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キャアア――!
静まり返った玉座の間に、悲鳴が響き渡った。
皆、陛下の前にひざまついていたが悲鳴の聞こえた方へ振り返った。
「何ごとじゃ!」
ざわざわと騒がしくなったが陛下の一声で皆は我に返り、静かにその者をみつめた。
カツン! カツン! と足音が聞こえた。
陛下の方へ向かって歩いてきたのは、長身の男。
「ち、血まみれだわ!」
「ひっ!」
「陛下の御前なのに!」
その男は皆の悲鳴など気にせず、玉座の前まで進んだ。
「グラシア、怖い……」
まだ十五歳の第三王女は怯えて、私の後ろへ半歩下がった。
「大丈夫です。私や騎士たちがおりますよ」
私はこのクリスタ王国の第三王女 リシア様の、近衛騎士グラシア・ラズライト。
アズライト侯爵家の長女だ。
小声で私は、リシア王女様に伝えた。
王女だけではなく、王族に危害を加えるものは許さない。
突然やってきた全身血まみれの男から、目を離さずに警戒をした。
玉座の前で、長身の血まみれの男は膝をついた。
「クリスタ王国、エンスタタイト領主 ゼイン・エンスタタイト辺境伯。よく来た」
ざわっ……!
陛下の声掛けで、この男の正体がわかった。
先日。
魔物によるスタンビートが起こって、あわや王国民が犠牲になるところだった。
その寸前で、ここにいるエンスタタイト領主 ゼイン・エンスタタイト辺境伯が駆けつけて民を救った。
国の英雄として、陛下に呼ばれたということが分かった。
「先日は我が王国民を、魔物の群れからよく守ってくれた。礼を言う」
陛下はこの男が血まみれなのを気にしながら、エンスタタイト領主 ゼイン・エンスタタイトに礼を伝えた。
「恐悦至極に存じます」
頭を下げたまま意外ときちんとした貴族としての振る舞いに、周りの臣下達やお城で働く者達は息を吞んだ。
血まみれだったけれど……。
「なぜそのような姿なのだ? エンスタタイト領主 ゼイン・エンスタタイト辺境伯」
陛下は、いぶしげに声をかけた。
返事をするために頭を上げたエンスタタイト領主は、鋭い目つきの強面の顔を見せた。
頭から血を被り、全身の鎧も血まみれ。
皆もどうしてなのか、気になっていた。
英雄とはいえ、血まみれで強面の長身で筋肉隆々の男。
この場に居た御令嬢は何人か、恐ろしくて倒れていた。
「……こちらへ向かう道中、ワーウルフに襲われている旅人がいまして。戦ってきました」
静かに、エンスタタイト辺境伯は答えた。
旅人を助けた? しかも階級の高い冒険者でも手こずる魔物!
おお――――っ!
玉座の間は驚きの声が響いた。
さらにエンスタタイト辺境伯の名声は、上がりそうだ。
『ちっ!』
「!?」
小さいけれど、陛下の近辺に立っている臣下から舌打ちが聞こえてきた。
私は王女を守るため顔を動かせずにいたので、誰かまでは分からなかった。
「そ、そうか。大義であった。褒美を取るが良い」
陛下がエンスタタイト辺境伯へ労った。皆が拍手を惜しみなく送った。
王国民を救った英雄へ、金銀財宝と領地拡大と……。
「伴侶や婚約者はいないのか?」
突然、大臣から辺境伯へ声がかけられた。
まわりも興味津々だった。
「おりません」
一言。
無駄な言葉は話さない。
このお城にいる臣下達は、それが気に入らないようだった。
喜びもしない、媚びもしない。笑顔もない。
それではこの国の政は、うまくできない。敵を作ってしまうようだった。
不器用なのか、この国の政治に興味ないのか。
今なら出世のチャンスなのにと、誰もが思うだろう。
「ふん、つまらん」
「愛想のない男だ」
そんな声が聞こえてきた。
ただ、この辺境伯の強さは王国にとって必要だ。辺境伯の護りで我々は助かる。
どうかこの国のために、飼い慣らすには……?
そんな心の声が聞こえてきそうだった。
女嫌い……と、噂を聞いたことがある。
冷酷で女嫌いなら、伴侶や婚約者がいないのは当然だろう。
「それならば、適任者がおる」
陛下の言葉に、伏せがちだった辺境伯のまぶたが見開かれた。
「あいにく、我の上の娘二人は嫁いだ。一番下の第三王女は、まだ十五歳になったばかり……」
私の後ろで第三王女は、かすかに震えていた。
リシア王女様は、まだお若い。お相手にならないだろう。
「辺境伯は、二十五歳……。十歳は離れすぎている」
王の言葉で王女は、ホッ……と肩をおろしたのが見えた。
私は心の中で良かった……と、安心した。
臣下達もまだ年若い第三王女が、血まみれで冷酷な辺境伯の婚約者にならなくて良かったと頷き合った。
「グラシア・ラズライト侯爵令嬢」
「は、はい!」
突然、陛下から名を呼ばれた。
「前へ!」
御前へ? どうして……。
皆から私へ、視線が一斉に集まった。――とても嫌な予感がする。
「急ぎなさい」
臣下から急かされた。
辺境伯から少し離れた隣まで歩いていった。
事前に連絡もなく頭の中は真っ白で、なぜ私が呼ばれたのか見当もつかなかった。
今、私は第三王女の近衛騎士。
ドレスを着てないのでカーテシーではなく、ひざまついた。
「ゼイン・エンスタタイト辺境伯」
「はい」
なにをおっしゃられるのか。私は頭を下げたまま陛下のお言葉を待った。
「グラシア・ラズライト侯爵令嬢と婚約をし、王国のために命を捧げよ」
ざわざわ……!
私が……? これは王命……。
私は右隣にいる血まみれの、エンスタタイト領主 ゼイン・エンスタタイト辺境伯をみつめた。
読んでくださってありがとう御座います。
女性向け ファンタジー恋愛ものになります。
更新はゆっくりになります。よろしくお願いいたします。




