11 グラシアとゼイン
「起きたか」
フッ……と目が覚めたと思ったら、低い心地よい声が聞こえた。
体を動かして起き上がろうとしたら、何かでガッチリと拘束されていて動けなかった。
目の前には硬い胸筋。
なぜか私は、その素晴らしい胸筋を触っていた。
誰……?
「あまり、撫でまわさないでくれないか。その……、くすぐったい」
声の聞こえた方に顔を向けると、私とゼイン様がベッドの上で横たわっていた。
いや、寝ていた。
「ひゃっ! ごめんなさい!」
無意識に、鍛えた胸筋を撫でまわしていたらしい。
慌てて手を離した。
ん? この状況は……。
今は明るい。
もう朝だろう。……ということは?
「気分は悪くないか? 酒に弱いのだな」
状況を冷静に整理すると、昨日私は宴の後に部屋でゼイン様を待っていて……。
お酒を飲んで、酔ってしまい、寝てしまった……?
「も、申し訳ございません! お酒に酔ったあげく、先に寝てしまったとは……!」
頭を下げたが横向きで抱きしめられていたので、硬い胸筋へ頭をぶつけただけだった。
ものすごく、硬い……!
ん? 抱きしめられている?
「……」
意識したら恥ずかしくなった。
首のうしろと腰にまわされた腕は逞しくて太い。
これは腕枕、というものではないかしら……。
ネネに読んで下さいと言われて読んだ、大衆向けの恋愛小説。
それに書いてあった、恋人同士や夫婦がするあの腕枕!?
「顔が赤いが、大丈夫か?」
「は、はい……!」
もしかして、ずっと抱きしめられていた……? まさか、ね。
「昨日、聞いたことだが……」
「昨日?」
ゼイン様は少し黙ってから口を開いた。
「『無理に愛して下さらなくても結構ですわ。』と言ったことだ」
「あ!」
思い出した。確かに勢いで言ってしまった。
なんて失礼なことを言ってしまったのだろう。
「も、申し訳ございま「エンスタタイト領は魔物も、魔獣も出現する。気候も厳しいし慣れるまで時間がかかるだろう。それに……」」
ゼイン様は私の瞳を覗き込んだ。
「……それに?」
「お互いに知らないことが多すぎる」
確かに……。
ゼイン様のことは噂で色々聞いていたけれど、冷酷ではない。
王都からやってきた私を紹介して、歓迎してくれた。
ネネもこちらに馴染んでいるようだった。
「そ、そのようですね……」
優しく私を見ているゼイン様の視線から反らした。
心臓がドキドキして苦しい。――病気かしら?
「お互いを知ってから、考え直すのも悪くない。違うか?」
考え直す? 何を?
「式をあげた。皆にもグラシアは俺の妻となった。……が、ゆくゆくは世継ぎの問題もある」
「そう、ですわね」
それは嫁いだら、考えなければならない話だ。
「今すぐ……と、考えなくていい。だが頭の片隅に覚えておいてくれ」
ジッと私を見て、ゼイン様は大事な話をしてくれた。
「わかりましたわ。ご考慮、ありがとう御座います」
すぐに……、ということでなくて良かった。
ガバッとゼイン様は、ベッドから起き上がった。
「もう俺は、起きる。君はゆっくり起きろ」
そう言って、素早くベッドから降りて部屋から出ていってしまった。
「ゼイン様……」
噂なんて当てにならないものね。冷酷ではない。
私を気遣ってくれた。
ここ、エンスタタイト領でやっていけそうだ。
そのうちにネネがやってきて着替えをした。
◇◇◆◆◇◇◆◆
「ゼイン様。お早うございます。お支度を」
「ああ」
側近のベイリーが、部屋にやってきた。
夫婦の部屋と別の、俺の部屋だ。
いつもの時間よりだいぶ遅くやってきた。
「グラシア様とは仲良く過ごせたでしょうか?」
ガシャン!
突然のベイリーの言葉に、飲もうとしていた水の入ったコップを床へ落としてしまった。
「……ゼイン様?」
冷ややかなベイリーの声が聞こえた。
俺は手のひらで顔を覆った。
「すまん。落としてしまった」
ベイリーは、はぁ……と溜息をついて割れたコップを片づけた。
「コップは良いです。……それよりも。グラシア様に、キチンとお話しされなかったようですね」
図星……だった。
「無口、口下手、目つきが怖い。加えて、大きくて威圧的。他の女性は良いとしても。キチンとお話ししないと、……ずっと好きだった女性に逃げられてしまいますよ?」
同情的な目で見られた。
「ゼイン様はどんな強い魔物や魔獣に向かっていきますけれど、好きな女性には弱いのですから。ちゃんとお話ししてくださいね」
呆れたようにベイリーは俺に言った。
ドス! ドス! と言葉の刃が刺さっているようだった。
「ち、長期戦でいく……」
情けないがグラシアを目の前にすると、思っていることがちゃんと言えなくなる。
冷酷な女嫌いと噂される俺だが、実際には好きな女性の前ではこんな感じだ。
「そうですね。ゼイン様は我慢強いですから、その戦略でいきましょう!」
俺も人のことを言えないが、グラシアは魔物ではない。
戦略とは……、失礼だ。
「お前は、よけいなことをするなよ」
睨むと「うっ!」とベイリーは、うめいた。何かするつもりだったのか?
「エンスタタイトの者達は、美しくて強い・奥方様を歓迎いたしています!」
付いて早々、加勢してくれたから助かった。
負傷した者の手当までしてくれた。皆、恩を感じているのだろう。
それにワイバーンを弱っていたとはいえ、一刀両断した女性はここにはいない。
うちの女性騎士も憧れる人物になってしまった。
俺より先に……仲良くならないといいが。
「それは良かった」
うちの者達に気に入られたのは良かった。
「……だが、一つ問題がある」
ベイリーは、割れたコップを綺麗に片づけ終わっていた。
「……何でしょうか? 早急に対処いたします」
キリリとした顔でベイリーは真面目に答えた。
「グラシアが……」
「グラシア様が何か困っていらっしゃるのなら、お世話係兼護衛のエルサに対処してもらいますが……」
ベイリーは乳兄弟だ。なんでも相談できる側近だが……。
俺は困って、言い淀んだ。
だが、あえて相談してみる。
「……グラシアが無意識に、俺の筋肉を触ってきて困った」
「……は?」
ベイリーの戸惑いが俺にも伝わってきて、室内はしばらく無音になった。




