっと話し合わなければならない」
ゼイン様に鋭い目で、見下ろされている。
まるで獲物を捕らえようとする、捕獲者のようだった。
「そう、ですわね……きゃ!」
体がふわりと浮いた。
ゼイン様が私の体を持ち上げた。
「ゼ、ゼイン様!?」
これは……『お姫様抱っこ』と、いうものかしら!?
カッ! カッ! カッ! カッ!
私を抱っこしたまま、脇目も振らず歩いている。
揺れて落ちそう……。
「落ちるぞ。首に腕をまわせ」
「し、失礼します!」
ゼイン様の太い首へ腕をまわした。
余計に密着してしまった。
「ゼイン様!?」
側近の方が驚いたように、ゼイン様と抱っこされた私を見ている。
「グラシア様!」
ネネにも見つかった。恥ずかしい。
「恥ずかしいなら顔を隠しておけ」
ゼイン様に言われて、顔をゼイン様の胸に押し付けた。
硬い胸筋が布越しに感じて、頬をすり寄せてしまった。
一瞬、ゼイン様がビクン! と体を動かしたけれど、また歩き始めた。
「ゼイン様、どうなされました?」
側近の方が追いついてきて話しかけてきた。
「……明日のお昼まで、部屋で話し合いをする」
「部屋へ近寄らないように」
側近にギロリと睨んだ。
「は、はいっ……!」
「あのっ……」
ネネも心配そうに後ろからついてきていた。
「お茶と軽食を、部屋へ持ってくるように」
部屋の前で歩くのをやめて、ネネに扉を開けてもらった。
「……かしこまりました」
広い部屋。
部屋を進んで、ふわりと下ろされた。
柔らかい感触を感じた。
どうやら部屋のソファーへ、下ろされたらしい。
「話し合おう」
真剣な声が聞こえて、ゼイン様を見上げた。
「はい」
なんとなく気まずい。
ソワソワと落ち着かなく、ネネがお茶を運んでくるのを待った。
「失礼します。お待たせしました」
静かに、ネネはお茶の用意をして部屋から出て行った。
「お茶をいただきますね」
気まずいのでお茶をいただくことにした。
さっきもいただいていたけれど、違うお茶だったので飲むことにした。
「俺は口下手だ。だから皆に、言葉が少ないと注意される」
少し落ち込んだように話し始めた。
「その……。グラシアと俺は、子供の頃に出会っている」
「えっ?」
唐突に子供の頃に出会ったと言われて、記憶を探った。
覚えてない。
どこで出会ったのかしら?
私はゼイン様をジッと見つめた。




